冒険者と依頼
「恋人のフリ、ね」
とりあえずサラダを食べよう。
レニーはフォークを持ってサラダを頬張る。さっぱりとした野菜に濃い目のシーザードレッシングが丁度良かった。
「そ」
フリジットはいかにも優雅に向かい側の席に戻っていった。が、顔が真っ赤だった。さすがに恥ずかしかったらしい。
「私、付きまとわれてるの」
座り込んで、話を続ける。
「誰に」
「ジェックス・ストーカ」
名前を教えられても誰だかわからなかった。ひとまず、ソロ冒険者ではないのは間違いない。
「パーティーを組んでいるのなら仲間にやめさせるように言えばいい。言っても無駄だったんだろうけど」
「よくわかったね。私関係になるとジェックスがおかしくなるの。常識を捨てちゃうというか」
「恋は盲目ってことかな」
「そうなの。全然話聞いてくれないし!」
八割減ったジョッキをテーブルに置かれ、音が響く。
「無視は」
「力にものいわせようとしてくるの」
「でもフリジットさん強かったんでしょ。ロールは何」
「魔法闘士」
この世には「ロール」というものがある。戦士や魔法使いといった自身の役割を表すものだ。人間は生まれながらにして「スキル」の集合体を体に宿している。
スキルは先天性もあるが、鍛えるほどに鍛えた方向にスキルは育つ。熟練すればするほど、スキルを獲得していくのだ。
スキルは確かに体に刻み付けられるが、実体はない。自分でどんなスキルがあるかは直感で理解できるが、目視できないのだ。
可視化するためには魔法やアイテムが必要だ。体に刻み込まれたスキルの集合体は可視化すると、木の根のようにスキルが張り巡らされているように見える。
第二の血管とも呼ばれるそれを、「スキルツリー」と呼ぶのが一般的だ。
その読み取ったスキルツリーから、決定、登録されるのがロールだ。
ただロールが戦士系だからといって必ずしもパーティで前衛を担うわけではない。魔法系のロールでも前衛で戦う者もいる。逆もまた然り。
ちなみにレニーのロールは
「殴って解決しない?」
「受付嬢として暴力行為はできません!」
鬱憤が溜まっているのかハイペースでサラダとパスタを食べ始める。
ジョッキがいつの間にか一杯増えていた。
「なるほど。それで困ってるわけ」
「おかげで安心して飲み食いできないよ。今日は依頼でジェックスたちがいないから平気だけどさ」
「まぁこの場に居合わせたら面倒なことになりそうだし」
ジョッキを傾けつつ、レニーは聞く。
「で。依頼の達成目標は」
まさか恋人のフリだけが依頼内容ではあるまい。依頼であるのならば達成するべき条件というものがある。
「当然、ジェックス撃退」
胸を張ってフリジットは告げた。
「報酬は」
「私との甘い時間」
頭の中で想像する。隣にフリジットがいる日常に、冒険者の仕事に制限がある毎日。
正直、仕事にならない。
「……じゃ話はなかったということで」
「冗談! 待って冗談だから!」
こほん、と咳払いが響く。
「一ヶ月間の活動免除とあなたの一ヶ月の平均報酬額よりちょっといい額の報酬が約束されます。ジェックスが諦めるまでの継続依頼なので一か月更新の形式を取ります」
得意げに報酬が告げられる。
正直破格だ。
冒険者には活動義務がある。あまりにも活動しない期間が続くと資格を剥奪されるのだ。例外もあるが、年に一度試験がある上に冒険者以外に仕事をしている証明がなければならない。
活動の保障と確約された報酬は冒険者にとって大きい。
通常の依頼は失敗もありうるが、この依頼はジェックスを諦めさせなくとも恋人のフリで十分達成されるのだ。依頼達成が約束されている。
「ギルマスから許可は」
「従業員の安全第一ということで認証済みなんだ。もちろん公認依頼だよ」
「ならいいけど。ところでなんでオレなの」
受付であれば信頼のおける高ランクの冒険者に頼めそうではある。レニーのランクは中堅といったところだ。
「まずソロであるということ。仲間の意見に流されないし、話も早い。揉め事もない。きみ以外にもソロはいるけど等級が低いとか、こういうの向いてない性格っぽいし」
頭の中で一人のソロ冒険者の姿が浮かぶ。
「あー」
レニーの知る限り、上位の冒険者でソロは他にいない。一応このギルドにいる冒険者でトップは
「それに男の人であること。あと、女の人にだらしない噂のない人」
「ハードル高いね」
男なら女性に惹かれるというのが性というものだろう。冒険者という危険な仕事に就いていればなおさらだ。
「あとこれが一番の理由なんだけど」
フリジットが人差し指を立てる。
「うちには実力者が少ないの」
切実に、深刻に、フリジットは告げた。ロゼアは他のギルドと比べ、設立からさほど経っていない。単純に母数が少ないようだった。
「そこできみなんだ、レニーくん」
得意げに指をさされる。
「へぇ」
「うわ、興味なさそう」
「理由がわかればいいし。依頼として成立したとして、バレたらアウトじゃない? 具体的なプランは?」
フリジットはむふーと鼻を鳴らし、したり顔を浮かべた。
「実はギルド内で新しい部署をつくることになってね。そこで働いて付き合ってる風に見せかける」
「ふーん」
話を促すべく相打ちをうつ。
「その名も支援課! 緊急事態に陥った冒険者の救出や初心者のサポート、冒険者のお悩み相談等、冒険者のサポートを目的とした部署なのです」
「オレに冒険者やめろってこと?」
「違う違う。私は支援課専門の受付嬢に転身するんだけど。きみは助っ人要員」
つまりギルド内にできる新しい部署を手伝うというのが表向きの依頼になりそうだ。
「冒険者として活動は続けてもらって大丈夫。支援課も依頼の事前調査とか、緊急で冒険者の救助とかあまり来ないものを想定してるから。サブジョブだよ、サブ」
レニーは胡散臭いものを見るような目を投げかける。
「そこに引き込むのが目的」
疑問を口にして、瞬時にフリジットの眉がぴくりと動いた。
「……ではなさそうだね」
「赤の他人が、私生活に踏み込んでくる怖さわかる? 仕事の終了時間とか使ってる店とか、挙句家までじりじりと侵食してくるんだ」
フリジットは不安げに右手で左腕を掴む。自分の体を庇うように、寂しそうに。実際、心細いのだろう。そんな姿を見て、レニーは決める。
「オーケー、引き受けよう」
「……本当?」
「頼りになるなら、どうぞ使ってくださいお嬢様」
肩をすくめて意思を伝えると、フリジットは一気にジョッキを空にした。
「ぷはーっ! じゃ、乾杯ね。デジーさぁん! 二杯追加ね!」
空になったジョッキが回収され、新しいものが置かれる。
「じゃ、よろしくレニーくん。恋人なんだから呼び捨てでよろしくね」
「わかったよフリジット」
二人でジョッキを持ち、飲み口を軽く当て合った。
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