第2話

次の日。高校の自分の教室内。

 時間割を貰った時から気になっていたある授業が今日の一時限目にある。その授業の名は魔法基礎学。どんな授業かはまだわからないが、名前からして魔法の授業なのだろう。教室の中でもめっきりこの話で持ち切りだ。

「この魔法基礎学ってどんな授業なのかな?ボク、学校の授業を受けるのは初めてだからいま

から楽しみだよ!」

「そうだな。もしかしたら俺に物凄い魔法の才能があって無双ハーレム形成できるかも・・・。初めて?」

 ジャンヌさんのその言葉に俺は眉をひそめながら聞き返す。ジャンヌさんも気まずかったの

かそっぽを向いてそのまま何も喋らなくなってしまった。

 しばらく俺とジャンヌさんとの間に静寂が続く。そんな中、この空気をぶち壊さんとする一人の愚者が現れた。

「よぉ!なんかここ雰囲気悪くね?」

 顔も背も体型も至って平凡。彼の名前は山田太郎。俺の知っている中でおそらくここまで平均的な奴もいない。

「ちょっとあっちに行ってもらえます?」

「当たり強ッ!」

 山田が笑いながら俺の後ろの席の椅子を取り出して俺の横へと座る。

「で、実際のとこなんで雰囲気悪いの?」

「君は人のあれこれに首を突っ込むなとか言われたことない?」

 俺は興奮気味に近付いてくる顔を押さえつける。しかし、一向に押し返すことができず顔に生暖かい息がかかってくる。

「ちょっ!あんま近寄んな気持ち悪ぃ」

 ギャーギャーと教室内が騒音を立てる中バンッ!と扉が出す騒音に搔き消される。

「静かにしろ!今から副担任を紹介する!」

 姉ちゃんもとい鬼塚先生と赤髮のスーツを着た女の人が教室に入って来て俺たちの前に立つ。その姿を見て次第に俺たちも自分の席に戻っていき全員が座ったのを確認すると赤髪の女の人が声をあがる。

「エムクス王国から来たティターニア・ノワールだ。教科は魔法基礎学を担当する。本当なら剣術指導をしてやりたいがな・・・」

 残念そうにしながらもティターニアと名乗ったその人はチョークを手に取るとそれで黒板に何かを描き始める。それは円の中に五芒星が書かれたものだった。

「魔法は、火、風、土、雷、水で構成される五つの属性によって発動する。稀に光や闇の属性を持って産まれる者もいる。話を戻すが魔法は持っている適性の属性しか使えない。例えば―――――――」

 ティターニア先生が人差し指を出して何かの呪文をとなえると彼女の指から火が現れる。それを見た全員がオ~、と感嘆の声をあげた。

「だが、勘のいい者は気付ているかも魔法を使うにはまず適性を測る必要がある。そこで――

――――」

 ティターニア先生が明らかに見たことのある三角帽子を取り出すとジッと俺の方を見てきて

その三角帽子を俺の頭へと被せてくる。

「えー、属性オールクリア・・・・。はぁ・・・」

「と、この様にこの測れる君帽で測る」

「待てやコラ!なんか見たことあるぞこれ!?」

 周りを見れば何人かが俺と同じ意見なのか困惑気味に帽子を見る。

「ほぉ!これを見たことがあるのか?数年前に作られた適性検査用の帽子だぞ?」

「スリザリン!」

「だーれが狡猾さや臨機応変の能力、野心を持つものじゃい!」

 帽子を床にたたきつけてティターニア先生を睨みつける。ティターニア先生も俺を見る睨みつけて来る。鬼塚先生や陽奈ほどではないものの、それなりのオーラを感じる。

「素が出てるぞ。一旦落ち着け。そうだな、ティターニア先生。次は私に測らせてはもらえないか?」

「それは構わないが・・・」

 鬼塚先生が床に落ちていた帽子を取り、埃を払うとその帽子を自分の頭に被ると帽子は俺の時とは打って変わってハイテンションで叫びだす。

「水ゥ!土ィ!コイツぁスゲーぜ!ここまでの適性持ちは中々お目にできねぇぜ!」

 俺は鬼塚先生の頭から興奮気味にペラペラと饒舌に喋る帽子を奪い取って今度は帽子を睨みつける。

「おいおい、おいおいおいおい!なーんで俺の時と反応違うんだこのクソ帽子!」

「全属性適性あっても低けりゃ意味ねーしなぁ・・・」

「その帽子は被ったものの持つ属性の適性とその高さを測るものだ。高ければ高いほど帽子のテンションも高くなる」

「そういうことだ、ペッ!」

 どこからともなく帽子から唾が飛んできて俺の頬に垂れる。ただの帽子だということはわかっている。だが、このまま舐められっぱなしというのも俺の性分にも合わない。本当はあまり悪目立ちはしたくないが仕方がない。

「なら、先生はどれだけ高い適性を持ってるんですか?」

「少なくとも、君よりは高い適性だ。流石に持っている適性の数は君には負けるが・・・」

 皮肉交じりにティターニア先生がそう言うと俺から帽子を受け取ると自分のあたまにかぶせる。

「さすがだぜ姐さん!火と風!こんな雑魚じゃ足元にも及ばねぇぜ!」

 この帽子の言い草には思うところはあるが、どうやら本当に適性は高いらしい。こうなれば俺はもう何も言えない。

「分かりました。騒いだりしてすいませんでした」

 頭を深々と下げ自分の席に座る。そうして再びクラスの適性検査が進んでいく。どいつもこいつも高適性の複数持ち。ティターニア先生曰く「ここまで高適性が一つの集団にいるのは珍

しい」とのことらしいが特に目立っていたのは主に二人だ。

 一人目はジャンヌさん。帽子曰く「ひ、光!高適性の光属性!嬢ちゃんスゲーな!」と好評だった。ティターニア先生も「元々高適性ばかりのエルフ族だが光とはな・・・」となにかを考えていた。だが問題はもう一人。この際俺がラノベ主人公のようなものすごい才能で無双し

まくってモテモテになるのは諦めよう。だがこれだけは認められない。

「ウォ!?マジかマジかァ!?全属性最高適性!?信じらんねぇ!アンタ何もんだよ!?」

 モブの代表例のような名前に何もかもが平均的な見た目――――――――――――――。

「俺、またなんかやっちゃいました?」

 山田太郎。こいつは俺が言ってみたかったセリフを言ってのけ、帽子をティターニア先生にかえして自分の席に向かっていく。山田が座るとタイミングよく始業を知らせるチャイムが鳴り響く。

「全員測定が終わったな?ちょうど授業も始まったことだ。体操着に着替えてグラウンドに集合だ!」

 こうして俺たち一年三組の面々は事前に購入していた大江山高校の校章がプリントされた体操着を着て各々すでにできたグループで雑談をしている。

 さすが日本の国民性というべきか、教室を全員が出てから十分も経ってはいないであろう時間で全員の集合は終えていた。グラウンドをボーっと眺めてみればいくつもの的が用意されている。

「全員揃ったみたいだな」

 そんな中、ティターニア先生が声をかける。隣には外に駆り出され億劫そうなジャージ姿の鬼塚先生が立っている。

「まずことわっておくが、人間はこの世界で最も力が弱い種族だ。だからこそ自衛の手段が必要だ。この授業はそのためだということは心にとめておいてくれ。・・・・・まぁ、君たちに教えるのは相手を怯ませる程度の初級魔法だけだ。危険もない」

 そういうと、ティターニア先生は教室で唱えたものとは違う呪文を唱えると、ティターニア先生の手から風が飛び出して的に直撃する傷がついた的を見て男子から歓声が上がる。やはり男子というのはこういうのに目がない。

「初級魔法の発動は簡単だ。使いたい魔法の属性に関連することを頭に思い浮かべながらその魔法に名前を付けてやればいい」

「先生!」

 ティターニア先生の説明にずっとだんまりを決めていたジャンヌさんが手を挙げる。

「なんだ?」

「先生が唱えていた呪文は何か魔法の発動に意味があるんですか?」

「いい質問だな。・・・・・特にない!雰囲気づくりだ!」

 あまりにも堂々と言うティターニア先生に気圧されていうことはなかったがこれはいわゆる

厨二病というやつではなかろうか?

「それではそれぞれやってみろ」

 ティターニア先生言葉を皮切りにクラスのみんなが的に向かって魔法を放ち始める。直ぐに

できたものも不発のものも様々で、かという俺はといえば・・・・・・・・・・・。

「ファイヤーボール!」

 ポフッと手から煙が出るだけで火が出てくることはなかった。俺から一番遠い的で練習しているジャンヌさんを見てみれば無言で無数の光の矢を的に命中させて周りの視線を集めている。正直羨ましい。

「名前無しでの発動か・・・。なかなかの才能の持ち主だ、なぁ?」

「何で俺に聞いてくるんですか?知りませんよジャンヌさんなんか」

 ティターニア先生の問いかけに俺はぶっきらぼう答えてしまう。

「喧嘩か?若いというのは羨ましいな」

「違いますよ。てか、先生だって若いでしょ。嫁の貰い手だって引く手あまたなんじゃないスか?」

 俺はもう一度手をかざし、魔法を出そうと魔法の名を呟く。しかし、やはり手から火は出ず煙しか出ない。

「謝ってこい。どうせお前が何かしたに決まっている。お前からは私の嫌いだった奴と似たものを感じる」

 いきなりの提案に俺は顔をしかめながらティターニア先生を見る。そもそもの話を今日初めて会った人間にここまで言うだろうか。そりゃあ先生なら多少はいうのだろうがこれはさすがに逸脱してはいないだろうか?

「ほんのちょっと話突っ込みすぎただけ・・・・そんなにマズかったですかね?」

 手から何度も煙を出しながら俺はジャンヌさんの方を見る。すでに練習を終わらせたのか鬼塚先生の隣で三角座りで何かを話している。

「よそ見はするな!魔法を発動する手と的に集中しろ!」

 ティターニア先生の怒声に俺は驚きながら言われた通りに手と魔法に集中する。

 まずはイメージ。ファイヤーマリオのように火球を生み出し投げる感じに。次第に手が熱くなってきて今にも叫びそうになる。

「・・・・・・・・ッ!」

「我慢しろ!熱さは最初だけだ」

 ティターニア先生の言う通り次第に熱さが消え去ってその代わりに不思議な感覚が腕に伝わって来る。

「いまだ!撃て!」

「ファイヤーボール!」

 俺のかざした右手から今までの煙ではなくイメージしたような火球が真っ直ぐに的に飛んでいき命中する。

「で、できた・・・・・?」

「うむ。今のは適性が低い割にはなかなかのデキだったぞ」

「一言余計だなぁ!あんたは!」

 ティターニア先生が笑いながら両手を叩き、俺の頭に手を置く。

「謝るなら早めの方がいいぞ。戦時中に降伏を遅らせて痛い目を見た国を私はいくつも知ってる」

 俺は一息ついてもう一度ジャンヌさんを見る。鬼塚先生と話し終わったのだろう。今度は鬼塚先生が魔法を的に当てまくり皆の視線を集めていた。

「まぁ、若い者の間に私はそこまで入ろうとは思わん。今の話は私の一意見として聞いてくれていればいい」

「はぁ・・・・・」

 だから先生も十分若いと思うのだが俺もこれ以上話を堂々巡りさせるつもりはない。先生が俺から離れていく中、再び魔法の特訓を続けるのだった。

 授業が終わり、帰りのホームルームも終了する。結局あれから一度も話すことはなく、ズルズルと放課後まで来てしまった。教室が騒然となり、友達と遊びに行くものや、席に集まって談笑するもの達に分かれていた。

 一日でここまでなるものか、などと思いながら俺は隣で帰る準備をしているジャンヌさんに声を掛ける。

「ジャンヌさん・・・・・。その、一緒に帰らない?」

「う、うん・・・・・」

 こうして俺とジャンヌさんは帰路に就いた。陽奈は何か用事があるらしく今日はいない。むしろ、いない方が話をしやすいのでこの場合においては運がよかったと思う。

 放課後と言うこともあり、そこらへんに高校生があちこちにいる。だが、俺はそんなことをあんまり気にすることはなかった。緊張していた。

 たった一日しか共に過ごしてはいないがそれでも気持ちが悪いのだ。喉の奥何かが詰まってかのような感覚。俺はただ、それを消したかった。

家への道すがら、ジャンヌさんのことを見ずに話を振ってみる。

「あ、朝のことなんだけどさ・・・・・。俺、なんかマズいこと言っちまったのかな?」

 俺を見るジャンヌさんの目が丸くなるのが分かる。俺はまた言葉を間違えたのか・・・・・。ジャンヌさんとの距離が遠く感じてしまう。

 嫌だ。ふと、ティターニア先生の言葉を思い出す。気付けば俺は深々と頭を下げていた。

「ごめん!俺昔っから人のプライバシーに土足で踏み入りそうになっちまうことがよくあって。

もちろん気を付けてはいるんだけどそれでもたまにやっちまうこともあって・・・・・。俺にできることなら何でもする。その、だから・・・、許してほしい」

 しばらく沈黙が続く。やっぱり、許してはくれないよな・・・・、と半分諦めているとその

珍黙をジャンヌさんの大きな笑い声が破った。

「はぁ、はぁ、そんなことでずっと悩んでたのかい?怒ってないよそんなことで。そもそもあれはボクの失言が原因だしね」

 笑いつかれて息を切らしながらそういう彼女に俺は少し安心感を持ちながらも、また新たな疑問が浮かんでくる。

「あれ?じゃあ、なんでずっとそっぽ向いてたわけ」

 俺の質問に少し顔の影を落としながらジャンヌさんが口を開く。

「ボク小さい頃は路上生活でね、貴族に拾って貰ったはいいんだけどずーっと屋敷に軟禁状態でさ」

 声が出なかった。確かにそんなのはあまり他人に知られたくはないのだろう。俺だって知られたくないようなことを聞かれたらどう答えたらいいのかわからず答えられないかもしれない。

「まぁ、もうそんなことはもういいでしょ?そんなことより」

 整った美少女エルフの顔が急接近して来て俺の心臓がドクン、と打ち付けられた。近い。あまりにも近いのだ。女性経験皆無な俺にとっては非常事態だ。

 だが、彼女は俺のモテモテ計画を邪魔してくる壁の一つだ。そもそも出会って一日だぞ?たった一日で惚の字になるほど安い男ではない。

「なんでもしてくれるんだよね?」

 初めてジャンヌさんの屈託のない笑みが怖く感じた。このアニメカルチャー全開少女の頼み事だ。コナンやワンピの全巻大人買い。もしくはコミケに行ってみたいだの高校生のおこ図解にとっては大打撃を与えて来るに――――――――――。

「君のベッドの下にあるパソコンに入ってるぬきたしをプレイさせて貰いたいんだ!」

「予想の斜め上すぎんだろ!?」

 さすがの俺もエロゲーをやらせてくれなんて言われるなんて思いにもよらなかった。

 ジャンヌさんが不思議そうな顔を浮かべながら再び歩を進め始める。俺も後から後を追うように足を動かす。

「ボク、こう見えて娯楽が好きでね。特に日本のエロと呼ばれる娯楽は素晴らしいと思う!どうしてあんなジャンルを開拓できるんだろうか?先人の知恵というやつは賞賛すべきだと思うよ!」

「おいこら!公衆の面前でなんつうこと口走ってんだ!」

 興奮気味にエロ談義を行う目の前の変態に周りの視線を浴びながら何とか家までなだめながら家の前まで連れて帰る。

「わかった!わかったから!好きなだけぬきたしをやってもいい!だから頼むからエロ談義を外でするのはやめてくれ」

 一刻も早く家に入ろうと玄関を開ける。

「翠?もう帰ってきたのか?今日は職員会議なるものがあると・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・わーお・・・」

 そこにいたのは首にバスタオルをかけ、家の牛乳飲んでいた金髪の女性、ティターニア先生先生だった。なぜここに?なんで裸?そもそも家の大黒柱名前呼び?疑問はいくつもわいてくるが今やるべきことよーく分かる。

「し、失礼しました・・・」

「あれ?どうかしたのかい?」

 とりあえず玄関の扉を閉めて一息ついている間にうちの玄関は中から吹き荒れる突風と共に頭上を吹き飛んでいく。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!げんかぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「やっぱり敵襲か!?」

 ジャンヌさんが無事であることを確認してもう一度家の中に視線を向ける。ゆっくりとどこから取り出したのか鞘に入った剣を片手に裸の般若が近付いてくる。クソ!土煙が邪魔だ!

「貴様、まさかここまでの変態だったとはな・・・!女の家に忍び込もうとするとは恥を知れ!」

「公衆の面前で堂々と全裸晒せる奴に言われたくないわ!」

「見るなぁ!」

 鬼に金棒という言葉があるがこういうことをいうのだろう。魔法もすごい先生が振った剣は物凄い轟音を立てながら俺の顔面に直撃する。そのまま先生は家の中に姿を消してしまった。

「零!大丈夫!?」

「顔!顔えぐれてない!?」

「だ、大丈夫!このくらいならボクの治癒魔法で・・・・・」

「治癒魔法なんて覚えてたのか?そりゃ助かるありがとう!・・・・・・で、傷の具合は?」

「・・・・・・・もしかしてだけど僕のこと信用してない?」

「いや、信用はしてるのよ。でもね、今の俺のケガの具合を知りたいわけ。どんな感じ」

「もーお、そんなに細かいことばっかり気にしてたらモテないよ?」

「だーかーら!ケガの具合はどうかってきいてんの!」

 だめだこのエロゲー好き。話が全然嚙み合わない・・・・・。というよりなんだ?言えないほどなのか?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「え、なんで無言なの?怖いんだけど!?もしかしてお茶の間に見せられないよ的な?」

  何を聞いてもジャンヌさんは何も答えない。ただひたすらに顔に治癒魔法をかけるだけ。

「俺の顔一体どうなってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 そんなことがあった晩のこと。陽奈と姉ちゃんが帰ってきてすぐに姉ちゃんに報連相ジャー

マンスープレックスを決めて制裁。その後に事情を聞けばどうやら日本にきたはいいものの世間知らずのお嬢様のようで寝床の確保すらままならないらしい。

 そもそも異国での仕事にお嬢様を送ってくるなよ、と思うのは俺だけではないはずだ。

「と、とにかくだ。勘違いで攻撃してしまって悪かった」

「いえ。こっちも風呂上がりの全裸の姿を見てしまって・・・・・ありがとうございます」

 次の瞬間頭に激しい衝撃が生まれる。頭を抑えながら顔を赤らめるティターニア先生を涙目で見る。

「今のは零が悪い。女の人の裸見てありがとうございますて・・・・・。そんな見たいならな、ウチが二人っきりの時に見せたるのに」

「いや、さすがに本家の跡取りにそんなこと・・・・・」

 陽奈に手を出せば俺が殺される。死にたくはないし、第一血がつながった人間をそんな目では見れない。

「そうだぞ!女性の裸を見たのなら謝罪よりもまずは感謝を示すんだ」

「自分はちょい黙っとけ!話こんがらがるわ!」

「ジャンヌさん。ぬきたし、やってきていいですよ」

「わかった!行ってくる!」

 目当てのゲームをプライしに階段を上がっていく彼女を見送って俺は簀巻きに縛り上げ放置していた姉ちゃんを見る。

「で、このクズの処遇はどうしようか・・・・・」

 姉ちゃんな猿ぐつわを外して壁にもたれかけさせる。

「待て待て。愛する弟のお仕置きだ。甘んじて受け入れよう。だがしかし、まずは定例会議を行うべきじゃないか?」

 定例会議―――――。俺たち陰陽師は一つの街に複数人が配置される。そのうちの誰か一人の家が支部となり月一で定例会議と本家への報告が行われる。昔は関西を蘆屋家の、関東を安倍家の陰陽氏が配属されていたがその阿倍家が衰退。今では東京のみの配属で蘆屋家が日本のほとんどに配置されている。

 俺たちが配属されてる大江山市は東京に近い海に近いところにある都会とは言えないが田舎でもない街でイオンもある。

「でも部外者いるし・・・・・」

 今日は確かに定例会議と本家への報告をする日なのだが今までと違いこの場には部外者もいる。

「彼女は大丈夫だ。国から我々の存在の説明もされている」

「国から?ホンマですか翠さん」

 陽奈が驚きながらティターニア先生をまじまじと眺める。

 マジで何者なのだろうか?そんなことを思っていると姉ちゃんからすぐにその答えを告げられた。

「彼女はエムクス魔法騎士団第二師団長だ。妖怪に加え増加し始めた日本のモンスター問題の指南役として来ていただいた」

「じゃあ、魔法基礎学の教師っていうのは・・・・・」

「それも国王から賜った大事な任務の一つだ。目的については私も知らされてはいない。この国を治めているものたちも強要されただけで目的も分かってはいないはずだ」

 俺の疑問に淡白に答えるティターニア先生。これはもはやこの国だけでの問題ではないのかもしれない。いやむしろ―――――――。

「この日本自体が問題なのかもしれないな・・・・・・」

 俺がふとこぼしたその言葉に部屋にいた三人の視線が俺に突き刺さる。

「まぁ、そんなことを我々が考えても仕方がない。国防省直轄とは言え担当は国内に存在する危機の対処。外のことは椅子にふんぞり返りながら自分の権益を守ることにしか興味のない老いぼれどもの仕事だ」

「散々な言い草ですね・・・・・・」

「私は正直者だからな。今まで生きてきて言わないことはあれど噓をついたことはない」

「おぉ!!かっこいいなそのセリフ!!!」

「簀巻きにされてなかったらな」

  ティターニア先生が目を輝かせながら簀巻きにされた姉ちゃんを見るのを軽口を出しながら俺は定例会議の準備を進める。

 お茶を入れ、大江山市の地図を机に広げる。事前にLINEで聞いていたように地図に印を付けて陽奈に渡す。

「今回の進行としては先に今の問題の話をやって、それを踏まえて本家の意向を伝えたいと思います」

「分かった」

 陽奈の説明に姉ちゃんが頷く。

「まず、指南役の先生に現状を知ってもらうために問題のあらましから説明します」

 陽奈が立ち上がりいつもは使われていない壁に埋められたホワイトボードに字を書き始める。

「ことが起こったんはつい一週間前。お祓いの仕事が来た時でした。コトリバコっていうヤバい呪物やったんです。幸い粗悪品やったんと一番力が弱いやつやったんで呪われた人は重度の栄養失調で入院はしたものの命に別状はありませんでした。そのあとも度々コトリバコのお祓

い依頼が来た昨日で五件目になりました」

 陽奈が被害者の名前と写真を時系列順に線でつないでいく。しかしその写真を見て何かを思ったのかティターニア先生が口を開く。

「被害者は女性ばかりなんだな?」

「このコトリバコの呪いってのが女の人にしか効果がない呪いなんスよ」

 俺の説明をにわかには信じられないと言いそうな顔で聞き入れる。

「呪いはどうやって祓っているんだ?」

「本当なら何十年もかけて効果を薄くしてから祓うんだがなにぶんそんな時間も人員も用意できん。だから―――――――」

 自分の質問に苦虫を嚙み潰したような顔で答えようとした姉ちゃんを見てティターニア先生が眉をしかめる。そんな姉ちゃんの代わりに俺が口を開く。

「俺が呪いを肩代わりして陽奈に外に出してもらうんです。それを清めのドスで切り裂ければお祓い完了です」

「危険はないのか?呪いを肩代わりするなんて私には正気の沙汰とは思えない」

「そりゃあ、血反吐を吐くこともあるし最悪死にますよ。でもまぁ、それが俺達の仕事ですし俺の力不足の面もありますし仕方ないですよ」

 未だに険しい顔だが、ひとまずは納得したのだろう。これ以上聞き返されることもなく再び陽奈が話始める。

「・・・・・・箱の柄が同じやったことから犯人は同一犯やと思います。でも絞り込もうにもコトリバコの製造方法は知ろうと思えば誰でも知れるせいで絞り込めません」

 陽奈がホワイトボードに払い終わったコトリバコの写真を貼り付ける。漆が塗られ、彼岸花が特徴の箱だ。

「・・・・・ん?」

 その写真を見たティターニア先生が眉をひそめる。

「どうした?」

「いや、この箱どこかで見たような・・・・・」

「ホンマですか!?」

「どうせどっかの土産物屋で見たんでしょ?」

 陽奈が机に身体を乗り出してティターニア先生に顔を近付ける。だがこの箱はどこにでも売っているような箱のためきっと関係ない。

 そう、俺は思っていた。しかし―――――――。

「思い出したぞ!ここに来る途中に知らない男にもらったんだ」

「貰った?ならその貰ったという箱は今どこに?」

 姉ちゃんの質問にティターニア先生が指を指す。その指の指す方向に俺たちが視線を移すと

確かにあった。食卓の上。むしろ何故気付かなかったのか。何度も家事を並行して行うために通ったはずなのだ。つまりはそれほどまでに強い呪いということだ。

 次の瞬間、俺は急いでコトリバコを祓う為の準備に走る。陽奈を見てみればドスで簀巻きの

姉ちゃんを開放している。

「な、なんだ?一体どうしたんだ?」

 ただ一人、ティターニア先生だけは状況が吞み込めていないのかキョロキョロと俺たちの動くを追う。

「チッポウです!危ないんで部屋出てってください!」

 陽奈の指示通りにティターニア先生が部屋を出たのを確認して藁人形を取り出す。今回は本当に強い呪いのため髪の毛では道が細すぎる。だから俺は手に持ったドスで左の手首をざっくり切り裂き流れる血を満遍なく藁人形に染み込ませる。

「おい!」

「姉ちゃん!」

「任せろ!」

 ティターニア先生の呼びかけに答えることはなく俺は姉ちゃんを呼ぶ。道はすでに完成している。だが陽奈が呪いを俺から出すまでにこの呪いに耐えなければならない。

 家中には結界を張り巡らせてあるがそれでもこの呪いは強い。俺一人では耐えられない。だから焼け石に水ではあるものの姉ちゃんに回復術式を張ってもらう。

 陽奈はすでに祝詞を唱えてはいるがこちらも身体があちこち痛み出している。喉から生暖かいものが遡ってきて口から鉄と胃酸の独特な臭いのする吐瀉物が床に広がっていく。

「零!」

「翠さん邪魔です!零の回復に集中してください!」

 陽奈の言葉にハッとしたのか立ち上がり俺に近づこうとしていた姉ちゃんが再び座り込む。

 祝詞を唱え終わった陽奈がいつもより深く指と手のひらを切り付けて大量の血が床に広がり俺の血反吐と混ざる。

「耐えろよ、零!」

 陽奈の指が口に入って来て喉の奥に違和感が現れる。何度もえずくがすでに胃の中身はないのでなにも口から出はしない。

 次第に喉に大量に血が流し込まれ息もできなくなってくる。

「あかん・・・・・。なかなか出てこうへん!」

 喉の奥をまさぐられ更なる吐き気が襲ってくる。もはや意識も遠くなってきて目の前が真っ白になっていく。

「まずいぞ!もう零の意識が!」

「・・・・・・・・・ッ!見つけた!」

 俺の口から勢いよく陽奈が自分の手を引き抜くと俺の口から七つの形のない影がでてくる。その影が一か所に集まって一つの巨大な影になる。それを見ながら陽奈は床で血反吐塗れになっているドスを拾って影を切り付ける。

 しかし少しだけ切り傷が影に生まれるが仕留めるまでにはいたらない。体勢を崩した陽奈が落ちてくる。

「そこまで行ったら・・・・、上出来だ」

 呪いが離れてある程度身体が軽くなり落ちてきた陽奈を抱えながら俺は陽奈からドスをもらい受け、影を切り付ける。

 だが、俺の力では傷一つ付かなかった。格好をつけたのに恥ずかしい。

「オワッ!?」

 俺は床と陽奈につぶされてドスが手から飛んで行ってしまう。そのドスがティターニア先生の前に落ち、それを先生が拾う。

「翠。これがあれば私でも祓えるのか?」

 状況に似合わず能天気にそう聞くと姉ちゃんが困惑しながら答える。

「あ、あぁ・・・・・。それは持ち主の霊力を吸収して切るものだ。生まれながらに霊力を持っている人間の君なら祓えるはずだが・・・・・」

 姉ちゃんが回復したのかそこかしこを動き回る影を横目に見る。

「いけるのか?」

「問題ない。素早く動くモンスターの対処方は心得ている」

 そう言うと同時にティターニア先生が走り出し食卓の椅子をあちこちに蹴り上げる。俺たちが血反吐まみれの床に頭を伏せる中、空中にいた影は逃げ道を奪われ部屋の角へと追いやられる。それが狙いだったのだろう。ニヤリと笑った先生が落ちてくる椅子を足場に飛び上がり影を真っ二つに切り裂く。

「うむ。なかなか切りごたえがあったな!ひとつ言うなら短い片刃ではなく長い両刃がよっかたが・・・・・」

 笑顔でそういう先生に俺は正直に言って声も出なかった。でもそれは一瞬で、言いようのない不安感が俺を襲って来る。原因を頭の中で探し始めて数秒後、俺は重い身体に鞭打って二階へと走る。目指すは二階に上がり右の突き当りが俺の部屋だ。

 不安の原因。それは俺たちの中に被害者が居なかったこと。この家には中にいる人間を護り、妖怪や呪いを弱める結界を張り巡らされている。

 そう、人間限定なのだ。エルフのジャンヌさんには結界の効果はない。

「ジャンヌさん!入るぞ!」

 一応の問いかけはする。だが、返答も返って来ぬ間に部屋に入る。その部屋にいたのは息もほとんどせずに床で倒れている美少女エルフの姿だった。

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