第21話 神使い ①

" 花梨崎弟はにえでも誰かの身代わりでもないんだ。こいつの命と人生は、全てこいつだけのものだ! "





私の命と人生は他者のもの、という認識は、東郷の心にはこれっぽっちもないらしい。



(私は花梨崎家の家僕……刺客だけど、この人にとっては弟の友人で……戦友の花梨崎 千理なんだ)




心の弾みに合わせるよう双剣を振ると、紅着物の男はそれを自身の籠手こてで跳ね返してくる。この男は戦闘時、武器ではなく空手のような体術を使うようだ。



『さすがはあやかし界きっての著名人じゃのう。一体 其方そちは誰にその剣術を教わったのやら』


「あはは。剣も刀も槍も弓も、一通り習う中で もちろん先生はいたよ。でも、結局はほぼ自己流。正統で綺麗な武器 さばきを磨くより、時短と確実死を優先してるから」


『なるほど。武術もその思考も、人間にしておくには惜しい逸材じゃのう』


「あれ、もしかして勧誘されてる? でも私、妖魔にはなりたくないんだよね。人肉をむさぼりたくない、しっ!」




私はもう一度、紅着物の喉元へと双剣を振りかざした。……だが。



「えっ?! ちょ、ちょっと……!」


『自己流であっても見事な二刀剣法じゃが、それが通じぬ妖もいるのじゃよ』




男の喉元が、何故だか瞬時に人肌色から薄墨うすずみ色へと変化した。しかも短剣を突き刺した感触が肉を裂いた時のものではない。何故ならぐわんぐわんと腕に振動が返ってきたからだ。まるで、何かすこぶる硬い物に剣先を当ててしまったかのような。



再び跳ね返された私は地へと片手を付き、くるりと回転して元の体勢に戻った。そこで真っ先に凝視したのは、もちろん男の首。



「……へえ、驚いた。お前、身体の一部を "石" に変化へんげ出来るんだ?」


『一部と言わず全身可能じゃ』




この紅着物を纏った男は身体を石へと変化させる妖術が使えるらしい。……これは武器使いにとっては非常に戦いにくい。



『何せ我々は、元はすたれた神社に捨て置かれていた狛犬の石置物じゃからのう』




何かに思いを馳せるようそう言葉を紡いだ紅着物を見やり、私は少しばかり眉を寄せた。



「廃れた神社?」


『そうじゃ。仕えていた主が消滅してしまわれたゆえ、我らも霊力を失いかけていたところを九尾狐きゅうびこ様が救って下さったのじゃ』




紅着物が自身の右頬にそっと手を触れた。



『九尾狐様は我に "天道てんどう" 、弟者おとじゃに "げつ" という名を与え、命を吹き込んで下さった』


「……なるほど。妖狐が神のやしろからお前たちを引き離したんだ?」


『その通り。生きていくすべをお教え下さった』


「ふうん? それってどんな方法?」


『言わずもがな。肉体を消滅させぬためには霊力が必要じゃ。其方そちも知っての通り、人間の血肉はそれの宝庫。陰花ならば尚更じゃ』


「……つまりお前と梔子着物は妖狐の言う通りに、人間の血肉を散々口にしてきたってわけだ」


『人間を喰えば喰うほどに霊力は増す。妖にとって霊力とは命そのもの』


「……うーん。何か矛盾してない? お前たちって結局は悪妖なの?」


『悪妖とは人聞きの悪い。我らはれっきとした神使いじゃと何度言えば分かる?』


「ぶはっ……!」




ついにこらえ切れなくなってしまった私は、思わず盛大に吹き出した。



『退治屋よ、何が可笑しい? 其方そちの双剣が我には太刀打ち出来ぬことに気付いて気でもふれたか?』


「あっはは!」




笑い声を上げながら私は再び地を蹴った。今度は紅着物の足元を狙いに行く。



(ぶぷっ、可笑しすぎない? さっきから言ってることが支離滅裂なんだよ。人を殺して食べるくせに、氏子を守る神様の使いなんだ? でも妖魔だから霊力を欲するし仕方がないって?)




皮肉な笑みを浮かべつつ紅着物の元まで走った後は、奴のすねに右手に持つ短剣を突き立てた。



『剣は無駄だと言うておるじゃろう!』




紅着物の両足は既に石へと変化していたため、私の右腕には先ほどと同じ強い振動が伝わってくる。しかし。



「私の戦法は何も武器を振り回すだけじゃないよ」


『……何?』




私は短剣を握りつつ男の石足を右手で掴み、それを軸にして逆立ちのまま左手を懐に突っ込んだ。そして手にしたのは、私の血が入った小瓶。



「東郷さんが返してくれて良かった」




歯を使って蓋をこじ開けた後、私は自身の血を躊躇ためらわず口に含んだ。……そして。



『な、何をするのじゃ……!!』




その場でくるりと回転し、頭の位置を元に戻した所で奴の顔めがけて思い切り口中から血を吹き出してやる。



『グ、ググ…………!』




私の血を浴びた紅着物の顔は、まるで大火傷を覆ったかのように焼けただれていた。



「……驚いた。自分で言うのも何だけど、陽土の血ってまるで硫酸みたい」




私は舌をモゴモゴと動かして自身の血の味を確かめてみる。……うん。至って普通の鉄の味だが、これはなかなかに使えそうな予感。



『おのれカゲロウ! もう手加減はせぬぞ……!』




みるみると皮膚が再生していく紅着物を一瞥した後、私は遥か後方で刀を交えている東郷たちに視線を移した。一見したところだと、梔子着物の男も石へと変化するため、なかなかに苦戦を強いられている様子。



『お前のそのいかれた頭をかち割ってやる!』




今度は紅着物の方が私の元へと瞬時に移動し、石に変えた右手を振り下ろしてくる。



(……東郷さん、これは自傷じゃないですからね。私ってばウッカリ、"剣の持ち方を間違えちゃった" んです。だから怒らないで下さいよ?)




私は心の中でそう独り言を言って、左手に備えていた短剣のグリップを逆さに持ち変えた。



紅着物の石拳は、顔前をガードした私の左手に見事ヒットした。そして剣先がズブリと刺さった左手首からは、宙を舞うようにして鮮血が吹き出したのだった。"予定通り" 。


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