第15話 華の影には魔物が潜む ①

地に草花が咲き乱れる、麗しい春の訪れ。寒さの厳しい冬がようやく終わりを告げ、桜舞い散る穏やかな季節が今年もやって来た。




「今日から僕たちも高等部の最高学年だねっ!」


「なーんか緊張するよな! また大人に一歩近付いたって感じだな」


「そうだな。去年に引き続き、気を引き締めて学業に励もう」




私は悠真、新之助、孝太朗の溌剌はつらつとした言葉を聞きながら、校内の桜並木道を歩いている。



「あの方が花梨崎 千理さん?!」


「まあっ、なんて麗しい殿方なの!」


「ねえねえ、恋人っていらっしゃると思う? というか、年下の女って彼の恋愛対象内に入るかしら……!」




すると花々と同様、色鮮やかな可愛らしい小紋らを着用した女生徒たちの声があちらこちらから耳に入って来た。



(新入生かな? 女の子は華やかでいいね。我が家は今、男ばっかでむさ苦しいからなあ。うーん、今日は久しぶりに姉さんに会いに行ってみようかな)




姉の理衣子はこの春、ここ聖華学習院の大学部を卒業し、目黒の元へと無事嫁いで行った。彼女の打掛姿は、それはそれは天女のごとく美しかったものだ。



(兄さんによると、姉さんが陰花ってことを目黒さんは知っちゃったみたいだし……今まで以上に大事にしてくれると思う、きっと)


 


姉と目黒は言わば家同士の政略結婚なのだが、それでも婚約が決まってからの二人は本当に仲睦まじく見えたものだ。



(姉さんは元々から目黒さんに好意を寄せてたし、目黒さんも絶対姉さんのこと好きだったと思うし)




私はあの完璧なる美男美女カップルを脳内に浮かべつつ、うんうんと頷いた。


ちなみに私、常に姉兄に張り付いているのではなく前もって妖を狩りに行く、言わば "先回り護衛" なので、新婚夫婦の水を差すような野暮な真似はしないのである。



(結婚、か……。そう言えば、東郷さんにはまだ婚約者がいないんだっけ? 前に女生徒たちが言ってたけど、どんな美女でも冷たくあしらわれて終わり、とか何とか。


何でなんだろう? 東郷さんてもしかして、女の子が苦手なのかな?)




さては昔、恋人にこっぴどく振られた?  

はたまたは叶わぬ恋に身を焦がしているとか?



(……いや。申し訳ないけど、どっちも全く想像がつかないな)




東郷とは強面の堅物。まあ、かなりの美丈夫なのは認めるが、今時の可愛い女の子たちには荷が重すぎる男だとも思う。口煩いし。



(弟の悠真とは全然違うタイプだよね。東郷さんはザ・男って感じだけど、悠真は可愛い系だし)




私は男子生徒の中でも背はそんなに高い方ではないのだが、悠真はその私よりも僅かに小柄である。




「……てなわけなんだけど、みんなも一緒に参加してみない?!」


「おうっ、いいんじゃねえか? すっげー盛り上がりそうだし」


「学生の本業は勉学とスポーツ。……だが、時に息抜きは必要だ。私も悠真の意見に賛成しよう」


「やった! ね、千理も一緒に行こうよ!」




「……うん? もちろんいいよ……?」




あれ? 何の話だっけ?




「わーいっ、じゃあ決定決定! 学校主催の仮面舞踏会なんて、ワクワクしちゃうよねー!」


「ま、でも舞踏会ってのは名ばかり。実際には子息令嬢らの婚活パーティーって感じだろうな」


「最近は親たちが本格的に婚約者探しを始めたからな。見合いも良いが、恋愛結婚にも憧れる」




……ええっと、なになに? 聖華学習院で仮面舞踏会なるものが開かれる? 



(パーティーは情報の宝庫だし、刺客の立場としては大歓迎なんだけど……)




だがそれは、婚活パーティーも兼ねていると? なら、今回はちょっとお題が重めな気がするのだが。



「今年の新入生の女の子たち、可愛い子多いんだよねーっ。前に千理にも女の子の口説き方教えてもらってるし、絶対絶対可愛い恋人作るんだっ! ね、みんなも絶対彼女ゲットしよっ!!」




しかし、悠真が妙なやる気を見せているので、おいそれと断るわけにもいかない。



「やけに気合い入ってんなー、悠真。でもそういやお前、前に女を観劇に誘ってオッケーもらったとか何とか言ってたよな? あれは結局どうなったんだ?」


「新之助、やめてやれ。悠真の婚活パーティーへの意気込みを見てみろ。悟ってやれ」




チラリと悠真を見やると、彼は涙ぐんでいた。



「今度こそ、絶対絶対恋人作る」


「……そうかそうか。前の女とは上手くいかなかったんだな。よしっ、高等部三年時は四人全員薔薇色にするぜっ!」


「私たちには千理がいてくれる故、彼だけでも十分花々しいがな。だが女生徒が入るとまた別の意味で華やかになりそうだ」




愉快な友人三人衆は今年こそ恋人を作ると意気込んでいる。



(取り敢えず、応援するよみんな。でも、万一東郷さんやうちの兄さんがこのことを知ったら、雷落ちるだけじゃ済まなさそうなんだけど)




どうなるかはさておき、友人たちが今度は衣装の話で盛り上がり始めた。



「さってと、当日は目一杯オシャレして行かないとねっ!」


「何色着て行くかなー。やっぱ黒か?」


「タイは蝶ネクタイかアスコットタイか。ループタイも良いな」




私はというと、口説き方に引き続き、服装についても「千理はどう思う?」と、三人にアドバイスを求められてしまうのだった。






------





「…………悠真。どうしたの、その格好」





あの話し合いから二週間が経ち、とうとう今日が仮面舞踏会本番という日。


学校の施設内に設けられた舞踏会会場は、それはそれは煌びやかで華やかなものだった。まるでどこぞの外国宮殿内のような。



……だが。今はそんなことより、目前にいる友人の方が気になる。



「お、おい。礼服が今日までに用意出来なかったのか?」


「それか、何か悩み事でも? 私たちに話してみるといい」




パリッとした黒タキシードと上品な蝶ネクタイを着用している新之助、孝太朗、私の前に、



「わああああんっ! どうしてっ、どうして僕だけドレスなんだよーーっ!!」




可愛らしいレモンイエロー色の、プリンセスラインドレスに身を包んだ悠真が現れたのだ。



「……意外と似合ってるよ?」


「嬉しくないよーーっ」


「というか、何でドレスなんか着てるの? タキシードは? どの衣装にするかみんなで話し合ったでしょ?」


「……婚活パーティーに行くこと、父上にバレちゃったんだよぅ」




悠真によると、東郷父は東郷のさらに上を行く堅物とのこと。で、悠真に変な虫が付かないようにするためか、行くならドレスを着て行けと言われたそうだ。



「……それで、本当にドレスで来ちゃったってこと? そんなにパーティーに参加したかったの?」


「だ、だってっ。千理たち誘ったの僕だし。僕が参加をやめたら、みんなまで気を遣って行かなくなるかもって思って……」




悠真はそう言って、しょんぼりと肩を落とす。私はそんな彼を見て、少し眉を下げて笑んだ。



「気を遣いすぎなのは悠真の方でしょ? もう、仕方ないなぁ。新之助、孝太朗、今日は二人で女の子のこと口説いてきて。私と悠真は別行動するよ」


「えっ?! 何でそうなるんだよ! 俺たちもお前らと一緒にいるぞ?!」


「そうだ。友人を放ってまで恋人探しに勤しむつもりはない!」


「こらこら。そうするとまた悠真が気にしちゃうでしょ? 私ならほら。もう可愛い彼女が出来ちゃったからさ」




私は悠真の両肩に手を添え、新之助と孝太朗に向かってにっこりと微笑む。



「……意外とお似合いだな」


「千理はいつものごとく美麗だが、今日の悠真も美少女といった感じだからな」


「わああああんっ、複雑すぎるぅ〜〜」




そしてガバリと抱きついてくる悠真の背をヨシヨシと撫でたのだった。



二人と別れた後、私は今日のために用意しておいた仮面を懐から取り出した。



「取り敢えず。舞踏会だし踊ろっか、悠真」


「あの、千理。僕、女の子のステップって全然分かんないんだけど……」


「大丈夫大丈夫、何とかなるよ。ほら、手貸して。リードするから」




仮面を装着した後、私は彼の背中と右手に自身の手を添え、ステップを踏み始める。



「えっ、僕の足元めちゃくちゃのはずなのに、どうしてかすっごく踊りやすいんだけど!」


「あはは。それは良かった」




私は悠真に笑いかけた後、この会場内をぐるりと見渡す。すると、早速にハンカチを噛んでいる女生徒や拳を握り締めている男子生徒らが視界に入り込んできた。



「……うーん。今日も一段と、騒がしい一日になりそうな予感」





煌びやかなドレス、洗練されたタキシード。そして、大理石のロココ調柱と金色に輝く巨大なシャンデリア。



華々しい聖華学習院・仮面舞踏会がついに幕を開けた。





------




『仮面舞踏会とは実に華やかじゃのう、兄者』


『そうじゃの、弟者おとじゃ。美味そうな柔肉やわにくを纏う若者が大勢おるのう……』




優雅な音楽に合わせ、皆がダンスを楽しんでいる最中さなか



仮面をかざしながらパーティーに紛れ込んでいる、"とある不届者ら" がいたことを、この時は誰も知らなかった。

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