第3話:作者が見せるもの、設定の使い方について

 チリンチリン、と軽快に呼び鈴が鳴る。


「やっほー――ってあれ? 居ない?」


 しかし、カウンターに居るべきマスター――レイバーという男の姿はなかった。


「おーい、マスターが店開けるなー!」


 レニルは叫んだ。しかし、しばらく待っても出てくる様子がない。


(えー、じゃあ今日はもう帰って――)


 そう思った瞬間、彼女が待っていた人物は出てきた。


「こん……こんにちは、レニルさん」


 カウンターに思いっきり腕をドン、と乗せクマの目立つ顔でレイバーは挨拶した。


「え、なんか目のクマ凄いけど。大丈夫?」

「大丈夫じゃないので今日は閉店だったんですが」


 ハハ、と力なく笑う。


「あ、そうだったんだ。見えてなかった……でもま、私ならいいよね?」

「そういう見方もありますね……」


 ちらり、とその顔を見てから、またうつむいて答える。


「ねぇ、そこは快諾しなよ」


 不安そうに顔を覗き込むレニル。


「はは、冗談です――まあ、ということで最近本当に忙しくてですね。執筆時間が取れないんですよ」


 そう、実のところ彼は最近急に忙しくなったのだ。もはや週一投稿か、それすら難しいレベルだ――とはいえ、もっと詰められる部分は存在するのだが。

 彼がスケジュールを管理するのは得意ではないため、こんなことになっているのだ。


「へぇ、何があったの?」

「それを言うとあらゆる身バレが連鎖的に起こるので言えません」

「わあ、凄いねそれ」


 レニルは特に興味がなさそうだ。


「まあともかく。さらに加えていいますと、いつも通り筆が進みません」


 というかむしろ、大体こっちのせいだ。

 このエッセイは一日で書けたのに、何かがおかしいのではないだろうか。ちなみに、これの文字数は三千文字――つまり一話分だ。


「書けない作家のひとりごと、だもんね」

「ええ、本編が書けないときにしか進みませんからね。この作品」


 はぁ、とわざとらしくため息を吐く。


「で? 今回は何が困ってるわけ?」


 レニルは椅子に座ってカウンターに肘を乗せた。


「ええまあ、連載中の新作についてですよね。もうあらゆることを間違ったせいで今すぐ書き直したくなってきました」

「作者がそんなこと言っていいの?」

「よくないです、がこんなとこまで見るもの好きには言っていいでしょう、と私は思ったわけです」


 ここまで来てくれるファンをもの好き呼ばわりするから、未だに読者が付かないんだろう。そんなツッコミが聞こえてきそうだ


「まあ、間違いではないかもしれないけど……」

「それでですね、タイトルにもある通り『作者が見せたいこと』と『設定の使い方』がざっくりうまくできてませんでしたね」

「ふーん……設定の使い方って?」

「ズバリ、流行問題です」


 Webの界隈では、定期的に『流行に乗って作品を書くべきか』、『好きなものを書くべきか』論争が行われている。

 彼はどっちも書いているのだが、流行作品についてはあまり筆が乗らないのも事実だった。


「ああ、流行りの作品書くかどうかみたいな話ね。でも今回のは普通に流行り乗った形だよね? なんかトリッキーではあるけど」

「そうなんです――が、トリッキーなのがよくありませんでした。結局、私の流行って『自分のやりたいことに流行を乗せているだけ』なんですよね」


 今回であれば、現代ファンタジーが舞台の熱い青春王道劇にダンジョン配信を無理やりくっつけた形になる。

 だがしかし、これがよくなかった。


「それでもいいように思えるけど。書きたいものは書けるんだし」

「私もそう思っていました――が、結局その設定を使うなら、それを有効利用して面白くなるようにしなきゃいけないんです。エンタメ作品の基本ですね」

「あー、まあそれはそうか。要らない設定があっても意味ないしね」


 その言葉にダメージを受けるも、レイバーは話を続ける。


「ぐ……耳が痛い。ま、まあともかく、今回のは『ダンジョン配信という設定』をメインストーリー上でうまく扱えず『学園交流祭』という部分をメインに添えてしまったのが原因です。ストーリーの主軸が二つあるような形で、色々とブレブレなんですよね」


 『最初は良いと思ったんですが』と彼は付け加える。

 最初はいいと思ったが、いざやってみればボロボロ、というのは幾度となく経験してきたことだ。


「あー、結局ダンジョン配信という部分を軽視しちゃってたわけね。ただの後付けだから」

「そう! そこなんですよ! 以前作った『心優しき狂戦士』も追放モノを作ろうと思ってやったのですが、結局ざまぁしてませんし、勇者パーティーは影が薄いしで大して追放をうまく扱えてなかったんです!」

「うるさいうるさい、わかったから」


 耳を抑えて面倒そうにするレニル。


「……コホン。ともかく。そうやって流行設定を忘れてしまうのはよくなかったですね。それもあって見せたい部分が二つになってしまっていましたから」

「なるほど、そこが『作者が見せたいこと』に繋がるわけね」

「そういうことです。見せたいことややりたいことは意識していた――はずなんですが、その見せたい部分の軸が二つになってしまいまして。そうすると見せたいものがブレるせいで、どういう作品なのか分からなくなるんですよね」

「なるほど……あるよね、そういうの。じゃあ結局何がしたかったの? ってなる作品は結構見るなー」

「耳が……痛すぎる……」


 レイバーが頭を抱えていた。


「ごめんて……」


 熱い王道青春劇、そしてダンジョン配信。この二つのコンセプトで作品を進めようとしたのは大きな失敗だったと言えるだろう。

 やるなら、どちらかの幹の先端に枝という形でどちらかもう一方を繋げるべきだった。二つ二つが独立した要素だったため、うまく調和ができていなかったのだ。

 結果、見せたいものが何か分からなくなっていた、ということだ。


「まあ、それから全く成長していませんでしたね。反省点としては挙げていたはずなんですが、いかんせん反省ノートが膨大すぎて覚えていませんでした」

「もっと短くちゃんとまとめないとダメじゃない?」

「あーあー、聞こえなーい」

「聞かないとうまくなりませんよー?」

「やめてください、その術は私に効きます」

「じゃあちゃんとやることだね」

「……ほんと、そうですね」


 はぁー、とため息を吐いて同意する。


「ほら、早く回れ右。まず新作については、反省をどうにか活かしつつ頑張って続きを書く。そして反省ノートまとめる。はじめ!」


 レニルは体に手を回し、くるりと無理やり回転させた。


「分かりました、分かりましたから。それじゃあいってきますよ。あ、あと話聞いてくれてありがとうございます。何も出せてませんが――」

「あーうん、そこはいいから、早くいってきなよ」


 照れ隠しか、しっしとレイバーを追い払う。


「それではまた〜」

「はいよ」


 カウンターの奥に消えていった彼を見届けた後、彼女もその店を出ることにした。

 結局何も飲み食いしていないが、まあ彼とは友人みたいなものだからそれでいいのだろう。


「はい、今日も終わり。最後までお読みいただきありがとうございました〜。久しぶりの更新だったけど、それじゃあまたね〜」


 と、幕が降ろされた。

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