第18話 マスカレード ②

「花梨崎弟。俺はお前に問いたいことがある」


「はい、何でしょう東郷さん」


「お前はいつも男女見境なく口説いているのか?」


「……もしかして、さっきのことですか?」




壁を背に付けつつシャンパンで喉を潤していた私に、隣に立つ東郷がそう問いかけてきた。



「いつもじゃありません。基本、暴力沙汰にはなりたくないので、口説きが使えそうな場合のみにああやって使ってます」


「お前は男もいけると勘違いされるぞ」


「別に良いですよ。性差なんて大したものじゃないですし」




私はシャンパンを飲み干し、近くにいたボーイへと空のグラスを渡した。



「身体が白くて細っこいせいか、子供の頃から色関係で、それこそ男にも女にも絡まれてきましたし。いい加減慣れました」


「……何だと?」


「あ、誤解しないで下さい。全部未遂に終わらせてますので」


「……そういうことじゃないだろう」


「あはは。でもそのお陰か、体術も抜群に得意になりました。さっきのツボ押しも経験の賜物です」


「…………」




私は腕組みをして笑ってみせたのだが、東郷の顔は相変わらず怖い。



「で、東郷さん。私からも一つお聞きしていいですか?」


「何だ」


「あなたはどうしてここにいるんでしょうか?」


「急遽仕事が出来たからだ」


「……署からの出動命令は出てないんでしょ? 私は義父ちちから命を受けましたけど。しかも今回も 、 "紛れるのがすごく上手い" 妖魔たちです。私も最初、妖気に全然気付けませんでしたし」




私はそう言って、視線を上下左右にぐるりと回した。



「一階と二階に一体ずつ、ですね」


「……何故分かるんだ?」


「妖って真っ黒い気を纏ってるんですよ。今はその数を数えました」


「なるほど。妖気が見えるのもお前が陰陽の気を持つ人間だからか?」


「どうでしょう。ちなみに姉と兄は、陰陽の気は見えるみたいですが妖気は分からないそうです」


「なら、妖気が見えるのは陽土だけという可能性もあるな」


「ですね」




私は腕を組んだまま、壁から背を離す。



(でも今回も前の落とし穴事件と同じ、強い妖気は感じられない)




私は真っ黒い妖気を纏う者たちをじっと見やる。



(見た目も完全に人間。前みたいな獣人的要素はこれっぽっちもない)




私が睨みを効かせるのと同様に、"向こう" もおそらくはこちらが陽土だと気付いているだろう。……私の血肉、妖鬼にとってはすこぶる臭いものらしいので。


私はふぅと小さく息をついた後、懐に手を入れ、とある物を取り出した。



「東郷さん。これ、良かったらどうぞ」


「……何だこれは」


「私の血です」


「は?!」


「低級妖魔程度なら寄って来ないと思います。それを持ってるだけで」


「……お前はいつもこんなものを持ち歩いているのか?」


「落とし穴事件の時に学んだんですよ。もし任務の時に誰かを巻き込んでしまったら、私の血を渡しておくのもアリなんじゃないかなって」




ずいっと小瓶を差し出すと東郷が明らかにしかめ面をしてくる。……まあ、他人の血を持っておけなんて確かに気味が悪いだろう。



「東郷さんは警察隊の妖鬼討伐部隊員ですし妖との戦闘には慣れているでしょうけど、念のため持つだけ持ってて下さい」




が、私は東郷の胸ポケットに小瓶をしれっと入れてやった。



(お守り程度に思ってて下さい。私の血って、妖鬼にはすっごくクサイんですって)




匂い……香り。そう言えば会場内では、ご令嬢たちが様々な香水の香りを漂わせていたっけ。ちなみに今も香ってくる。



(この甘い匂いは……うん、金木犀だな。…………女性らしい良い香りって、こういうのを言うんだろうな)




東郷からは視線を外し、何気なしにその花香りを放っている者の方へと目を向けてみる。



「?!」




すると突然、その当人らしき人物が私たちの目前でぐらりと転倒しかけた。



「おい……!」




すぐさま東郷が動き、その令嬢を抱きとどめる。



「大丈夫か? 突然どうした!」


『…………ケタケタケタケタ』


「……は?」




東郷の腕中にいる令嬢の口が突如ガバリと上下に開き、その中から二本の腕が伸びてきた。



「っ?!」


「東郷さん!」




私はタキシードの下から短剣を一本取り出し、それを東郷と令嬢の間へと突き出す。



『ギッ……?!』




短剣が令嬢の口から生えている腕を切り付けると、彼女は身を振り切る様にして東郷から離れ、そのまま人混みの中へと駆け消えてしまった。



「きゃああああっ!」

「な、何だ今の……!」

「化け物がいたわ! 助けてっ……!!」




優雅な音楽に合わせダンスが繰り広げられていた仮面舞踏会会場が、突如大パニックの波へと変化する。



「わああっ、誰か来てくれ! 彼女が突然妖魔の姿に……!」

「私の連れもだ! や、やめろ! 助けてくれ……うぐぅっ」

「よ、妖魔に首を噛まれたっ……こ、殺される……!」




悲鳴が起こる先々へと視線を移していくと、思わずに目を見開いてしまうような事態が起き始めていた。



「何っだこれは……! おい、花梨崎弟! 会場内にいる妖鬼は二体じゃなかったのか?!」




東郷にそう問われ、私はもう一度会場内を見渡した。だが。



「……今も二体だけです。間違いありません」


「だがもう倍の四体はいるぞ!」




東郷がそう言葉を放ったのと同時に、私は人々の波に逆らうようにして会場を駆け抜け、比較的人の少ない二階へと移動する。



「いち、に……やっぱり二体しかいない」




だが、口から二本の腕が生えているという異形の姿をした者は、他に数体いる。しかも……



「お、おい! 化け物に噛まれた奴も次々と化け物になっていくぞ……!」




会場にいる誰かがそう叫ぶ。どうやら一番最悪なパターンが起き始めているようだ。今回は伝染形式に妖魔にされていくらしい。



(おかしい。真っ黒の、妖独特の気を纏ってる奴はいくら探してもやっぱり二体しかいない) 




しかもそれは、最初に異形者へと変化へんげした令嬢を含んではいない。



(……妖気を放ってる二体、見た目はめちゃくちゃ普通の人間だな)




階段を素早く登り切った後、私は二階にいるくだんの妖気を纏う一体へとゆっくり近付いて行く。




『……其方そちは誰じゃ? 随分と不味そうな匂いを漂わせておるのう』




私の気配に気付きこちらを振り返った者は、やはりどこを見ても普通の人間の男だった。しかもまあまあの男前。



「そう? ありがとう」


『はて、礼とは何故じゃ?』


「人間にとっては最高の褒め言葉だから。食べられたくないし。あ、もちろん妖鬼からの言伝ことづて限定で、だけど」


『ほう。われが人ならざる者だと分かるのか』


「生徒たちを妖魔に変えてるのってお前と一階にいるもう一人、だよね? でも何でか、生徒らからは妖気が全然感じられないんだ。それってどうしてなのかな?」


『面白い奴じゃのう。唯人ただびとに過ぎぬというに妖気まで "見える" とは』


「……ねえ。まだ質問に答えてもらってないんだけど? 妖魔に変化させられた人たちから一切妖気が感じられないのって一体何で?」


『ふ、そんなことは言うまでもないじゃろうが。何せ、この会場で "妖になった人間は一人もいない" からの』



「……は?」




すると、男の服装がタキシードから深紅の着物姿へと変化する。右頬には入れ墨のようなものも浮き出ていた。形は太陽っぽい。



『こんなにも不吉な匂いを放つ陽土は初めてうたわ。あのお方の言われていた陽土とは其方そちのことか』




正面から思い切り指を差されたため、私は少しばかり眉をひそめた。



『 三大 "偉" 妖の "九尾狐きゅうびこ様" が言うておられたのじゃ。つい数か月前に、えらくもの珍しい陽土を見つけたと。その者は陰陽の気を持つ人間の中でも、並外れた霊力量を誇っておるとな』




……なるほど、繋がった。



(……やっぱり。あの地下荒野のどこかで、奴は私のことを見てたんだ)




思わずため息がもれる。つまりはこの男たちも落とし穴事件、もとい近隣町男性集団自殺事件の糸を裏で引いていた、あの "妖狐" の手下。しかも。



『それと、とある偽仮面を被った化け人だとも言うておられたぞ。


"カゲロウ" の仮面下には、見目麗しい "若い女子おなご" が隠されている、とな』




ベロリと舌を出し、それを唇になぞらせながらこんな言葉を投げ付けてくる。



……何てことだ。妖狐には私が妖退治屋のカゲロウだとも、さらには性別すらも見破られているらしい。



私はタキシードの下から短剣をもう一本取り出し、それらを胸前で構え直した。



『騙し騙されの仮面舞踏会。正体を隠し切れていなかったのはお互い様じゃの』




男が顎で私の後方を指し示す。少しばかり振り返って確認すると、"妖魔" になった学習院の生徒たちが二階に続く階段を次々に登り始めていた。



私は彼らから遠ざかるようにして後方へ五歩ほど飛び退き、二階手すりの上に立つ。そして素早く、あることを確認した。



(この会場にいた全員が妖魔に変化へんげ。でも……この群衆の中に東郷さんはいない)




私は手すりを足で思いきり蹴り、ホールの天井に吊るされている豪華絢爛なシャンデリアへと飛び乗った。そして目線だけで一階ホールを素早く確認した後、



あるじ、学校の設備壊してすみません。……えいっ!)




と、シャンデリアを吊るしている鉄の細棒を双剣でぶった斬ってやる。すると、シャンデリアは凄まじい音を立てながら落下をし始めた。




もちろん、私を乗せたまま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る