第17話 マスカレード ①

花梨崎弟は女だけでなく、男にも色目を使われる。



……と、心配したのはつい先程のこと。やはり、あいつのことはまだまだ理解出来かねる。




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「悠真! 〜〜っ花梨崎弟!! 一体何をしている?!」




聞き知った怒声が背後から聞こえたため、私は一瞬ビクリと肩を上げた。



「あ、兄上……?」


「悠真! お前は何て格好をしているんだ!」




「あの、これには訳が」と弁明する間もなく、東郷の鬼仮面が今度はこちらをくわりと睨めてくる。



「花梨崎弟! お前はっ、お前と言う奴は……!!」


「……ええっと、誤解です。私はまだ、彼らに手を出してはいません」




私は脇を締めて両手を上げつつ、今日初めて出会ったイカつい男たちから、ほんの少し距離を取る。



「当たり前だ、馬鹿者! 帰るぞお前たち!!」




東郷が悠真と私の腕をむんずと掴んでくる。……すると、



「何だぁてめえ! こいつらは俺たちのエモノだぞ?! 横から掻っ攫おうとは実にいい度胸してるじゃねえか!!」 


「はん! おめーも女を漁りに来たのか? 生憎だが他を当たりな。片方は初心ウブな美少女、もう片方はこれまた極上美男の男色者なんしょくものなんて組み合わせ、他にはいねえよ。最高だぜ……!」




と、華族子女らが通う学習院には非常に似つかわしくない言葉が飛び交う。


「まずいな」と思いつつ東郷をちらりと見やると、やはり、案の定、堅物の彼の顳顬には幾筋もの血管が浮き出ていた。



「……すみません、東郷さん。少しだけ時間を下さい」




私は東郷に掴まれた手首をぐるりと回し、拘束を解除した。



「変な男たちに別れを告げるのはこれで最後にしますから」


「へん? なんだって?」


「へん……装姿が大変素敵なお二人のことは、私が独り占めしちゃいたいなぁなんて。えっと、ダメですか?」


「なるほど! そんなに自信があるならお前一人でも構わねえぞ? 俺たちのことをしっかりと楽しませてくれるんならな」




男たちがそう言うので、私は少しばかり両口角を上げながら彼らの耳元へと唇を寄せる。



「もちろんです。じゃあこのまま後ろを向いて……」




そして彼らの腰を指先でツツ、と撫で下ろしていった。



「お、おいおい大胆だな、こんな所でっ!」


「こ、ここだと最後まで出来ねえだろ? 一旦会場を抜けて……」


「大丈夫ですよ。すぐに気持ちよくさせてあげますから」


「「えっ、す、すぐっ?!」」


「ええ、すぐに」




……で。へそ下辺り、"丹田" を人差し指と中指で思い切り突いてやる。



「へっ……?」


「ほうら。ココ、気持ちよくないですか?」


「……む、無性に眠くなってきた……」


「どうぞどうぞ、このままお眠り下さい。一眠りして目覚めた後は、きっとあなた方二人は極楽浄土にいますよ」


「「そ、そうかぁ……」」




この後に呼んだのは、会場に配置されていた警備員たち。おそらくこの男らは学習院の生徒ではないので、何故会場にいたか等の事情聴取のためにも警察署に送り付けてもらおうと思う。



「よし、"再び" 一件落着」




これの一部始終は会場のど真ん中で行われていたのだが、さすがは仮面舞踏会。会場内は人でいっぱいだし、皆が皆、自分自身の恋人探しに夢中のようなので、誰一人としてこちらのことは気にしていなかった。


早々にパートナーを見つけて会場を後にする人たちもいたし、人波に酔って失神してしまう者たちだって他にもいたし。



警備員数人に連行される男たちの背中を見送りながら、私はようやっと、東郷へと向き直った。



「では改めて。ご機嫌よう、東郷さん。悠真を迎えに来られたんですか?」


「……そんなとこだ。ところでお前、さっきの技は一体何だ? まるで妖術のようだったが」


「あはは。ただのツボ押しですよ。眠気を誘うツボを押しただけです。撃退したのは今ので七組目ですけどね」


「な、七組目……?!」


「そうなんだよ兄上〜っ! 今日の僕たち二人、めちゃくちゃ色んな人に絡まれちゃってさ……。さっきも思いっきり女の子たちに睨まれちゃったしっ。いや睨まれたのは僕なんだけどっ」




悠真がはああ、と息をもらす。



「千理は千理で、何人もの男に胸ぐら掴まれてたよね」


「悠真目当ての人にね。今みたいに男色色仕掛けが効かなくて」




私たちがそう言うと、東郷の顔が強張り出した。



「怪我はないか?」


「僕はぜーんぜん! 全部千理が追っ払ってくれたし」


「……花梨崎弟は大丈夫なのか」


「私ですか? もちろん平気……」




そう言いかけてる途中、東郷の手が私の方へと伸びてきた。



「額が赤くなっているぞ」


「……あ、ええっと。ちょっとしつこい方がいて、一度頭突いたからですかね? でもこのくらい、慣れてますし大丈夫ですよ」




彼は私が身に付けている半仮面を少しずらしながら、まじまじと顔面を伺ってきた。



(…………ちっか)




いくら見知った者とはいえ、突然他者のかんばせが至近距離まで近付いたとなると、さすがに私も目を逸らしたくなる。



「おい、こちらを向け。他にも傷がないか見てやる」


「ほんと、大丈夫ですって」


「お前はそうやってすぐ怪我をないがしろにする。小さな傷が大きな深傷に繋がることもあるんだぞ」


「わ、ちょ、ちょっと! 頬を挟まないで下さい!」


凧顔タコがおにされたくなかったら大人しくしろ」




「……あのぅ、二人とも」




「何だ悠真」


「悠真! この強引な君のお兄さんどうにかして!」


「何だと? こっちはお前のことを心配しているんだぞ!」


「それはありがとうございます! でも本当に大丈夫です!」


「聞かん奴だな、末っ子は!」




「うーん……兄上も千理も、ちょっと落ち着こうか?」




「何だ?!」

「えっ?!」




私たち二人が同時に悠真の方を振り返ると。



「まぁぁっ……! リっ、リアル衆道よ!」


「しかも美丈夫×美少年……!」


「最高だわ……尊い」




私たちの周りには、何故だか驚きの人だかりが出来ていた。意味が分からず自身の状況を確認してみると、東郷の左腕が私の腰にガシリと回り、右手指が私の両頬に添えられていた。


次いで私の両腕はというと、東郷の背中に当てられている。正確には離してくれと背中の服を掴んでいた、という状態なのだが。



「……衆道?」


「……あらぬ誤解を受けそうなので離れましょうか」


「……そうだな」




東郷の腕が緩んだため、私はすぐさま彼と距離を取り、悠真の横へと並び立った。



「……千理」


「何」


「耳、林檎みたいに真っ赤だよ」


「…………」


「いつも完全無欠な千理が動揺してる姿なんて、めちゃくちゃ新鮮なんだけど」




悠真がそんなことを言ってくるので、私は何度か深呼吸して心を整える。……あと、耳の血色も。



「悠真、もう帰ろう。今日の君は可愛すぎるし、これ以上いたら本当に身に危険が迫りそうだから」




悠真にそう話しかけたちょうどその時。



「あ、いたいた! 千理! 悠真!」




人だかりを分けるようにして新之助と孝太朗が私たちの元へと駆け寄ってきた。



「何だこの人だかり……お前ら何かあったのか?」


「平気か? というか、何故東郷さんがここに?」



「……新之助、孝太朗。悪いんだけど、悠真を家まで送り届けてくれないかな? 今日はほら、こんな女の子の格好してるし一人で帰すには心許ないからさ。また襲われないとも限らないし」


「えっ、襲われる? もしかして、今も誰かに絡まれてたのか?!」


「まあね」


「分かった。私たちも丁度君たちに合流しようとしていた所だから。悠真をってことは、千理、君は会場に残るのか?」


「うん。今さっき悠真を連れ去ろうとしてた人たちは無事、警備員に引き渡したんだけどね。その後どうなったのか気になるし、ちょっと調べてから帰るよ。保健室送り程度ならいいんだけど、病院送りなら責任感じちゃうし」


「そ、そうか。なかなかに大変だったみてーだな……」


「被害者は千理たちの方だろうに。君は本当に心優しいな」




新之助と孝太郎が心配そうにこちらを見てくるのが申し訳ない。もちろん病院だろうが警察署だろうが、既に興味はない。



……私が関心を示している者は、今この場を取り囲んでいる "野次馬の中" にいるのだから。



「東郷さんも悠真たちと一緒に帰って下さい。あ、ちなみに彼が本日ドレスを着てるのはお父上の命だそうなので、そこは誤解しないであげて下さい」




私は友人の男の名誉を守りつつ外れかけた半仮面を元の位置に戻す。そして、「さて」と両腰に手をやり会場内を見渡した。



(全く。今日は本当に、変な奴らが紛れ込んじゃってるなぁ)




会場に来てから数時間。五感を巡らせ続けてようやく見え始めた。全身に真っ黒の "妖気" を漂わせている奴らのことが。



(しかも他校のガラの悪い学生たちだけじゃない。……人間のニセ仮面を被ってる者も、いち、に)




騙し騙されの仮面舞踏会マスカレード。ここからが本番である。


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