第12話 birth《前》

「思い出したんだね、エル」

 黒羽の天使が名前を呼ぶ。彼が[レイ]という名で、この親友と同じ顔と白い髪を持つことからして、元々その名を知っていたと見て間違いない。

 どうして気づかなかったんだろう、と思ったけれど、それは[どうして忘れていたんだろう]と同義なくらい意味のないものだ。考えるだけ無駄。それなら思考のロスタイムを別なことに活用する方がよっぽど有意義だ。

 短刀を構え直し、レイを見て目をすがめる。この黒翼の天使はまだ、自分の知る[親友のレイ]じゃないから。

「ちょっと、じっとしていてくれる?」

 言うなり、レイの眼前に迫り、短刀を一振り。ぱさりと肩につくほどだった彼の白髪が落ちていく。あっという間に、レイはそこで死にかけている[親友]と同じ髪になった。三編みに結われていたこめかみからの二房がゆるゆるとほどけていく。

 首筋から血が滴ることはない。赤い線も引かれない。正に皮一枚。よし、切れ味も正確性も問題なし。

「随分と物騒なことしてくれるね」

「どっちが」

 レイの一言に苦笑を返す。彼の手の中には、先刻喉を切り裂いた[親友]の得物──方天牙戟があった。

 レイがその刃先を側に倒れる[親友]──鏡写しのような存在に向けた。ずぷり、とその穂先が腹に刺さる。不思議なことに血が流れることはなかった。ただ、人を刺したというには違和感のある感覚。自分が刺したわけではないけれど。それは異様だった。死にかけの[親友]の姿は方天牙戟の中へ吸い込まれ、長柄の先端が三日月刃二つから弓なりの凶刃に変貌する。

 その武器ほど彼に似つかわしいものはなかった。生前[死神]と渾名された彼は、長柄武器がよく似合っていたが、やはりその武器が一番様になっていた。

 鎌。

 長柄の特徴でただでさえ長いリーチが、弓なりの刃で更に長く、その上他の長柄武器に比べ、圧倒的に高い殺傷能力を持つ。刃の付け根は工夫次第で回避にも罠にも使え、汎用性が高い。

 殺傷能力の高い範囲攻撃。想像しただけで鳥肌が立つ。

「恐ろしい武器だね」

「顔は全然そう言ってないよ」

 呆れたような声でそう返してくるレイ。ううむ、暢気は直らないか。馬鹿は死んでも治らないという成句はよく聞くが、暢気を馬鹿とするならば、それが正しいことがたった今、証明されてしまった。証人としては複雑な心地である。

 だが、まあ自分の気性を今更直そうとは思わない。しかも既知の間柄相手に変えるだなんて、今更だ。こちらが暢気をかまして、レイが呆れる。ここまでが[いつも通り]の流れなのである。久しぶりすぎてむしろ安心してしまったほどだ。

 そこで、ああ、と気づく。今までレイを守りたかったり、レイを側に置いておくことで感じていた安心感は、記憶喪失の中でも無意識が覚えていたものだったんだ。自分にとって[親友]はそんな存在だった。

 徐々に意識が鮮明になってくる。記憶にかかっていた霞が晴れやかになったとでも言おうか。こちらが真っ直ぐ見据えると、応えるように、レイは鎌の柄をとん、と地につける。

「本当に君は相変わらずだなぁ」

 どこか感慨深げに呟く。そんな彼に、当然といえば当然の疑問を投げた。

「この状況は、どういうこと?」

「ん?」

「レイはどうして二人存在していたの? その武器の中にさっきの[レイ]が吸い込まれたのだって、さっぱりだ」

 そう、これまで記憶をなくしていたからレイが[親友]であることに気づきもしなかったが、全てを思い出した今、振り返るとおかしなことだらけだ。

 この世界で出会ったときは単に知らないふりをしていただけかもしれない。だが、レイにはそれだけでは説明のつかない不審な点がいくつもあった。その筆頭が先程までそこにいた方天牙戟使いの[レイ]だ。

 この世界で五本の指に入る強者としてレイが紹介した人物の中に先程の[レイ]も数えられていた。ということはつまり、レイはもう一人の[レイ]の存在を知っていたことになる。

 それに、今でこそ髪を切って同じ顔になったけれども、このレイとさっきの[レイ]とでは相違点が多い。[同じ]存在だというのは感覚的にわかったし、レイの言動からしても間違いはないのだろうが、ならば何故、違うのだろうか?

 こちらの知っている親友の[レイ]はさっきまでの長身、短い白髪で大人びた空気を纏う人物だ。対してこちらのレイは、浮遊しないと目線が合わないほど背が低く、髪は肩にかかるほど長かった上に、出会った当初は黒髪だったじゃないか。それに若干童顔なのか、話すときの雰囲気も子どもっぽいところがあった。

「君が[レイ]だっていうなら、全部覚えていた上で惚けていたの? それに、今までの姿は何だったのさ」

「うーん。そうだね、そろそろ説明しないとね」

 先程の[レイ]とはやはり違う、暢気そうな口調で応じ、レイは続けた。

「まず、この世界は[輪廻転生]の資格を勝ち取るために戦わなければならない世界だってことは話したよね」

 頷く。それはここで初めて会ったときに教えられた。

「この世界を作った神様がいるっていうのは、言ったっけ?」

 そういえば、そんなことを言っていた。自分は天使で、神様の命令に従って存在しているのだと。翼が黒いのは、神様とこの世界を作った罪だと語っていた。

「その神様とやらが君の主人だって?」

「うん、そう。神様と一緒に、僕はこの世界を作った」

 その神様が誰かわかるかい? と、今度はレイが訊いてきた。

 レイが天使なら、神は……見当がつかない。

「師匠?」

「違うよ」

 なんでわからないかなぁ、とレイは首を傾げた。そして告げる。

「君だよ、エル」

「……え?」

 耳を疑う。その様子にレイは一言一言を刻みつけるように、はっきりと繰り返した。


「君が神様だったんだよ」



 自分が、この世界の神? この世界を作った?

 どれだけ痛い人だよ。

「冗談?」

「この期に及んで僕がそんなこと言うと思うの?」

 知っているものより大きいレイの瞳が険しい色を湛える。僅かながら、殺気も垣間見えた。この表情で[冗談]ということはさすがにないだろう。

 いや、けれど。

「普通、自分のことを指して[あなたが神様です]なんて言われたら、まず疑うでしょう?」

「事実なんだから、仕方ないだろう」

「そうは言ってもねぇ……まあ、いいや」

 ここでああだこうだといっても始まらない。話を進めよう。

 反論をやめると、それを見計らってレイは語った。

「この世界──[輪廻の道]は、元々存在しなかった。存在してはいけないものだった。生前に聞いたことがあると思うけど、輪廻転生っていうのは、誰にでも平等に訪れるもので、巡らない魂などないという考えだから。どれだけ人を殺していようが、虫一匹とて殺せなかろうが、輪廻の巡りは全ての魂に平等。そうでなくてはならない。世界にはそういう決まりがあって、それがそのとおり巡っていて、世界は平常に回っていた。あのときまでは」

 あのとき。その言葉に思わず身を固くする。思い当たるときなど一つしかない。

「君と僕が、死んだあの日だよ」

 案の定、レイはそう告げた。

「僕は、君とあのままの日々を送っていたかった。君に殺されるその瞬間も、ずっとそう願っていた。君は何を祈っていた?」

 訊かれて、ずきりと胸が痛む。親友を殺して、「すぐに逝くから」と言って自らに刃を突き立てたあのとき、ずっと願っていたことは。

「本当は」

 ずっと目を反らし続けてきた願い。[天使]であるために、封じてしまった想いだ。

「本当は、ずっとレイと、一緒にいたかった……」

 叶うのなら、師匠もいた、あの[仕事]以外では面白おかしく生きていた日々に戻りたかった。

 でも、[仕事]を手放すことができなかった。[天使]は差し出された二択に条件反射で答え、[日常]と[仕事]から[仕事]を選び取った。[エルであること]ではなく、[天使であること]を選んだ。

 他愛のない会話がどれだけ愛しいものだったか、なくしてから気づいたんだ。レイを、殺してしまってから。自分が[天使]ではなく[エル]という一人の人間であることに気づいてしまって、[エル]でいられる場所を失って、絶望して。

 ──生きている意味なんてない、と思った。

 それでも、諦めきれなかった未練がましい魂が、どうしたところで取り戻せるはずのないものを懸命に求めた。

「……同じ、だったんだね」

 レイはしっとりとした声でそう呟いた。子どものような無邪気さが次第に溶けて、元の[レイ]に近づいているのがわかる。

「歪みきった願いを抱えた二つの魂は逝くべき場所に辿り着けず、その歪みのままに、この場所を作ったんだよ。だからここは[輪廻の道]──輪廻に還る、途中の道なのさ」

 叶うはずのないことを、強く願ってしまったから生まれた世界。

 ふと、方天牙戟使いの[レイ]が放った一言を思い出す。


「僕たちが死んだのも、今こうしてここで戦わなくちゃいけないのも、全部君が選んだからじゃないか!」


 確かに、全ての元凶はあのときの自分にあった。自分で殺すことを選びながら、それに後悔し、やり直したいなどと願うなんて。自分勝手にも程がある。

「そんな歪みによって作られた世界が歪んでいないわけがない」

 レイが話を続ける。

「しかし、その歪みの分だけ、この空間は[世界]から存在を拒まれた。[世界]はこの異物を拒絶し、排除しようとしたんだ。[世界]が正常に流転するように」

 もっともなことだ。[世界]からしたら、歪んだ願いによって生まれたこの[異質な空間]はいい迷惑だっただろう。自己防衛のために排除しようと動くのは当然だ。

「けれど、この世界を作った[僕ら]はそれを了承しなかった。その代わり、僕らはここに[世界]のルールに影響しないようなルールを作り、この場所を[矯正]した」

 矯正。それは

「この場所に迷い込んだ者たち同士で戦わせ、勝ち残った者は輪廻に戻れないというルール」


 勝ち残った者が、戻れない……?

 それは、最初にレイから聞いたルールと違う。逆だ。

 自分は「最後まで勝ち残った一人だけが輪廻転生の資格を得る」と聞いた。


「たったそれだけで生まれた歪みを全部チャラにする、なんてことは、さすがにできなかった。だから僕らは一つずつ、代価を払った」

 その一つがレイの背中の黒い翼。罪の証と言っていた翼だ。その荷を下ろすことは決してできない。

「そしてもう一つ、君が支払った代価が、記憶だ」

「なっ……!?」

「君はこの世界ゆがみを生み出すほどに強く抱いた願いすら忘れて、この地獄で生きる。存在意義も見出だせぬまま、生き続けることを、代価とした」

 記憶喪失すら、そのように仕組まれたものだったのか。

「僕はそんな君を見守るための僕と、ここで[戦い]に参加するための[僕]の二つに分かれた。つまり君がさっきまで戦っていた[レイ]は僕の半身なんだよ」

 衝撃に反応できないこちらを見ながら、レイはそう締めくくった。

「君とは、神様と天使っていうより、共犯者の関係って言った方が正しいのかもしれないけど」

 レイは弓なりの刃を撫でて微笑む。

「僕にとって君は、神様みたいな存在だったから」

 そう言うレイは何故か、とても幸せそうに見えた。

「神様?」

 それほど自分に似合わない呼び名もない。自分本位でこんなねじの一本外れたような世界を作り出すやつが神なんて、笑えない。

 けれど、こちらを見るレイの瞳は思いの外澄んでいて、一笑に伏すなんて、とてもできなかった。

「でも、君はやっぱり[天使]なんだね」

「え?」

 レイが顔を翳らす。俯き加減のその表情は以前、殺す直前に浮かべていたそれとよく似ていた。

「君のこと、[神様]と呼んでみたかった。だから代わりに僕が[天使]になってみた。でも、僕に君の代わりなんてできないね。どれだけ憎んでも憎んでも、決して君を殺すことはできない。僕は何の疑問も持たずに淡々と人を殺すなんてできないんだ」

「レイ」

 動悸が五月蝿い。鳴り止まない。腹の底からぞくぞくと恐怖が湧き上がる。

「レイ、やめてくれ」

 それ以上、言わないでくれ。

 苦しい。あのときの記憶と、今のレイの表情が重なる。

「エル」

 レイが静かにこちらに歩み寄ってくる。穏やかな表情に不釣り合いの大鎌を携えて。

「前にエル、僕に訊いたよね。僕は戦いに関係ないのか? って。うん、これまでの僕は、戦いに干渉できない[天使]のレイだったから、戦いには参加できなかったよ。代わりに、さっきまでの[方天牙戟使い]のレイが戦っていたわけだけど」

 でもね、と彼は続けた。

「今、二つに分かれていた体が元に戻った。だから僕は[戦ってもいい]状態。そして、君に伝えなくちゃいけないことがある」

 レイは天使のような愛らしい笑みを浮かべ、告げる。

「ずっと一緒にいよう」

 これが僕の願いだよ。

 大鎌の刃が、冷たく肌に触れた。



 レイを真っ直ぐ見つめ続けるのが、怖かった。

 けれど、目を反らしたら、殺されるような気がした。弓なりの刃がその役割を果たさんと首筋に当たっている。冷たく固い無慈悲な感触。背筋が凍る心地がした。

 イエスということ以外、求められていない。レイのこちらを見つめる瞳を見て、初めてそこに宿る狂気に気づく。

 生前から、一番見てきた瞳。けれど、こんな表情をできるなんて、全く知らなかった。


「ずっと一緒にいよう」


 レイの想いは嬉しい。自分も望んでいたことだ。故に、断る理由などない、はず。

 それなのに、何かが歯止めをかける。

「レイ。君は……」

 続く言葉が浮かばない。何故自分は彼に対して疑念を拭えないのだろう? ずっと一緒に。それでいいじゃないか。ずっと望んでいたことじゃないか。歪な世界を生み出してしまうほどに。

 望みを、レイも受け入れてくれている。これ以上、何があるというんだ。


「そいつを殺さなければならないからに決まっている」


 不意に師匠の言葉が閃く。レイを殺そうとしたときの、師匠の言葉。

 そこにまだ解けていない謎が残っていた。

「どうして師匠は君を殺そうとしたの?」

 ぽつりと呟くと、レイの肩がびくんと跳ねた。

「どうして、師匠は君を[殺さなければならない]なんて言ったの?」

 今の話の限りでは、師匠がレイに殺意を抱かなければいけない要素などない。師匠は自分が死んだ後の出来事だというのに、自分の弟子たち二人が死んだことを知っていたようだった。殺し合ったことも知っていた。

 それは何故? 時間軸的にあり得ない。師匠が死んだのはあの日より前だ。むしろ、師匠という最恐の後ろ楯を失ったからこそ、自分たちは殺し合わされたのでは、とすら推測ができる。

 何故自分たちより以前に死んだはずの師匠が、誰からの説明もなしに、自分たちの死因や状況を知っていた? ただの純粋な疑問だったが、唇を噛みしめるレイの表情に、何かあるな、と確信する。

 レイはまだ何か隠している。──これ以上、何があるのだ、とは思うが。

「ねぇ、レイ。君の願いはわかったけど、まだ知りたいことがある。自力じゃ思い出せないことがある。君じゃなきゃ知らないこと……まだあるなら、教えて」

 この世界を生み出した者として、せめてもの責務だと思う。忘却はある種、救いでもある。生前の記憶もまっさらで、一度はここを[天国]と勘違いするほどの幸福な頭になったくらいだ。譬、一時のまやかし程度にしかならなくとも、充分すぎる救いだ。

 けれど、それは罪からの逃避。真実を全て直視することができないのなら、自分はいつまで経ったって、残酷な[天使]のままだ。

 それが嫌で、今ここにいる。

「いやだ」

 ところが、レイは拒否を示す。

「いやだ。言わない。その事実は、僕らが二人でずっと一緒にいるためには必要のないことだ」

「そんな理由じゃ、納得できない」

「誰しも、秘密にしておきたいことの一つや二つはあるだろう? 知らない方が幸せってこともある」

「知らないことが不幸せに変じることだってあるよ」

「揚げ足を捕らないで」

 レイが悲しげに紡ぐ。同時に、首筋に当たる刃が少し、食い込んできた。痛みはないが、刃の冷たさが体にしん、と染み渡る。

 レイがはっとし、刃を引くが、それを手掴みで止めた。しっかりと掴んだ刃を生温かい液体が滑る。

「逃げないで、レイ。いや、違うな。……逃がさないよ」

 自然、不敵に口端が持ち上がるのを感じた。かちり、とスイッチが入る感覚。

「レイ、そんなに嫌なら勝負しようよ。お互い、せっかく得物を持っているんだ。再会を喜び合いながらの手合わせなんて、らしくていいんじゃない?」

 言い終えて、未だ愉悦に歪む口元に心中で苦く笑う。[手合わせ]だなんて。ただ戦いたいだけじゃないか。どこまで戦闘狂なんだ。……師匠譲りかもしれないが。

「君が勝てば、秘密のままでいいよ。約束」

「君が勝ったら?」

「もちろん、洗いざらい話してもらう」

 そういう方法が、自分にはよく似合っている。

 勝負、と思えば砕器も気軽に変化させられる。さっきの[レイ]みたいに事故のような殺し方をしなくて済む。

 レイは少し悩んだ末、ゆっくり首を縦に揺らした。

「いいよ。じゃあ、手を放して」

 刃を握った手を放す。その冷たさが心地よくて、なんだか名残惜しかった。

 そうそう、念には念を入れなくては。

「自殺はなしだよ」

「君が言う?」

 付け加えた要求に見事に返球されてしまった。けらけらと笑う。緊張感はやはり、持てないらしい。


 お互い、距離を取る。

 自分の得物を確かめた。あの[レイ]と戦ってからずっと、砕器は短刀のままだ。自分の最も得意とする得物。グリップを握りしめれば、その手馴染みの良さに頬が綻ぶ。殺し屋にとって得意武器というのはこの上ない相棒だ。人じゃないから裏切らない。師匠の得物でもあるのもそうだが、それ以上に、持ち歩けるほどに手頃な武器だというところが好きだった。レイとは逆で、長柄武器が苦手なのが玉に瑕だが、それを補ってあまりあるほどのアドバンテージを持つ。

 ずっと身につけていたから、この得物が一番安心する。人を殺すための道具に[安心]というのもどうかと思うが。

 レイを見る。彼は両の手で鎌の長柄を掴み、構えていた。なかなか堂に入っている。元々、長柄の武器なら大抵は難なく使いこなす人物だったのだから、当然だ。

 自分は長柄の扱いはからきしだ。全く使えないというわけではないが、長柄武器同士での対戦でレイに勝ったためしはない。もちろん、師匠にも。

 一口に言うと、下手なのだ。

 心情としては[安心できないから]なのだが、そんなのは言い訳にならないと師匠に一蹴された記憶がある。けれど、それが根底概念にあるのは変わらない。

 長柄は刃が遠くて安心できない。本当に当たるのか、どうしても不安になってしまうのだ。だから、リーチの短い武器の方が存分に振るえる。刺したり、切ったりした肉の手応えを直に感じられる。それがたまらない。

 そんな実感があるから、かもしれないな。もしそうなら、自分はとんだ殺人狂だ。もしくは戦闘狂。本当、笑えるほどに。

 短刀を構え、頭の中を空にする。凛と澄み渡る思考回路。雑念の消えた心が冷えて、集中が研ぎ澄まされていく。向かい合うレイも冷えた目をしていた。

 さあ、もう言い訳はできない。逃げることも許されない。

 おそらくこれが最後であろう──親友との戦いが、幕を開ける。



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