刺客な令嬢は今日もあやかしの血の中屍の中 〜 有能な妖退治屋の正体は実は放蕩息子を演じている公爵「令嬢」でした。美丈夫クールな警察隊副官のカレと共に令嬢な私に迫り来る妖たちの秘密を暴いていきます!〜
第30話 刺客な令嬢は今日も妖の血の中屍の中 ②
第30話 刺客な令嬢は今日も妖の血の中屍の中 ②
妖狐戦から一月が過ぎた。
仮面舞踏会の会場となっていた施設は無事に復旧を終え、あの粉々になってしまっていたシャンデリアも見事元に戻っている。
「てゆーか、僕たちが帰った後大変だったんでしょ?! 変な妖たちが大暴れしてたって兄さんから聞いたよ。でも、千理ってば運が良いんだか悪いんだか!」
「な! 妖が落としたシャンデリアにクリーンヒットして気絶してたんだろ?」
「だが、倒れた場所が柱の後ろで死角になっており、戦闘には巻き込まれなかったと。とにかく君が無事で良かった」
聖華学習院が妖魔との戦闘現場になったため、私たち学生は約一か月間、自宅学習を余儀なくされていた。よって、私がこの悪友三人衆と教室で対面したのも実に一月ぶりである。
「そうみたい。助けてくれた警察隊員の方たちには、もう頭が上がらないよ」
……もちろん、そんな話はでっち上げられた作り話なのだが。
生徒の一人が三大悪妖との抗争に巻き込まれ、奴の根城に攫われた挙句、そこそこそれなりの辱めを受け、最後は根城の崩壊に巻き込まれそうになったなど、学校側は口が裂けても言えないのだ。そんな事実を知れば他校へと転向する者が後を立たず、さらには来年の入学志願者が激減してしまう可能性だってある。
「でも、総真さんには本当にお世話になった。あの人とも一月会えてないけど元気にしてるかな」
「……千理、千理♪ いつから兄上と、"千理" 、"総真さん" って呼ぶようなカンケイになったのさ?」
悠真が両手のひらを頬に当て、ニヤニヤとこちらを見やってくる。
「いつって……ちょうどその仮面舞踏会の日からだよ」
「てゆーか千理。お前、東郷さんのこと最初はめちゃくちゃ苦手だっただろ? なのに何でそんな仲良くなったんだ?」
「彼は真っ直ぐな人だから、共にいるうちに気付かれたのではないか? 千理が巷で噂されているようないい加減な男ではないと」
新之助と孝太朗も、そう言葉を乗せてきた。
(まあ、確かに色々あったよねここ数か月。……あの日だって)
私は一月前の出来事を思い出す。
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「俺は今後、お前のことを千理と呼ぼうと思う」
「……突然どうしたんですか?」
あの日。病院の談話室で東郷とチェスをしていた時、突然彼がそのようなことを言い出した。
「お前が女だと知った時から、花梨崎弟と呼ぶのは何だが不自然な気がしていたんだ。だが、かと言って花梨崎妹と呼ぶのも違うだろう? 性別だってバレる。だから名前で呼ぶのが一番適切かと思ったんだが、嫌か?」
そう言ってルークを動かしてくる。物言いも駒も、実に実直な彼らしい。
「……嫌じゃないですよ。お気遣いありがとうございます」
私はビショップを斜めに動かす。ルークから逃げる形で。
「そうか、それは良かった。今後はお前も、俺のことは総真と呼べ」
……だが。またすぐにルークで追いかけてくる彼。
「悠真だって東郷だ。二人いるとややこしいだろう」
「ええっと……でも、彼のことは初めから悠真と」
「なら俺のことも名前で呼べ。あ、ビショップはいただくぞ」
「えっ……? ああっ!」
動揺しているうちに駒を一つ奪われてしまった。彼は盤からこちらへと視線を移し、ニヤリと笑んでくる。……悔しすぎる。
「ほら、呼んでみろ」
「……総真さん」
「よし。次は駒を取り返せよ」
総真はとても満足そうに頷き、私の頭をポンポンと撫でてきた。
「……花梨崎 千理、今から総真さんのキングを全力で狙いに行きます。この勝負、絶対に勝ちますから」
「望むところだ。来い、千理!」
そしてその後も熱い決戦が繰り広げられたのだった。病院談話室の一区画で。おかげで野次馬に集まってきた看護婦の皆さんからは、「お二人ってとっても仲良しなんですね♡」という、温かな
……ちょっぴり気恥ずかしかった。色々な意味で。
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(まあ、結局負けちゃったけど)
そんなこんなを思い出しているうちに、もうすっかり放課後になってしまった。そして私はというと、一人で例の施設を訪れている最中だったりする。
(わあ、ほんとにすっかり元通りだ。良かった良かった)
シャンデリアはしかと天井から吊るされ、
「……千理か?」
誰もいないはずのホール中で、突如背後から名を呼ばれた。私は驚いてすぐさま振り返る。
「……え、総真さん?」
「やはりお前か」
なんと、そこにいたのは先ほど友人たち……と、私の間で話題の中心だったご本人。
「下校時刻はとっくに過ぎているはずだぞ」
「あ、すみません。あのめちゃくちゃだった会場がちゃんと元に戻っているのか少し気になって。総真さんはどうしてここに? というか、お久しぶりですね」
「そうだな、一月ほどぶりか? 今日俺がここに来たのは学習院側から呼ばれたためだ。施設が完成した故、視察要請があった」
「なるほど」
「もうすぐ理事会の者が来るぞ。その時に施錠に問題ありと伝えねばならんな、全く」
片手指に鍵を持った総真がこちらをじとりと見やってくる。こっそり忍び込んでいた私はすぐに明後日の方角へと視線を移す。
「まあ、お前が今回の妖狐戦に巻き込まれたのは学校側も警察側も知り得ているからな。少し見て回るくらいならいいだろう」
「被害者特権ってことですか? あはは、ありがとうございます」
私たちは一階ホールの中を歩き始めた。コツリコツリと、二人の足音が鈍く耳奥へと響く。
「あれからもう一月も経つんですね」
「そうだな、月日の流れは早い」
「そう言えば、妖狐の亡骸って結局どうなったんですか?」
「ああ。目黒によれば、死体は発見時すでに木乃伊化していたそうだ」
「えっ? ミ、ミイラ……?」
「妖鬼の死体ではよくある話だろう」
「そ、そうなんですか……それは知らなかったな」
「ほう、意外だな。お前ほどの妖退治屋なら、妖鬼のどんな事情にも通じていそうだが」
「私、仕事終わったらいつもさっさと退散するので、奴らが死んだ後のことはあんまり」
「……なるほどな」
私たちはホールの中央で立ち止まる。ちょうどここがシャンデリアの落ちた場所だ。
「それはそうと、紅着物って今頃どうしてるんでしょうね」
「亡き主と弟が祀られていた神社とやらに里帰りしているかもしれん」
「それは十分にあり得ますね」
閉められた窓から差し込んできた夕陽が、まるでスポットライトのように私たち二人を照らしている。
「総真さん。あと、処方薬の件についてなんですが、」
「よし、ここらで一曲踊っておくか」
「へっ?」
「思い返せば、仮面舞踏会が破茶滅茶になったのは、紅着物が操った生徒に大暴れさせたのが始まりだ」
「は、はあ。まあそうでしたね」
「よって、それの被害を最初に受けたお前と俺は、十分に舞踏会を満喫出来なかったといえる」
「え、ええっと? 私は本来仕事で来てたようなもんですし、何ならその前に悠真たちとそこそこそれなりに楽しんで……」
「つべこべ言うな。いいから付き合え」
総真に右手を掴まれ、左腰をぐいっと引き寄せられた。
「そ、総真さん……?!」
「千理、お前の本業は高等部生だ。だから今は一旦、全部忘れろ。三大悪妖や紅着物のこと……陰花のことも。たまには息を抜いて今を楽しめ。高等部生でいられるのはあと僅かだぞ?」
「……総真さんの口からそんな言葉が出てくるなんて意外です。学生の本業は勉学とスポーツだって、もう言わないんですか?」
「いいや? 一曲終わった後はお前を馬車に放り込む予定だ。家に帰ったら授業の復習予習をしっかりやれよ」
「ええっ」
不服な声を上げる私をよそに、総真は私を抱えて軽やかにワルツのステップを踏み始める。
「千理は女性パートも踊れるのか、さすがだな。あと、その髪結い型も似合っているぞ」
ザンバラになった髪を誤魔化すため、現在は左耳横で一つに束ねていることが多い私。
(……うーん。総真さんはいつからこんな
彼についてはまだまだ未知なことがたくさんありそう。とりあえずは小声で「どうも」と伝えておいたが。
「あと今後、非番の際はお前の任務に俺も同行する」
「えっ?」
「目黒と花梨崎兄からの頼みでもある。無論、それがなくとも俺は行くつもりだったが。お前は
東郷はそう言って小さく息をついていた。
(これは……今後は陽土の妖退治屋と、陰花の警察隊員の共闘が始まるってこと?)
なかなかに摩訶不思議な組み合わせ。だが。
(ちょっと面白くなりそうな予感もする。……一緒にいればこの人のことも、もっともっと知れそうだし)
そう思うと少しわくわくしてきた。
「……総真さん。私の直近任務、実は今夜なんです。東京町・浅草通りでの妖狩りを承ってます」
「夜は奇遇にも非番だ。千理に同行する」
私たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑み合った。
妖退治屋・カゲロウは、今日も戦友と共に妖の血の中屍の中を
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