刺客な令嬢は今日もあやかしの血の中屍の中 〜 有能な妖退治屋の正体は実は放蕩息子を演じている公爵「令嬢」でした。美丈夫クールな警察隊副官のカレと共に令嬢な私に迫り来る妖たちの秘密を暴いていきます!〜
第29話 刺客な令嬢は今日も妖の血の中屍の中 ①
第29話 刺客な令嬢は今日も妖の血の中屍の中 ①
「花梨崎弟は足もすこぶる速いな。さすがは大日本国警察隊の目を幾度も
「体力には自信ありますよ。でも東郷さんの申し出は遠慮しときます。私は団体より単独行動の方が性に合ってますので」
私たちはそう言い合いながら、崩れ落ちた金狐楼を一望する。
「
「心配ない。また必ず、俺たちの前に姿を現すだろう」
「……ですね」
なんたって
「あと、東郷さんには聞きたいことが色々とあるんですけど」
「陰花の件か? それとも、この処方薬のことか」
東郷は懐から黒い丸薬を一粒取り出すと、それをポイと口に入れた。すると、彼の纏う陰花の気が薄紫色へと変化していく。
「……両方です。まずはあなたが陰花だってこと、他の警察隊の方々は知ってるんですか? 目黒さんは?」
「いや、言っていない。俺が陰花だということは父しか知らない。今はお前と紅着物も、だが」
……ほうほう、なるほど。となると、彼の弟である悠真ですらも、この事実を知らないということだ。
「じゃあ次です。その処方薬っていうのは、陰花の気を一時的に普通の気に変化させることが可能だって言ってましたよね? その薬の出所はどこです? 私は日々情報収集に勤しんでますが、そんな便利な薬があるなんて全然知りませんでした」
「……だろうな。俺ですら分からない事柄だ」
「えっ?」
「自身が陰花だと知ったのは十四の時だ。その時から父にこの処方薬を三時間置きに飲むよう命じられている」
「……お父上に、ですか?」
「そうだ」
つまり、東郷の父はその便利な処方薬を手に入れる
「東郷さん、あなたのお父上って一体……」
「見つけたぞ! こんの馬鹿千理っ!」
「東郷! 千理君! 良かった、二人とも無事だったんだね……!」
が。聞き慣れた声たちが聞こえてきたため、私たちの会話は一旦終了となる。
「千理お前っ、なんだその格好は……!」
そう言って目を釣り上がらせ、こちらへと駆けて来るのは兄の理一朗。
「東郷、妖狐はどうなった? あの紅色の着物を着た男は一緒ではないのかい?」
と、辺りを見渡しながら兄と共にこちらへと向かって来たのは目黒である。
「東郷副官、ご無事でしたか!」
「三大悪妖が一人、妖狐はどうなりました?!」
「こっ、こちらの者はもしや、花梨崎 千理でしょうか……!?」
そして、目黒が引き連れて来た妖鬼討伐部隊の者たちが目を白黒させて騒ぎ出す。
「騒ぐな、お前たち。大日本国警察隊員たる者、いついかなる時も冷静さを失うな。妖狐はこの金狐楼の下敷きになっている。すぐに捜索を開始しろ。あと、こいつは花梨崎 千理で間違いないが、あの変態狐に無理矢理女の格好をさせられていただけだ」
東郷はそう言って私の前に立った。先程、人の前で無闇に肌を晒すなと怒られたので、おそらく彼は皆から私の下肢を隠そうとしてくれているのだろう。
「これを巻け千理! お前の女装は恐ろしく似合っていない!」
今度は隣に来た兄が彼の羽織を私の下肢に巻き付けてきた。だが、口は悪いがこちらも然り。何故なら私の足を凝視していた警察隊員たちをギロリと睨み付けていたから。
「……千理君も意に沿わない処遇を受けていたんだろうね。君は誰よりも男らしいのに」
……そしておそらく、鋭い目黒はこの時点で私が女であることを悟ったはずだ。そのため彼は部下たちに、「私という人間はあくまで男性である」ということを、さらにさりげなくアピールしてくれている。
「兄さん、心配かけてごめん。目黒さんも、私が妖狐に捕らえられてしまったせいで、事を大きくしちゃってすみませんでした。会場の方は大丈夫でしたか? 生徒たちは? 皆、ちゃんと家に帰れましたか?」
「君のせいではないよ。それに、生徒らはみんな無事だ。彼らは傷一つ付いていなかったよ。東郷の情報から考察すると、おそらくは彼らの怪我も幻覚だったんだろう」
「そうですか……良かったです。あ、それと会場の備品が一つダメになってたと思うんですけど」
「シャンデリアのことかい? あれなら心配いらないよ。学院側ですぐに新しい物を手配してくれることになったから。妖らのせいでそうなったわけだし」
「そ、そうですか……」
私は義父に向けて、心の中で合掌した。
「妖狐戦の詳細も聞きたいところだけど、後だね。とりあえず、この金狐楼の瓦礫を
私は、あの雑木林からこの大穴へと一番初めに落ちた知り合いを思い出した。学習院の大学部を卒業してから今の今まで一度も姿を見ていないが、彼は今どうしているのだろうか。
「ああ、でも東郷と千理君はここに残らず病院に行くんだよ。二人とも目立った外傷はなさそうだけど、念のため。理一朗君、付き添ってあげてくれるかい?」
「もちろんです、目黒さん。……東郷さんとは話したいこともありますし。今後のことで」
兄は、私が東郷から拝借している警察隊服を一瞥している。
「俺もだ、花梨崎兄。お前とは一度、サシで話がしたいと思っていたんだ。本当ならお前たちの親父殿ともそうしたいくらいだ」
こちらを振り返った東郷の顔はとても怖い。チラリと兄の方を見やると、彼は視線を下げ、唇を噛み締めていた。
「……と、東郷さん! とりあえず、病院に行きませんか? あ、あ〜何だか身体中の節々が急に痛くなってきました」
私は少し身体を屈めて腕やら足やらをさする。……真似をする。本当は全然平気なのだが。
「……分かった、行くぞ花梨崎弟」
そう言って東郷が手を差し伸べてきたので、私は迷いなくそれを取った。
「目黒さん、後始末ばかりお任せしてしまってすみません。皆さんも、瓦礫危ないですから気を付けて作業して下さいね。ほら兄さん、ここは
私はそう言って兄を手招きした後、東郷と共に歩き出す。
「東郷さん。雑木林への出口って覚えてますか? 私、前回は完全に寝ちゃってたので」
「そう言えばいびきをかくほどに爆睡していたな」
「えっ?! いびきかいてたんですか、私……!」
「ああ、山が木霊するほどにな」
「ええっ……!!」
「……ぶはっ」
おそらくは真っ赤になっているだろう私の顔。それを見て東郷が噴き出したということは。
「揶揄いましたね東郷さん……!」
「完全無欠のお前がこんなことにひっかかるとは思わなかった。……道中も退屈しなさそうだ」
そして、今度は
「お、その膨れ面は初めて見るぞ」
「……そうですか? フグの真似をしてるだけですよ」
私がそう言うと、東郷はまたケラケラと笑い出した。出会った頃は彼の仏頂面や挑発面ばかり見ていたが、ここ最近は笑顔を見ることの方が多くなってきた気がする。
------
「あの東郷副官が……笑っておられる」
「年中強面説はどうした? 眉間の皺が取れていらっしゃるぞ……」
「あと、花梨崎 千理って意外と気遣い屋なんだな……噂と違って」
「ああ、美人だしな」
「だが男なのが悔やまれる」
「いや、俺は奴が男でも良いと思うぞ!」
警察隊員が口々にそう言い始めたため、目黒は軽く息をついて両手をパンパンと叩く。
「ほら、作業を開始するよ。理一朗君も、何だか申し訳ない現場ばかりに居合わせてしまってごめんね。君も早く地上に戻りなさい」
目黒がそう言うと、理一朗は表情を固くしたままゆっくりと頭を下げた。
「……君も辛い立場にいるね。何か困った事があればいつでも相談して。理衣子さんも心配していたから」
「……ありがとうございます」
理一朗は顔を上げ、少し前に進んでいる千理と東郷を見やる。
「目黒さん。俺、千理に守られてばかりの己が情けなくてやるせなくて、消えてしまいたいと思う時が、正直多々あります。……でも、俺と姉はどんなに辛くとも生きて行かなければならないんです。俺たちが死ねば、千理のことをよく思わない親族たちがあいつに何をしでかすか分からないから」
「……理一朗君。明日、理衣子さんと共に君の元を訪ねてもいいかい? その話をもっと詳しく聞かせて欲しい」
「……分かりました」
理一朗は今度こそ、踵を返して歩き出した。
「兄さん聞いて! 東郷さんたら酷いんだよ……!」
前を向くと、小さな子供のように頬を膨らませている千理が理一朗の元へと戻って来る。理一朗はそれを見て、複雑な心内を一時封印した。
千理とはこの先、主従ではなく普通の兄弟として過ごしたい。そうするためには己が花梨崎家の当主となり、同族の者たちを封じ込めるだけの力を得なければならないのだ。
「何だ千理。お前、また何かやらかしたのか?」
「ちょっと、兄さんまで酷いなぁ!」
愛おしい妹との、この他愛ない
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます