第2話:キャラは本当に喋る? それと筆が進まねェ

「はぁ……なぜ小説の続きも書かずにこんなエッセイの続きを書き始めているんだろうか」


 レイバーは、コップを磨きながら言った。

 筆も何もないのに書いているってどういうことだ、というツッコミは多分意味がないのだろう。


 その時、都合よくチリンチリン、とドアベルが鳴った。


「やっほ、今日も来たよ。呼ばれた気がしたから」


 どこか自慢げな表情で白銀の髪の少女――レニルが言った。


「お、ちょうど良いところに。ありがとうございます」


 タイミングは最高。

 そう、このエッセイはちょうどいいところにキャラが来るのだ。


「それで、今日は――の前に、あんたが勝手にコーヒーを用意する前に私は注文する。マスター、コーヒー一杯」


 ニヤリ、とレニルが笑った。


「はいはい、じゃあ小銀貨二枚ですよ?」

「もちろん、払うよ」


 そう言うとレニルは先に代金を支払った。


 レイバーはコーヒーを淹れるために、レニルに背を向けた。

 そんなレニルの頭に、ふとある疑問が思い浮かんだ。


(……コイツなんでこんな喋り方してるんだろ)


 よく考えれば、彼は十七歳――という設定。

 流石におかしいだろう。

 もしかして厨二病だろうか?


「レイバー」

「なんですか?」

「その口調、厨二病?」

「えっ⁉」


 レイバーは振り向き、思わず驚きの声を上げた。


「いやだって、流石にそれで十七は無理があるでしょ」

「……じゃあこうすればいいんか?」

「うわ、なんか急に現実に引き戻された感じがする」

「いやまあ今のは意識したけど、こっちの方がなんか気持ち悪いんだよね……」

奇特きとくだね」

「分かってる」


 そう言うと、彼はドリッパーの方に向き直ってまた作業を再開した。


「敬語の方が書きやすい? それなら敬語でも別にいいけど」

「……ええまあ、こっちの方がスラスラ書けますね。キャラが勝手に喋ってくれます」


 数秒後、彼はコーヒーカップと共にカウンターの前へと戻った。


「口調変わるの早すぎでしょ……」


 そして、その急に変わった口調に一瞬レニルは顔をしかめた。


「許可をもらいましたから」

「……というかさぁ、その『キャラが喋る』ってやつ、前から気になってたんだよね」

「何がですか?」

「ぶっちゃけ、本当に喋ってるわけじゃないでしょ?」


 レニルは早速砂糖とミルクたっぷりのコーヒーをちょっと冷ましてからすすった。


「まあそうですね。でも、実際感覚としては『勝手に喋ってる』なんですよ」

「ふぅん……そりゃまたなんで?」

「自分の意識化にあるわけではなくて、気がついたら『あ、このセリフいいな』みたいなのがポンと出てくることがありますし、正直セリフなんて意識して書いてませんから」

「そんなことある?」


 あまり信じられないのか、レニルは眉を寄せる。


「それがあるんですよ。恐らく、キャラの行動理解などはほとんど無意識化で行っていることなんでしょうね。そして、それをセリフという形に言語化していくと、新たな発見があるので『このセリフいいな』となるということなのでしょう」


 現実でも、自分を客観視するために自問自答しろ、というのはたまに見る話だ。

 それに、ちょっとイライラしているときに、それを文字にまとめるとスッキリしたりするものだ。言語化、というのは整理に役立つのだろう。


「分かるような、分からないような……」


 レニルはうーん、と腕を組んで唸る。


「はは、まあ気持ちは分かります。他人の無意識下のことは分かりにくいですしね」

「それにしても無意識か……凄いね」

「ほとんどの作家さんはしていることでしょうし、そうでもないと思いますよ?」


 レイバーは褒められるが、特段嬉しそうにするわけでもなく、さらっと流した。


「でも、今もほぼノータイムで書き続けてるくらいだし、かなり慣れた方ではあるんじゃない?」


 しれっと第四の壁を貫通したレニルが言う。


「うーん、そうですね。それに関しては『キャラは全てもともと私が持っている何かから作り上げている自分の分身である』というところが影響しているかもしれません。だからキャラ理解もしやすく、ほぼ無意識で書けているのかもしれません――とは言っても、多くの作家の方もそうでしょうし、これは私だけの特徴ではありませんが」

「へぇ……それがこのプロ以上の会話文執筆の早さを実現しているわけだ」

「ええまあ……」


 褒めるレニルに対して、レイバーはただ顔をしかめただけだった。


「微妙な反応じゃん」

「うーん、確かに私としては早いとは思っていますが……商業プロとかのレベルになると、このレベルもゴロゴロ居るんじゃないかと思っているので、そんな凄いことではないかなと思っています」

「まあそっか。今はただのWeb作家だもんね。全体のレベルは分かんないか」

「はい」


 作家友達、というものもほとんど居ない。作りに行っても良いのだが、それほどの情熱もないのだ。

 だから、当然書籍化作家の方々のレベルも分からない、というワケだ。


「……あさ、そんなに早いなら余裕じゃないの? 普通の作品書くのも。それとも、他の会話文はこんなスラスラ行かないの?」

「いえ、キャラの会話自体は驚くほどスラスラ書けます」

「それなのに無理なの? Web小説とかラノベって、大体『キャラ小説だー』なんて呼ばれるくらいキャラが重要だし、いけそうな気がするけど」


 基本的に、ライトノベルではキャラ、そしてそこに乗せる物語が重要視される……はずだ。

 世界設定などは結構許してもらえるものだ。


「それは確かにそうですね。ですが、キャラを見せるにはあくまで相応の物語や設定――特に物語が重要です。私は、そこの部分に困っているんですよ」

「見せる……って言うと?」

「例えば、あなたは毒舌ですよね?」

「……うん」


 ちょっと嫌そうな顔でレニルが返した。


「ですが、もしあなたが私に『大丈夫だよレイバーくん! 続きが書けなくてもしょうがないよ!』なんて言ったとします」

「うわ気持ち悪いからやめて」


 レニルが椅子を引いて拒絶した。


「……あなたで例えたことを後悔しています。それで、まあそう言ったとするわけです。ですが、それって毒舌のどの字もありませんよね?」


 レイバーは嘆息しつつ続ける。


「まあそうだよね。私なら『じゃあさっさと書いたら?』って言っちゃうかな」

「あ、それは全作家を刺し殺す魔法なのでやめておいたほうが……」

「え? そんななの?」


 まさか、と言いたげな表情のレニル。


「本当です」

「ふ、ふーん。じゃあやめとこっかな」

「優しいですね」

「うるさい!」


 レニルは立ち上がり、恥ずかしそうにカウンターをバンと叩いた。


「……とまぁ、今のように勝手に話が展開されるんですよ。これはキャラを見せる話を展開できている例です。『さっさと書いたら?』と毒舌を披露しつつ、それに付属する優しさも演出。キャラとして悪くない例なのでは、と思います」

「ハッ! 今私は作者の手のひらの上だった……」


 レニルは落ち着いて椅子に座った。


「無口毒舌がツンデレというのは鉄板ですよね?」

「……私に聞くな、バカ」


 あーいいねその『バカ』。

 今ので絶対数人は堕ちたね。


「黙ってて」


 あっすいません。


「それで、でも結局今はできてたわけじゃん?」

「……確かに! そうですね!」

「は?」

「い、いや、別にいつだってこれができるわけじゃないんですよ。というか、この会話だって面白いとは思っていますが――整合性が取れていない、パッと見で何喋ってるか分からない、というようなことは推敲時点でいくつもありましたからね。こういうのもダメです。言い方を変えれば『展開に整合性が取れていない』のと同じですからね」


 ちなみに、コーヒーを淹れる描写はあったのに、それをカウンターに置く描写をかき忘れていたことや、それを飲み干す描写を忘れていた場合もこれに該当する。


「確かに、理解不能な会話がそのまま進んでたらちょっと冷めるかも」

「でしょう? だからちゃんと推敲はしてるんです」

「こんなのでもやってるんだ」

「ええ。私真面目なので」


 ドン、と彼は胸を叩いた。


「前言ってた――けどそういう言い方すると冗談みたいに聞こえるね……」

「まあ、そう聞こえるようにしてますから」

「なんて面倒なヤツだ」

「これが配慮ってヤツですよ……多分」


 数秒、沈黙が流れた。

 レニルが何かを言おうとした時、今度はレイバーが先に口を開いた。


「……ほんと、どうしましょうかね。続編と過去編」

「何の話?」

「イリアの幻想旅日記、の話です」

「ああ、進まないって言ってたヤツね。じゃあ結局キャラじゃなくて展開とかがダメなんでしょ? なんかこう……どうにかならないの?」

「曖昧ですねぇ……まあ本当に問題がそれだけならどうにかなったはずなんですがね」

「じゃあ、それだけじゃないの?」

「はい、なんというか前にも言いましたが『正気に戻ってしまう』んですよ。『これは果たして面白いのか?』みたいな」

「……作家って、自分が面白いと思って書いてるんじゃないの?」

「正確に言えば『私は自分の小説が好き』ですね『面白い』ではありません。イリアの旅も、やさきょうも、かつてなろうで投稿したフェニックスも私は好きです――が『好き』かどうかと『面白い』かどうかは別です。つまり『面白くなくて好き』なのです」

「それって同居するの?」

「――と思われがちですが、同居します」


 レニルの言葉をレイバーは引き継いだ。

 それに若干顔をしかめながらも、レニルは訊いた。


「……うんまあ、それで?」

「面白い、というのはあくまで客観的視点であり、好きは主観的です。なのでまぁ、客観的に見て面白くはないですが、自分は好きなので書いているといった感じです」

「ふぅん……それでいいの?」

「と、いうように思われる方も恐らくたくさんいらっしゃると思いますが、それはまたいつか話そうと思っています」


 と、またレイバーがレニルの言葉を引き継いでそう述べた。


「……仏の顔も三度まで」


 ギロリ、とレニルの視線がレイバーを射抜いた。


「あ、はっはい……」


 視線にしどろもどろになるレイバー。


「それで、話が凄いとこ行っちゃったけど、結局どう進めるの?」

「今は過去編、続編、どちらもどうやればいいのか本当に分からなくて進んでいません……過去編はアタリが付いているのですが、どうも面白くないように感じてしまいます」

「最初に言ってたね。それで、どういう予定?」

「一旦帰省編で過去編を書く予定です――が、書いてる途中でどうも『面白くないのでは?』と思って筆が止まってしまいます」

「あー、つまりそれが『正気に戻る』っていうこと?」

「ですね」

「……うーん、メタいこと言うと、私って結局作者と同じようなものだから、別にこうやって話してても生産性はないんだよね」

「それは違います!」


 ダン、とテーブルに手を付き彼は叫んだ。


「急に大きい声出すな、落ち着け」


 レニルは呆れた様子で耳を塞いだ。


「文字にする、言語化するというのは結構バカにできません。なので、こうしていることで答えが出ることだってありますよ?」


 指をくるくると回しながらうんちくを垂れるレイバーに、レニルが半目で彼を見ながら口を開いた。


「……で、出たの?」

「……いえ、全く」


 ……


 答えは沈黙!


「はぁ、結局自分で自分に満足していないんですよね。なので、要するに『レベル上げろ』ということでしかなく……つまり書けということです」

「じゃあ書きなよ」

「あー今死にました。というか最初に使わないって言いましたよね?」


 レニルの言葉に、わざとらしくレイバーは返す。


「あ、ごめん……」

「……本気でしゅんとしないでください」


 ちなみに、無口毒舌がツンデレというのには自説があり、それは『あくまで毒舌とは自己防衛反応の一種。つまりもとが優しくなければ自己防衛の必要はなく、同時に毒舌たり得ない』ということである。

 つまり、レニルは優しい。


 Q.E.D.


「じゃあまあ……頑張って」

「はい、じゃあ部屋に戻って書いてきますね……」


 レイバーはそう言うととぼとぼとどこか悲しそうな足取りでカウンターの奥へと消えていった。

 レニルの場合、代金は先払いだから問題はないが、マスターがいきなり居なくなるとかそんなのでいいのだろうか……いや、もともとガバ設定なのだから今更だろうか。


(というか、ちゃんと筆記具ある設定なんだ……)


 レニルは少し残ったコーヒーを全て飲み干し、店を出た。

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