第14話 陽炎 ②

近隣町の、男性ばかりが行方不明になっていたというあの怪奇事件。それは、"恋に敗れた男たちの集団自殺だった" 、という形で表向きは幕を閉じた。




「千理っ、お前はまたベッドから抜け出して……! あと一週間は安静にしろと医者にも言われているだろう!」


「千理君、これ以上理衣子さんにも心配をかけてはいけないよ。ほら、早くお布団へ戻っておいで」




だが、背景にかの有名な "三大悪妖" が絡んでいたということは、



「花梨崎弟、お前は今回の最重傷者なんだ。少しは大人しくしておけ。あと、悠真たちもまた変な狐に絡まれたくなかったら遊戯を行うより、花梨崎弟から刀術を学ばせてもらえ。ああ、もちろん今は座学の方でだぞ。……絶対安静の奴が何故 身体を起こしているのかはさておき」




友人らと卓上でカードゲームを楽しんでいた私と、あるじである義父、そして……東郷のみが知る事実である。



「ええっ! 千理、身体の具合まだ悪かったの?! や、やっぱり僕のせいで……!」


「おまっ……俺たちが見舞いに来たからって無理に起きてたのかよ! あと、悠真だけのせいじゃねえ、俺たち三人の連帯責任だ!」


「傷跡は残りそうか? もしそのせいで千理が嫁を取れない、あるいは婿に行けないというなら、その時は私たちの誰かが君を貰い受けよう!」




「…………兄さんも目黒さんも東郷さんも。友達が変な気遣いしてくるので今日くらいお小言はやめて下さい。傷口だって、もうほぼ塞がってるんだし」





落とし穴事件から本日で一週間が経った。いつもより深手を負ってしまったこともあり、私は兄の命によって自室での引きこもり生活を余儀なくされている。



「あと私、そろそろ学校にも行きたいんだけど」




兄は、私が任務のせいであまり学校へ行けていないとなると、義父に仕事を減らすよう直談判しに行くような人だ。



「まだ駄目だ!」




……だが、私の怪我に対しては人一倍敏感なため、こんな時は頑なに拒否されるのである。



(傷なんて慣れっこだし、もう全然平気なんだけどな)




私は自然治癒力が人より優れているのか、比較的傷の治りが早い。まあ、傷跡は多少なりとも残るのだが。



(でも別に大丈夫。私は……これからも男として生きていくし)




友人は嫁を取れない、婿に行けないことも心配してくれているが、元々からそんなつもりはないので平気だ。



「花梨崎弟。後程二人で話したいことがある」


「…………」




……だが、今回の件で問題は生じている。それはカゲロウの正体が私であることを東郷に気付かれてしまった、ということ。



(東郷さんと目黒さんがお見舞いに来てくれたあの日の夜に、それを遠回しに言われたんだよね。その時、目黒さんは姉さんと兄さんに会いに行ってた。……東郷さんはきっと、他の人には聞かれないよう配慮してくれたんだろうけど)




私はふぅ、と小さくため息をつく。よりによって妖鬼討伐部隊の警察隊員に知られてしまっただなんて。



「……東郷さん。こいつは行く先々で騒ぎを起こしまくるどうしようもない弟ですが、一応まだ怪我人なんです」


「そうだよ東郷。今回の事件は千理君のせいでも何でもないんだから、説教はよしてあげて」




何も知らない理一朗と目黒が、やんわりと東郷を止めてくる。




「……花梨崎弟。どうしようもない弟馬鹿の兄二人がこう言うが、身体が辛いならまた別日にする」


「いえ。是非後ほど、東郷さんのありがたいお話を聞かせてもらいます」




でも、にっこりと笑ってこう答えるしかないのだ。この手の話は引き伸ばしにしても意味がない。早々に口を封じておかないと今後の任務に差し支える。


……私はこの先もずっと、妖退治をやめるわけにはいかないのだから。






目黒と悠真たちを見送るため理一朗が部屋を出た後、東郷はベッドに横たわっている私に向かって早速本題を切り出した。



「さて、花梨崎弟。俺がこの前話したことは覚えているな?」


「ええ、まあ」


「お前の正体が妖退治屋という件は白だな?」


「そうですね」


「ほう。以前はこの話をすると目を泳がせていたが、今日はやけに素直じゃあないか」


「もうバレてる事実を今さら弁解しても無意味だと思ったので」


「良い心がけだ。なら俺の質問にも回答出来るか? お前には問いたいことが山程あってな」


「でしょうね。答えられる範囲なら構いませんよ。でも、こっちも条件があります」


「何だ? 言ってみろ」




と、東郷が言うので、サイドにいた彼の腕をむんずと掴んでそのままベッド上へと押し込んだ。もちろん、私の両手は布団の中に潜ませておいた双剣を握っている。



「……男に押し倒されたのは初めてだな」


「奇遇ですね。私も男性の腹上に乗るのは初です」


「で、その条件とやらは何だ?」


「無論、口外しないで下さいってことです。私が『カゲロウ』として妖らを狩っていることを他の警察隊員には言わないで下さい」


「それは何故だ?」


「理由は一つ。面倒臭いからです」


「ほう」


「警察隊員の仕事を奪うくらいなら、自分たちに協力しろと言われかねませんので」


「まあ、その通りだ。だが、何故断る? 人害を及ぼす妖鬼の討伐がお前の目的なら、俺たちは同じこころざしを持っているぞ」


「志は似ていますが、向けている相手が違うんですよ」




私の双剣は未だ東郷の首元にある。



「私は万人を守りたいわけじゃない。この家の後継者、言わば姉と兄を守れればそれでいいんです。姉兄は人より妖鬼に狙われやすい、と言えば伝わりますか?」


「……なるほど。それはすごい確率だな。大日本国全体の0.5%しかいないという数奇 びとが、こうも同じ家内に集結しているとはな」


「まあ、それは運命なので受け入れるしかありません。姉と兄が命を落とせば、私も自動的に死ぬことになりますし」


「……何だと? それはどう言う意味だ」




東郷の、黒曜石のごとく鋭い光を放つ瞳が、私の双眼を捉えてくる。



「本来、私は家僕の身なんですよ。……でも、姉と兄だけはこんな私のことを姉兄弟きょうだいだって言ってくれるから。だから、私は今も生かされてるし生きているんです。じゃなきゃ、十年前に死んでてもおかしくなかった」




私はそう言って、ほんの少しだけ手元を緩めた。



「東郷さんが条件を飲んでくれるなら、カゲロウになった経緯くらいは話します。まあ、そんなに良い話でも面白味もないですけど」


「……分かった。同僚たちにお前のことは口外しないと約束する」


「……ありがとうございます」




私は剣を収め、東郷の腹からベッドへと移動した。横たわっていた彼もむくりと起き上がり、私と向かい合ってくる。



「……私、実は祖父の妾筋の者でして。祖母は元、吉原の遊女だそうです。母が生まれて間もなくして、彼らは入水自殺を謀ったみたいです。母はそのまま吉原で育ったはずなんですが、私が物心付く頃には何故か既に、二人で京都町北部の小さな村に移住してました」



「…………」


「あ、嘘とか付いてないですよ? 同情を誘ってる訳でもありません」


「……分かっている、続けろ」


「ああ、はい。で、その母も私が七歳になったばかりの頃に殺されました。というか、村ごと滅ぼされまして……。それで、一応血縁の花梨崎家に引き取られたって訳です」


「待て、話が飛び過ぎている。お前の母親と村が……何だって?」


「妖鬼の襲撃を受けて村人は全滅しました。私は陽土だったおかげか生き残りましたけど」


「……唯一の家人を殺された割には平然としているな」


「そうですね。でも、もう何年も経っていますし今さら嘆いても仕方がないんです。それに、いかんせん妾筋の子供なので、引き取られてからは自分がいかに、この家の役に立たなければいけないかということを思い知らされました」




私はほんの少しだけ、唇を噛む。



「だから母の死を悲しむより、この先もどうやって姉と兄のいのちを守るか、主のめいを忠実に実行するかを重視して生きてます」



「……主?」


「義父のことです。ちなみに養子縁組とかは結んでいないので、正確には姉と兄も私の主人です。主従関係、というやつですね」


「…………」



 

東郷の顔が非常に強張り出したため、「しまった。少し余計なことまで喋り過ぎたかも?」と思ってしまった。



「……養子縁組などどうでも良い。お前は花梨崎の者だろう。家僕やら主従うんぬん言っていると、お前の兄がまた憤慨し出すぞ。姉の方は号泣しそうだがな」


「あはは、言い得て妙です」




私は笑ってみせたが、東郷の顔は未だ怖い。普段から強面な分、余計に迫力がある。



「それが、花梨崎弟が『カゲロウ』として暗躍している理由か? 花梨崎の現当主は娘と息子に危害を及ぼしそうな妖鬼らを分別して、お前に向かわせていると?」


「そう聞いてます」


「…………」




すると、何故だか突然、東郷の腕が私の方へと伸びてきた。



「……あの、東郷さん。何をされてるんでしょうか?」


「過酷な運命をよくぞ生き延びたと思ってお前をねぎらっている」




東郷の大きな手が、私の頭を仕切りに撫でてくる。



「悠真のことも、守ってもらって悪かった」


「……いえ、あれは私が油断したせいですし。彼に大きな怪我がなくて良かったです」



「お前の使命感と正義感のバランスは、一見釣り合っていない。だが、実は無意識のうちに上手く統制を取っているな」


「……? えっと、どういうことでしょう?」


「口先では姉兄だけ守れればいいと言いながら、実際には悠真たちや柴狐も救おうと奮闘しただろう。令嬢らを守るため、敢えて拳を受けていたこともあったな。


花梨崎弟は器用に見えて、意外と心が不器用のようだ」



「心が、不器用……」


「素直な感情を表に出すのが苦手ということだ」




花梨崎の姉兄がお前に甘い理由が今なら何となく分かる、とも東郷が言う。



「お前はただの生意気な子供じゃなかった。忍耐強い上、存外可愛げも見所もある、なかなかに良い男だった」




視線を上げると、ほんの少し笑みを浮かべた彼と目が合った。



(……そんなこと、初めて言われたんだけど)




だが途端、何故か急に恥ずかしくなってしまって、思わず俯いた。



(……変なの。この人といると安心するような、心臓が鷲掴みされて苦しいような、不思議な感覚になる)





まるで陽炎かげろうのように、形がゆらゆらと揺らめき出したこの心内の正体は一体何なのか。



いつの日か、それが分かる時が来るだろうか?




------





「…………」



「どうしました? 入らないんですか、柴狐さん」




ドアノブへと手をかけていた柴狐に、理一朗がそう声をかけた。



「中には東郷さんもいますが、貴方には是非、千理を見舞ってやって欲しいです」


「……またの機会にする」




柴狐はそう言って、きびすを返した。



「逃げるんですか? 貴方が千理を殴ったことも、背中に裂傷を負わせたことも……俺は許したくありません」



「いずれ、"詫び" はする」





そして花梨崎邸を出た後、彼は独り言のようにこう言葉を呟く。



「花梨崎 千理、お前の正体に気付いたのは東郷 総真だけじゃないぞ。お前が妖退治屋・カゲロウだということも……陽土の気を持つ者だということも、必ず父上に伝えてやるからな」





のち、柴狐と千理が再び対面するのは、落とし穴事件より六月程を経てからとなる。



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