第12話 結んだ絆の行く先は ②
「全く、無茶をしすぎだ花梨崎弟!」
東郷は柴狐から少し距離を取った後、私のことを片手で抱き上げた。
「この辺りに散乱している妖魔らはお前たちが倒したのか? それなら大したものだが、気を失うまで、あるいは失神寸前まで応戦し続けるのは感心しない」
東郷はそう言いつつ、悠真たち三人がいる方へと目をやっていた。
「まあ、この状況では仕方がなかったのかもしれんがな。とにかく、全員生きていて良かった」
私は見開いた目を、数度瞬かせる。
(東郷さん、私たちを探しに来てくれたのか……。というか、さすが妖鬼討伐部隊の副官。妖魔の死骸だらけっていうこのカオス状態にも全然動じてない)
そんなことをぼんやりと思っていると、
「おい、今からまた少し揺れるぞ。落ちないよう俺の首に手を回しておけ」
という言葉を浴びせられたので、私はまたぱちくりと眼をしばたたいた。
ちょっと、まだ色々と思考が追い付いていない。いないのだが、東郷が再び戦闘を開始するつもりなのだということだけは理解出来た。
(……じゃあちょっと、お言葉に甘えさせてもらいます)
私は東郷の指示通りに彼の首へと腕を回し、身体を預けた。
普段は節介者だの弟の悪友だのお互いに良い感情を持ち合わせているわけではないが、今回ばかりは仕方がない。私は今、とてつもなく疲労困憊状態なのだ。
……東郷の顔を見て少しばかり安堵してしまったのも、体力を消耗して疲れているせいに違いない。
「背中の傷が深いな、痛むか?」
「…………」
「全く、自慢の美顔が血まみれだぞ」
「…………」
「花梨崎弟には言いたいことが山ほどあるんだが、今聞くか?」
「…………」
「……お前、さては喉もやってるな。話せないんだろう」
「ん"、ん"ん"」
「……ああ、もういい、もういい」
東郷は左手で私のことを抱え直すと、右手に握る刀先を柴狐へと向けた。
「あいつは面倒なことになっているな。気絶させて運ぶしかない、か。問題はどうやって地上に戻るか……」
私は少しばかり顔を上げて辺りを見渡した。実を言うと、戻り方の見当は大体付いている。私だって後先考えずに穴へと飛び込んだわけではない。……が、私ももう体力的に限界である。
今回はこのまま、
再びそんなことを考えていると、
「だが、一先ずはあの狐を何とかするか」
と、東郷が言うので、私も視線を前方へと向けた。
彼は、こちらへと四つ足で駆けて来る柴狐を冷静に見据えながらも、何度か刀の角度を変えて薙ぎ払っていた。
(あ、全部峰打ち)
こういう場合、刀は便利だなと思った。私の短剣ではそうはいかないので。
東郷の
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「わああああんっ、千理ーーーー!!」
東郷に起こされた友人たち三人は、私の姿を見るや否やそれはそれは顔を真っ青にしたものだった。
「おっ、おい千理。お前、ちゃんと息してるな……?」
「千理、疲れていないか? あと少し歩いたら休憩にしよう」
「……おいおい、花梨崎弟は一歩も歩いていないぞ。何故なら俺がおぶっているからだ。それに、背中の傷も急所が外れている故、命に別状はないと何度言えば分かるんだ」
東郷の盛大なため息が一行を覆う。私たち六人は出口を目指し荒野を歩いている最中である。
「みんな生きててほんと良かったぁ……一時はどうなることかと思っちゃった」
「ほんとにな……でも、あの妖魔の屍集団見たか? あれって全部、俺たちが倒したのか?」
「いや、私たち三人は途中、何故か気絶していたようだ。半分は千理と東郷さんが片付けてくれたのだろう」
東郷が私の方をチラリと一瞥してくるが、私は何のことやらといった具合に顔を明後日の方角へと向ける。
「それにしても、柴狐さんも元に戻って良かったですよ〜っ! 妖魔の柴狐さん、ほんっとに怖かった……」
「…………」
私たちの一番後ろに続く柴狐はずっと顔をしかめている。そして私と目が合うとすぐに逸らすのだ。
「でもびっくりしたよな。柴狐さん戻すために千理が "あんなこと" しでかすからよ」
「……新之助、やめておけ。柴狐さんがまた
ふむ、と思いつつ少しばかり後方を見やると、案の定奴の顔は真っ赤だった。
(柴狐さんが正気に戻った時に、今まで何があったのかを全部話して、落とし穴に落としたまま一晩放ったらかしにしたことも一応誤っておいた。でもきっとまだ怒ってるんだろうなあ。あと、やっぱり屈辱的だったのかな。私の背中の血を "舐めさせた" ことも)
顔の血を舐めさせるよりかは良いと判断したので背中の方にしたのだが。……まあ、どちらにしても血は血なので、気分の良いものではなかったかもしれない。うん、申し訳ないけど仕方がない。
「それにしても千理が陽土だったなんて……ほんと羨ましすぎるよ!」
「だな。妖鬼に襲われにくいし、何といっても食われねーし!」
「それに、妖の血が入ってしまった人間にとっては、陽土の血が解毒剤のような役割を果たすとは。まるで万能薬だ」
皆がキラキラとした目を向けてくるので、私はにっこりと笑顔を作っておいた。
「だがな、お前たち。花梨崎弟が陽土の気を持っていることは絶対に口外するなよ」
……しかし、東郷がすかさずそう付け加えた。
「え? 兄上、何で?」
「狙われやすくなる」
「ええっ、誰に?」
「無論、人間にだ。陽土の血を身に付けていると妖に襲われにくい。さらに、妖にされた元人間には陽土の血を飲ませればいい。これの意味するところは?」
「………… まさか、陽土の血を得るために、みんなが千理を欲しがるってことか?」
「千理の命が、人間によって危険に晒されるかもしれない、ということでしょうか……?」
「そうだ」
東郷の言葉を聞いた後、再び皆の顔色が青く染まっていく。私は慌てて悠真たちの肩に手を伸ばし、ポンポンと叩いた。大丈夫、そんなに
「花梨崎弟もその血を過信しすぎるなよ。陽土は妖鬼に襲われにくいというだけで、決して襲われないというわけではないからな」
そう言われ、私はふいと顔を背ける。もちろんそんなことは分かっている。今回は何とか戦わずに済んだが、"三大悪妖" に関して言えば、東郷の言葉が当てはまると思う。
……でも、そんなことを言っても仕方がないのだ。私の命は姉兄を守るために生かされているのだし、義父に命じられればそれこそ火の中水の中、である。
「…………」
背中には柴狐からの視線が突き刺さっている。奴は私に対する思うところが色々とありそうなので、この先 敵に回る可能性もあるかもしれない。
「柴狐も分かっているな? お前が今回助かったのは他でもなく、花梨崎弟のおかげだということを。今の話を聞いていたのなら、この先も決して、その恩を仇で返すようなことだけはするなよ」
「……ええ」
東郷がこのように諭してくれたが、一体どうなることやら。
でも、体力気力も今は限界なので今はこれ以上あれこれ考えることはやめようと思った。取り敢えずは、東郷の背中をこのままお借りして一眠りしよう。だがその前に。
「どうした、花梨崎弟」
東郷の肩を指でツンツンと叩いた後、私はしっかりと彼の首に片腕を回して落ちないように体勢を整える。そして私の膝裏にあった彼の片側腕を取って持ち上げ、その手の平に指文字を書いていく。
"このまま真っ直ぐ進んで下さい。多分、洞窟か落とし穴もどきがあるから。穴を見つけたらその中に入ってさらに進んで下さい。じきに出口、つまり地上にたどり着くと思います"
それだけ伝えると彼の腕を再び私の膝裏に戻し、私は身体を預けて眠りの体勢に。
「…………全く。頭脳も刀術も学年首位の秀才は、意外と人使いが粗いようだな」
本日何度目かの東郷のため息が彼の背中越しに聞こえた気もするが、私の瞼は完全に閉じ切っていたので、敢えて聞こえていないふりをする。
誰かにおぶさってもらったのなんて、十年ぶりだ。とても楽チンなので、地上に着くまでこのまま下りたくはない。
東郷の首前で、私は再び両手をぎゅっと結んだのだった。
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