【完結】ソロ冒険者レニー
月待 紫雲
受付嬢の話
冒険者と受付嬢
魔物討伐、採取依頼、肉体労働に、ドブさらい……様々な依頼を請け負う冒険者ギルド。
そのうちのひとつである「ロゼア」は、酒場も兼業している。ギルドに入って正面が総合受付。左奥に依頼の張り出される掲示板。入ってすぐを右に進んで奥の扉を開ければ「酒場ロゼア」だ。
レニー・ユーアーンは酒場で食事をするつもりでやってきた。しかし入ってきてすぐ、違和感を覚えて足を止めた。受付の人達が、相談するように顔を見合わせ、話し始めたからである。タイミングを考えても、レニーが入ってきたから、のように見えた。
まぁ、いいか。
疑問をすぐに捨てて、酒場へ向かう。
「レニーさん! しばらくは酒場に居ますか!?」
レニーの左耳に、受付嬢の呼び止める声が響いてきた。
顔だけを受付に向ける。私ですよー、とアピールするような手が挙げられ、ひらひらと踊った。
レニーの脳裏には茶髪でツインテールの受付嬢の顔が浮かんだ。さほど距離があるわけではないが冒険者が依頼をしにきているのもあって人がやや密集している。背丈の関係で顔までは見えなかった。
名前は知らない。
残念ながらレニーは受付の人間の名前をこれっぽっちも覚えていない。接する機会が多いので外見的特徴や声は覚えていた。
受付では他の冒険者が依頼受注や達成の申請でやや並んでいる。その対応中にも関わらず呼ばれるということは、優先すべき用があるのだろう。
「あとでこっちに戻って来ればいいかいっ!」
レニーの普段の喋りでは声が通りづらい。なので、無理に声を張り上げた。久々に喉の負担を感じ、眉を顰める。
「大丈夫です! 時間が合えば担当がそちらに行きます!」
親指を立てて、こちらに向けてくる。
確認できた為、レニーは酒場を優先することにした。
酒場に入るなり、スタッフから端の席を案内され、座る。
「いつものやつですね?」
「お願い」
ロゼアは「サティナス」という城下町に属している。海に近いこの城下町では海鮮物が食べられる。レニーはいつも、海藻のサラダとシーフードパスタを頼んでいた。
酒場ロゼアでは冒険者が食事をすることがほとんどだ。
冒険者というのは魔物の討伐を請け負う職でもある為、複数人でパーティーを組むことが大半である。
初級者がソロである場合もあるが、危険度が増せば増すほどパーティーの必要性が浮き彫りになり、組んでいく。
端の席は二人席。
レニーは冒険者になって一時的なパーティを組むことはあっても所属することはなかった。依頼を自由に選択できるメリットと、魔物討伐をあまりしないというのが理由だ。
ソロでこの酒場に来るとよく発生することがひとつある。
「相席いいでしょうか」
ふわりと揺れる銀髪。オレンジと水色の瞳がレニーを見下ろしている。
顔立ちは人形のように端正で、服が可愛いというだけで倍率が高くなったロゼアの受付嬢の制服を身にまとっている。白を基調としたセーラー服に、胸元の赤いリボン、それにロングスカート。それはぱっと見、ワンピースにも見えた。
名前は、
「レニー様にお話がありまして。できれば敬語をやめたいのですけど」
「オレがこんな態度で不快じゃなければいいけど。敬語の方が珍しいしね」
そう、
「構いません」
「ところでさ」
確か――
「名前なんだっけ」
――興味がなくて覚えていなかった。
「……フリジット・フランベルだよ。レニー・ユーアーンくん」
手に腰を当てて、彼女は名乗った。
レニーはその名前に聞き覚えがあった。酒場で冒険者が何度も話題にしている受付嬢の名前だったからだ。何でも若くして元冒険者なのだとか。しかも凄腕の。
受付嬢の言っていた「担当」は彼女のことだろう。
「あぁ、キミがフリジットさんか。噂だけ知ってるよ。相席どうぞ」
「どうも」
フリジットは軽く頭を下げ、正面のイスに座る。所作ひとつひとつが洗練されていて、育ちの良さがわかった。
「恋愛、興味ある?」
座って早々、そんな話題を振られた。レニーは意図がわからずに困惑する。
「ない、けど」
「結婚願望は?」
「今のとこない」
「私を見て思うことは」
フリジットは胸を張って、サラリと髪をかきあげ、耳を晒す。
「……は?」
「可愛いとか、素敵だとか。ある?」
問いかけるフリジットの目を見る。興味ありげな光を瞳は宿している。口元にはあからさまな好奇心が表れていた。
要は興味本位でしかなさそうだった。
受付嬢が個人に関わることなどほとんどないが、受付嬢と仲良くなって友人や恋人関係になろうとする冒険者も少なくない。さすがは花形の受付嬢といったところか。
フリジットはロゼアの中でも人気の受付嬢だ。酔っ払いどもが受付嬢談義を大声で話してるのを嫌でも耳にする。
どう考えているか、興味があるようだった。
レニーには興味のない話だ。
「……受付に来る冒険者に聞いたほうが気の利いたセリフ言うと思うよ」
お手上げといった感じで両手を上げる。考えるのすら面倒だから降参して終わらせようという魂胆だった。
「ま、名前覚えてくれてないし、そんなものだよね」
未だ話の見えないレニーの耳に、失礼しますと声が飛び込んでくる。
二人の眼前にはパスタとサラダ、そして頼んでもいないジョッキが二つずつ並んだ。相席になる前に頼んだらしい。
「エールは私のサービス。嫌いだったりしたかな?」
「……昼から?」
「付き合って貰うよ。今日の食事は奢るからさ」
「そもそも何に」
フリジットはジョッキを傾けると勢い良く半分ほど飲み干した。
「愚痴と依頼、だね!」
解放されたように口元を拭い、フリジットは宣言する。
基本的に依頼は掲示板に張り出される。こうして直接話が来るという事は、指名の依頼か、不特定多数に知られたくない依頼だ。
フリジットは一度立ち上がると、レニーの隣まで歩み寄った。
そして耳元まで顔を近づけ、耳元で囁く。
「恋人のフリ、してほしいの」
鼻腔を酒の匂いが突き抜けた。
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