第27話 隠された霊力 ①

【解せぬのう。何故 其方そちは、未来の伴侶をこのような醜い姿形に変えようとする?


見目は最良のものを得ていた上、あやかし界では "三大偉妖" の名声と共に権威も権力も掴んでいる。人間界でも、最も畏怖畏敬され得る存在となったというに、何故じゃ?】




妖狐の身体は既にボロボロだが、今の見た目は巨大で迫力がある。おどろおどろしい妖気もダダ漏れの状態。さらに、放っている言葉が実に闇っぽい。……こんな妖に会えば、普通の人ならきっと腰を抜かすだろうと思う。



「勝手極まりない物言いも大概にしておけ、破廉恥な極悪狐どもが! いつ花梨崎弟が貴様の伴侶になった!」


『カゲロウの陽土の気が化け狐に対してもこれほどの威力を放つとは。われの皮膚が上手く再生出来たのは運が良かったかのう』




だがしかし。東郷と紅着物は全く動じずに、このような悪態をつく。感想はそれぞれ別のようだが。



(やっぱり妖狐ってマゾだよね。身体はズタボロなのに頬だけ紅潮させちゃってるし)




で、私はと言えば思わず半眼になる。



(でも、奴のおかげで得たものもある。


紅着物にぶっかけた血も確かに私のものだけど、"特に何も思わないで採取した血" だったから、もしかすると "霊力の弱い血" だったのかも。妖狐の時はその、殺意が湧きまくってたから、陽土の気が体内で暴走してた可能性もある)




結果、 "霊力の強い血" が出来上がったと考えられる。



(ふむふむ、なるほど。なら、私の恨み辛みを込めまくった気を身体中に巡らせれば、三大悪妖に対抗出来得るほどの霊力の強い血がその都度出来上がるのかも。さっきは体内霊力で吹っ飛ばしたけど、実際に血を取り出して使えば、もっと有益な武器になるんじゃ……)


「させんぞ、花梨崎弟」




だが、私の心内を瞬時に見抜いたと思われる東郷に、そのように先手を打たれる。



「ええっと、東郷さん。退治屋も警察隊員も、何事にも臨機応変に対応すべき……」




と、口にしたところで目前から彼が消えた。



【……おのれ若造めが】




いつの間にか、東郷は数メートル先の妖狐に愛刀で切り掛かっていた。



「紅着物、ぼさっとするな! 花梨崎弟がまた厄介な自傷行為に走る前にさっさとこの狐を片付けるぞ!!」


われは別に構わんがのう。我はカゲロウから散々嫌味を言われた上、血を……』




コツリ



東郷に続いて前へと進み出た紅着物だが、何かが足に当たったようで数歩歩いた所で足を止めていた。そして。



『……殺す』




途端、視線を下げた彼の背中が小刻みに震え出した。後方にいた私は眉を寄せながら彼の視線を辿る。



(……これは、骨?)




薄暗いため足元があまりよく確認出来ないのだが、どうやら無数の白骨が部屋の中には散らばっているようだった。



(人骨が多いけど、動物の骨もいくつかあるな。小さな犬?っぽい骨もある)




紅着物が勢いよく駆け出した様子を見て、すぐにピンと来た。紅着物の足に当たった動物の白骨は、おそらくは彼の弟のものなのでは。



「……南無阿弥陀仏。あ、神社ではこうは言わないんだっけ」




私はその場にしゃがみつつ裂いたスカートの布を風呂敷のように広げ、小さな骨たちを拾って包む。先の尖った骨を二つばかり避けて。数十メートル先では激しい戦闘が繰り広げられているため、それはそれは素早く。そしてコレを腰帯にくくり付ける。



「初めまして、"梔子くちなし着物" 。会って早々だけど、今、敢えて言うからね。


あのね、お兄さんの方にも言ったんだけど、もし君が生前、故意に人間を食べてたならそれは許されることじゃない。それはもうちゃんと分かってる?」




さらに、私はそのスカート風呂敷を軽くポンポンと叩いた。



「だからさ、白骨の君はこれからもずっとお兄さんのそばにいな。お兄さんはきっと、君の骨を見る度に自分の過ちを悔いるから。君は自分のせいで苦しむお兄さんを隣で見続けなよ。これが天から、狛犬兄弟に課せられた罰だと私は思うよ」




そう言葉にした後は、「さてと」と立ち上がり、両腕をブンブンと回して軽く身体をほぐす。右手に握っているのは今しがた避けておいた、まるで太い針のような二つの骨たち。



(義父さんはいつも姉さんと私に、「いついかなる時も男の顔は立ててあげなければいけないよ」って言ってたしね)




と思ったところで、私はそれらを妖狐めがけて投げ付けた。



【?! がっ…………!!】




太針な骨は片方が妖狐の右目に刺さり、もう片方がただれた肉の間に食い込んだようだ。そのため妖狐の動きが一時的に止まった。



『おいカゲロウ! 弟者おとじゃの骨を粗末に扱うのはやめんか!』


「っ馬鹿者……! 花梨崎弟! この化け狐がこの上ない変質者気質なことを忘れるな!」




遠隔サポートとちょっとした仇討ち手伝いをしたつもりなのだが、何故だか二人からは意図しない個々の感想が浴びせられる。



(あれ、あんまりウケなかったみたい。騙されてた狛犬兄弟のことをちょっぴり不憫に思ったからこうしたんだけどな。あと、東郷さん。妖狐がマゾで変態なのはもう十分理解してま……)


【妻よ、これは愛故の仕打ちかのう? わらわを傷付けて良いのはそこのむさい男どもらではなく、其方そちのみに許された権利だと、そう言いたかったのだな?】




……しかし。



い奴じゃ、い奴じゃのう!】




呑気なことを考えていた私の目前に、数十メートルは前方にいたであろう妖狐が、まるでその巨体を瞬間移動でもさせたかのように突如現れた。



(いつの間に……!)




私は瞬時に数メートル後方へと離れた。が、意図しないことが突然生じたせいか、全身からは嫌な汗が吹き出している上、呼吸も少し乱れてしまっている。



【どうして逃げる? 先程と同じように、わらわへその類稀なる霊力を浴びせておくれ。身体は朽ちるが陽土の気が体内に入ると身体が高揚して気分が良いのじゃ。まるで "絶頂に達した" 時のような……!】




思わず、吐きそうになってしまった。遠くにいた妖狐には悪態をつけたが、近距離になると、あの数時間前の地獄のような光景がフラッシュバックしてくる。


……東郷の言う通り、思っているよりそこそこそれなりの精神的ダメージを、やはり受けていた模様。



(……あーあ。東郷さんにはどうってことないです、なんて威勢のいいこと言っておきながら)




私は震える唇と身体に力を込め、その辺に落ちていた棒状の白骨を両手に一本ずつ握る。



【さあ、カゲロウよ。今度こそわらわと身も心も一つになろうぞ!】



「……なるほど。身も心の臓もそんなに滅されたいか」




だが。意図しない出来事とは、一度で終わるとも限らないのだ。



「極悪狐。お前の相手が俺では不満か?」




妖狐が近付いた時よりもさらに素早く、あの人が私の目前へと移動して来た。


眼に飛び込んで来たのは、今度は東郷の後ろ姿。……だが、見慣れているはずの彼の背中を見て、私は大きくまばたきを繰り返すことになった。



【……! こ、これは一体どういうことじゃ、若造……!】




妖狐の声が上擦っている。



「東郷さん……?」


「全く、花梨崎弟。お前からの攻撃はこの変態狐を喜ばせるだけだぞ」




私を庇うようにして立っている彼から発せられていたのは、いつもの薄紫色の気ではない。



其方そちはまさか…………!】




妖狐が頬をこれまで以上に、さらに上気させているのも無理はない。何故なら今の東郷自身が纏っている気は、私の "姉兄" が持つそれと同じもの。



「東郷さん……これって、一体どういう……」


「今まで黙っててすまん。説明は後でする」





彼の気は、どうしてか "薄桃色" をしていたのだから。


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