第28話 隠された霊力 ②

大日本国全人口の99.5パーセントは普通の気を持つ人間たちである。ちなみに気の色は薄紫色。


そして残り0.5パーセントは陰陽の気を持つ者たちなのだが、陰花と陽土では気の色が異なる。陽土は黒灰色。分かりやすく言えば、どす黒いグレイしょく



反対に陰花は、美しい薄桃色をしている。





「三大悪妖、及びその側近は妖気を消すのが得意だそうだな。だが一定の時間、気を消し去るのは人間でも可能だ」




東郷がチラリとこちらを振り返った。



「そろそろ "処方薬" の効き目が切れる頃合いだと思っていたんだ」




そう言って、彼は少しやわに笑った。私は瞬きすることも忘れるほどに、彼の纏う "陰花の気" を凝視する。



「……つまり東郷さんは、本当は陰花だったってことですか? でも、どうして? あなたの気の色はずっと薄紫色だったのに。それに陰陽の気を持っていたなら、私が陽土だってこともすぐに気付いたはずです」


「処方薬を服用している間は一時的に、俺の体内霊力も普通の気を纏う者たちと同様のものになるんだ。そうなると当然、お前たちのように気の色を見ることは叶わない。だからお前が陽土だってことにも気付けなかった」



「その処方薬って……」


【陰陽の気を持つ者が一度に集結するとは……! 今日という日は何と恵まれた吉日なのじゃ!!】


「…………」




東郷ともう少し踏み込んだ話がしたいが、先に済ませなければならないことがある。



「東郷さん。あなたが陰花だってこと、今 妖狐にバラしたのは非常に不味かったんじゃあ……」


「いや、これでいい。これでこのマゾ狐の矛先がお前だけに向かなくなる」




東郷はそう言って再び妖狐に向き直った。



「舞踏会で仮面を被り、普通の人間になりすましていたのは何もお前たち妖だけじゃあないってことだ。大日本国警察隊・妖鬼討伐部隊に、まさか陰花の隊員がいるなんて思いもしなかっただろう?」




彼はにやりと笑んだ後、再び妖狐へと斬りかかって行く。



【面白い若造じゃ! 先にお前を喰ろうてやろう!】


「やってみろ、化け狐!」




東郷と妖狐の、さらなる激交戦が再び始まってしまった。相変わらず、私の思考は追いついていない。



(姉さんと兄さん以外の陰花の人に初めて会った……って、違う違う! 今はそんなこと考えてる場合じゃない!!)




私は左右に頭を振って何とか脳を理解させ、声を張り上げる。



「戻って下さい東郷さん! 妖狐の相手なら私がします!」


「花梨崎弟。俺はさっき、二度とこの化け狐をお前に触れさせないと言ったはずだ。よって、お前を守るのに陰花だろうが陽土だろうがそんなものは関係ない」




が、今度は口をあんぐりと開けた状態で、押し黙らされてしまったのだった。



(関係ないだなんて……陽土っていうのは陰花の命を守るために存在してるんでしょ……?!)




だが再びすぐさま我に帰り、両手に持つ二本の白骨を握りしめ、東郷の元へ駆け出そうとした。……が。



其方そちは何もするでないぞ。ここにおれ』


「?! 紅着物!」




いつの間にか私のすぐ隣に来ていた紅着物がそう釘を刺してきた。動転していたせいか、彼が隣に移ってきたことすら気付けないでいたらしい。



『男らが一騎討ちをしている間は大人しくしておるのが良い女の条件じゃぞ?』




紅着物は私の腰に括り付けているスカート風呂敷を一瞥しほんの少し目を細めた後、



『カゲロウ。其方そちは捨て身の体内霊力で、さらには弟者の骨を急所に命中させ得るという荒技でもって、この妖狐戦に貢献した。あとは我らに任せておけ』




そう言葉を残し、走り去って行く。



【若造! 陰花の血肉を寄越せ! それを得、さらなる霊力を増殖させた上でわらわは我が妻と一体になり、陰陽両方の霊力を得る。あやかし界のいただき、妖帝になるのはこの妖狐よ!】




目先では妖狐はしわがれた笑み声を上げながら、鋭い爪牙を東郷へと振り下ろしたのが視界に映ったが、



「……っ遅いぞ、紅着物」


其方そちらが取りうとるあのじゃじゃ馬姫を少し牽制してきたのじゃ』




両腕を硬石に変化させた紅着物が間一髪のところでそれを止めていた。おかげで東郷の大刀は見事、妖狐の心臓を貫いている。



【うぐっ……おのれ若造……犬畜生目が……!】




妖狐の巨体がどさりと地へ横たわった。が、彼は片目をギョロリと回転させ、私の方を一瞥してくる。



【我が妻の持つ体内霊力は、わらわがここ五百年の中に出会った者たちの中でも一、二を争うほどに強力なもの。其方そちわらわ、二人でなら必ず、全妖、全人類を平伏させ得ることが……】


「こいつに近付くな」




すると、私へと伸ばされていた獣尾を東郷が迷いなくぶった斬った。



「何度も言わせるなよ。こいつは貴様の妻でもなければ、そんな馬鹿げた思想を持ち合わせている奴でもない」


【……ぐふぅ、嫌じゃ、嫌じゃ……カゲロウの類稀なる霊力だけは、"かの男" に取られとうない……!】




妖狐は言葉を途切れさせながらも、なおも私へと手を伸ばしてくる。



【カゲロウよ……何故、其方そちわらわを拒む? わらわ其方そちの霊力で以てすれば、妖界と人間界双方の脅威、 "かの男" を封印出来得るかもしれんというに……!】




しかも、先程からかの男、かの男って……。誰なのだろうか、それは。



【ああ、嘆かわしい嘆かわしい。この大日本国には近い将来必ず、無慈悲なる災いが降りかかる。妖界と人間界は、双方のどちらかが滅びゆくまで争いを続けるであろうぞ……!】


 


妖狐は悲痛な言葉を残した後、動かなくなったが、



ガガガガガ!!



(……っ何これ?!)




今度はまるで巨大地震が襲って来たかのように、金狐楼全体が大きく揺れ出した。




「走れ! ここから出るぞ!」




私たち三人は部屋を飛び出す。すると、



「?! 金狐楼全体が石の館みたいになってる……?」


「……化け狐の最後の足掻きだろうな。すぐにこの楼から出るぞ!」




東郷がそう言って私の腕を引く。私は深く頷いた後、少し後ろを振り返り、紅着物にも声をかける。



「紅着物も行くよ!」




だが、紅着物は部屋の前から動こうとしない。



「紅着物! 何してるの、早く!」


『先に行け』


「え?」




しかも何故だが再び、彼はあのおどろおどろしい部屋の中へと飛び込んで行ってしまったのだ。私は思わず呆然と立ちすくむ。が、すぐさま我に返った。



「戻りな紅着物! 下敷きになるよ……!」


「……行くぞ花梨崎弟。おそらく問題ない。何たって奴は神使いだからな」


「で、でも東郷さん!」


「大丈夫だ」




まるで確信を得ているかのように、東郷がそう言葉を紡ぐ。私はほんの少し迷ったが、彼を信じ再び小さく頷いた。


私たち二人はこの全く煌びやかではなくなってしまった石金狐楼の中を、共に全力で走り出したのだった。




------




【……ぐふぅ。おや? 戻って来たのか、天道】


『ほう、まだ生きておったのか。何、忘れ物を取りに来ただけじゃ』




紅着物はそう言って妖狐に近付くと、顔色一つ変えずに妖狐の右目と首元に素手を突っ込んだ。



【?! ひ、ひぎゃ……!】


『ほんに、カゲロウはかなわんのう。我が弟者おとじゃの骨をこのように扱いおって』




紅着物の両手に握られていたのは、先程千理が投げ付けた彼の弟の骨。と、妖狐の多少の血肉。



『愚かで忌々しい化け狐よ。あの世で我が主と弟者にこうべを垂れ下げてくるのじゃ。……まあ、極楽浄土にいる主とは会えんかもしれぬがのう』




冷たくそう言い放った紅着物を、妖狐はせせら笑った。



【……今に見ておれ。ひ弱な陰花の人間男と、弟すら守れぬ犬っころなどでは、我が妻をかの男からは庇護しきれん。それを痛感する日がいずれ訪れるじゃろう】


『……其方そちの言うかの男とは誰じゃ。一体カゲロウとどういう関係がある?』


【ふ……霊力の種が酷似しておる、ということだけ教えてやろうかの。わらわとカゲロウの体内霊力は水と油のように混じり合うものではなかったが、おそらく、かの男のそれとは上手く溶け込む】


『何……?』


【我が妻……其方そちらの姫君は今後、妖界、人間界の双方より欲され得る存在となるじゃろう。果たしてお前たちにあの娘を守り切れるかのう?】




妖狐がそう言葉を発した後、いよいよこの部屋の石壁が崩れ出した。



『……この化け狐が。死の間際まで忌々しい言霊を残しおって』




紅着物は弟の骨を握りしめたまま、出口に向かって駆け出した。

 



妖狐はその紅着物の後ろ姿を目を糸のように細めて見やり、いつまでもほくそ笑んでいた。

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