第7話 困った客

 ユースと一緒に採掘場へ行ってから数日後。カロンはいつものように店で元気に働いていた。


 カランカラン


「いらっしゃいませ」


 カロンは入って来た客を見て一瞬だけ固まったが、笑顔は崩さない。


(このお客様、またいらっしゃったんだ)


 店に入って来た客は、四十代くらいの男性でいつもカロンにしつこく絡んでくる上に商品を一切買わないというなかなかに困った客だった。

 内心ため息をついているが、そんなことはおくびにも出さずカロンは笑顔のまま接客を始めた。


「カロンちゃん、最近のおすすめはどの鉱石花?」

「ええと、最近はこちらの空色輝石ですね」


 そう言って、カロンは蒼色に輝く鉱石花を見せた。その鉱石花は光の当たる角度によってさまざまな時間帯の空の色になる。その美しさから観賞用にも重宝されるが、風魔法の魔力をふんだんに宿しているため、風魔法を使う魔術師に人気がある。


「朝焼け、夕焼け、夜空など、光の当たり方によってさまざまな空の色に変化するとても貴重で美しい鉱石花なんです」

「へぇ」


 カロンが鉱石花の説明をするが、客は鉱石花には一切目もくれずにカロンばかりを見ている。その視線はいつもカロンを値踏みするかのようにねちっこく、カロンは毎度のように鳥肌を立てながら接客していた。


「そう言えばカロンちゃん、右手の怪我はもう大丈夫なのか?」


 そう言って、客はカロンの右手をそっと掴む。少し前までは包帯を巻いていたが、最近は絆創膏だけで済んでいる。


「だ、大丈夫ですよ」


 カロンはそう言って手を引っ込めようとするが、客は手を掴んだまま離そうとしない。


 カランカラン


「よう!カロンちゃん、……っておい」


 カロンが困っていると、ちょうどサインズが店内に入って来た。後ろにはユースもいる。ユースの姿を見つけて、カロンはなぜかホッとした。ユースはカロンと客の様子を見て一気に眉を顰める。


「カロンちゃんに何絡んでんだよ、おっさん」

「別に絡んでるわけじゃねぇよ。おすすめの鉱石花を紹介してもらってただけだって。なぁカロンちゃん」


 客にそう言われて、カロンは笑顔を張り付けたまま困っている。本当はサインズとユースに助けを求めたい。だが、この客は他の店でも騒ぎを起こしたり嫌がらせをしたりするような悪い噂のたえない客だ。下手に騒ぎ立てれば後で何をされるかわからない。


「あんた、いっつもカロンちゃんに絡んで困らせてるやつだろ。ここで一度も購入したことないだろ。鉱石花になんかちっとも興味ないくせに」

「ああ?なんだくそガキ。変な言いがかりつけると痛い目みせるぞコラ」


 カロンの手を離し、サインズに客が掴みかかったその時、ユースが客の手を掴んでひねりあげた。


「うっ、お、おい!てめぇ何しやがる!」

「それはこっちの台詞だ。その汚い手で店主や友人に触るな。暴力を奮いたければ俺が相手してやる。表に出ろ」

「ああああ?なんだお前、何様のつもりだ!」


 客がわめくと、ユースは冷ややかな視線を客に向ける。その視線は底の見えない暗闇のような瞳で、客は思わず小さく悲鳴をあげた。


「俺は傭兵だ。この店でおかしな真似をしようとするなら俺が許さない。覚えておけ」


 ユースは客の手をつかんだまま店外に出て、客を放り投げる。


「ぐえっ」

「それで、俺と勝負するのか」

「ひ、こ、こんな店、二度と来るか!お前とも二度と会いたくねぇよ!クソが!」


 そう言って、客はそそくさと逃げて行った。


 ユースが店内に戻ると、サインズとカロンがユースを見て安堵したように微笑む。


「お二人とも、ありがとうございました」

「いや、そんなことよりカロンちゃん大丈夫だったか?俺たちが来る前に変なこととかされなかったか?」


 サインズがカロンに心配そうに尋ねる。


「大丈夫です、ちょうど手を握られて困っていたところにお二人が来てくださったので。本当に助かりました」


 笑顔を向けると、サインズはホッとしたように笑うが、ユースはいまだに顰め面をしている。


「あんな客もこの店には来るのか」

「カロンちゃん可愛いからな。ここは店主一人だけだし、鉱石花を見に来るフリをしてカロンちゃんに会いにくるようなやつも中にはいるみたいだぜ」


 やれやれとサインズがため息をつくと、ユースはさらに眉を顰めた。カロンに真相を確かめるように視線を送ると、カロンは困ったように微笑んだ。それを見て、ユースはさらに眉間に皺を寄せ、口を開く。


「俺を正式にここの傭兵として雇ってくれないか」

「……え?」














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る