第11話 結んだ絆の行く先は ①

"君が転入生の花梨崎 千理くん? 初めまして、僕は東郷 悠真。これからよろしくね!"





二年前の、葉桜がほんの少し舞い込む教室で私に最初に声をかけてくれたのが隣の席に座っていた悠真だった。



「悠真! 千理……っ!」


「柴狐さん、正気に戻ってくれ! 二人に手を出すな……!」




新之助と孝太朗に引き合わせてくれたのも、また彼。



(頭がクラクラする……こんなに血を流したのは久しぶりだな)



『キ、キェェッ、キキッ……!』




だが柴狐もフラフラしている。

当然か。奴の爪撃そうげきを背に食らった後、間髪入れずにかかと落としをお見舞いしたのだから。



「せ、千理……! 千理、千理…………!!」



(泣かないで悠真。こんな傷、全然大したことないから。それより、君が無事で良かったよ)



『先程の瞬足……! やはりこやつがカゲ……プギャ!!』




悠真を新之助と孝太朗の元まで連れて行った後、私は再び地を蹴って疾走しっそうし、そんな言葉を紡ぎそうになっていた女狐の首を狩る。



(今は友達の前なんだから、正体をバラすような言葉は避けてね)




だが勢いを付けて移動したせいか、鼻と口からも血が漏れてきた。私は手の甲でそれらを拭い去る。



『うっ……こやつの血の匂いは何故こんなにも "恐ろしい" のじゃ……!』




女狐たちは顔を歪ませながら鼻口を着物の袖口で覆っていた。



(陽土の血肉って、妖たちにとっての毒薬みないなものなのかな。なら……)




今度は女狐たちの前から友人たちの背側へと瞬時に移動した。そして。



「へっ……?」




うなじツボを刺激して三人を気絶させた後、私は友人たちの着物に自分の血を塗りたくる。



(気持ち悪いことしてごめんね。陽土の血が付いてたら、あいつらは寄ってこないはずだから)




事が終われば、「さて」と立ち上がり、私はいつもの "狩り" を始める。腕を交差させながら地を駆け抜け、妖魔集団の中心部で左右へ円を描くように双剣を振るえば、足元にざっと二十体ほどの屍が転がる。私はそれを数回繰り返した。



『キェェェ、ギギ……!』




そうこうしていると、柴狐が再び私に向かって飛びかかってきた。



(柴狐さん、もう動けるのか。……ちょっとまずいな、こっちは目が回って焦点が合わなくなってきてるっていうのに)




咳き込むと、血がポタポタと地面に落ちた。背中に衝撃を受けたせいで、どうやら喉も少し傷付いているようだ。



双剣を構え直し、柴狐の爪撃を胸前で受け止める。先程の踵落としを根に持っているのか、はたまたは人間時代の嫌悪が頭の片隅に残っているせいか。奴は唸り声を上げながら鼻をひくつかせ、私に牙をいてくる。



(……ヤバイな、身体に力が入らない)




柴狐の顔が間近に迫ったため、私は咄嗟に額で頭突きをする。



『ギ、ギェェェッ……?!』




すると、何故だか柴狐の表情が一瞬、元の人間時のように変化した。



『キ、キェェェェ!!』




だが、すぐさま元の妖魔柴狐に舞い戻る。



(……まさか、頭突きし続けると人間に戻せる、とか? いや、そんなわけないよね。頭への衝撃なら、あの踵落としの方が効いたはずだし)




私から少し距離を取った柴狐を見やると、口元には少量の血が付着していた。だが、奴から出ている感じではない。



(……なるほど。戻し方、分かったかも)




分かったのだが。今の頭突きのせいか、さらなる大頭痛に襲われてしまっていて身体が動かない。



(悠真たちを家に帰さないと……みんなの家族が心配する)




再び、柴狐がこちらに向かい駆け出してくる。頭では応戦しようと思っているのに、身体が本当に動かない。背中からがんじがらめにされているような感覚で、剣すら構えられない。



(……帰らないと。私が死んだら、姉さんと兄さんが妖鬼に喰われる)




そう思って全身に力を込めるのだが、腹が立つほどに身体が硬直してしまっている。私は思わず唇を噛んだ。身体が動かないのに口が動くことにも納得がいかない。






「しっかりしろ! 花梨崎 千理!!」




……だが動くのは口だけではなかった。目も同様に見開くことが出来た。



思わず下を向いて自身の身体を確認すると、本当に、物理的に上半身が拘束されていた。というか、背後から私の身体を抱くようにして誰かの腕が回っていたのだ。しかも耳元で聞こえた声を、私は知っている。



「花梨崎弟! 全く、お前という奴は何て無茶をするんだ……!」




少しだけ顔を動かして背後を確認する。私を腕に抱えながら柴狐の爪撃を刀で受け止めていたのは、眉を歪ませた強面の美丈夫。





(……この人とも、何だか数奇な縁で結ばれちゃったもんだな)




それは、悠真の兄でありカゲロウの嫌敵手ライバルでもある妖鬼討伐部隊の副官、東郷 総真だった。




------




「目黒さん!」


「理一朗君、君も来てくれたんだね」




雑木林の真上に太陽が差し掛かる頃、腰に大刀を差した理一朗が、目黒率いる警察隊の元へと到着した。



「あの馬鹿はこの中ですか?!」




穴底は今もなおうねり続けていた。理一朗は眉をひそめ腰を落とすと、その穴縁へと手をかけた。



「理一朗君、入ってはいけない! 入れば地中へと引き摺り込まれてしまうよ」


「でも千理たちはこの中にいるんでしょう!」




目黒に腕を掴まれた理一朗が、それを振りほどこうと再び立ち上がった。



「……君の気持ちは分かる。でも今は待つんだ。東郷が救援に行っているから」


「東郷さん一人であの悪ガキ四人を助けられるとでも?!」




理一朗の怒声が雑木林に響き渡ると、穴周りで待機していた警察隊員たちも声を上げ始める。



「貴様、何を言う! 東郷副官を侮辱する気か!」


「副官の強豪さを知らないのか? あの方は妖鬼討伐部隊の中でも一、二を争う剣豪なのだぞ!」




理一朗はそう話す警察隊員らを一瞥した。



「それに、我々は日々妖鬼たちを相手にしているのだ。素人が口出しをするな!」


「元はと言えば、貴様の弟が勝手な行動をしでかしたのが原因だろう!」


「聞いているぞ。花梨崎家の次男はそれはそれは素行が悪いとな。まだガキのくせに女癖も酒癖もすこぶる悪く、学校も休みがちだとはな」


「目黒副官も気の毒でならない。こんな躾のなっていない者二人が、近い将来義弟になるなど」




理一朗の両手拳に青筋が浮かび上がってくる。



「……あんたらみたいな "一般人" に、一体俺たちの何が分かるっていうんだ?」


「なっ……貴様! 公爵の家柄を鼻にかけるのも大概にしろ! 警察隊を舐めているのか?!」



「……やめなさい。理一朗君、ごめんね。諸君たちも口が悪いよ。国民の安全を守る警察隊員が、その国民をののしるなどあってはならないことだ。違うかい?」




理一朗の震える肩にそっと手を添えながら、目黒が部下たちをたしなめる。目黒の気迫を受けた警察隊員たちはその口をぐっとつぐんでいた。



「……すみません目黒さん。貴方にはいつも迷惑をかけてしまって」


「迷惑だなんて思ったことは一度もないよ。君たち兄弟の仲の良さは知っているしね」


「仲の良い兄弟……ですか。貴方の目にはそんな風に映っているんですね」


「理一朗君……?」


「なら、俺は千理の "兄" なのに、どうしていつもあいつを守ってやれないんでしょうか」




理一朗が拳を広げると、その手のひらには血が滲んでいた。



「こんな "血" はいらない。千理の "血" も、いらない……!」


「……理一朗君。君たちは、もしかして……」


「目黒さん。姉と結婚した暁には、彼女のことをくれぐれもよろしく頼みます。姉は人よりも妖鬼に狙われやすいですから」


「…………」




目黒が押し黙ってしまったことに気付きながらも、理一朗は再び穴中へと視線を移す。



「千理、絶対に戻って来い。俺が花梨崎の当主になったら……必ず、お前を解放してやるから」




理一朗の脳裏に映し出されていたのは、"あの日" の千里。


ボロボロの着物を身に纏い、父に連れられ花梨崎邸の中庭を歩いていた、後の弟となる者の姿。



「東郷さん、お願いだ。千理を守ってやってくれ。あいつは、本当は……」





あの日の理一朗が理衣子と共に結んだのは、雪のような白肌と漆黒の髪を持つ美しい少女との主従の関係。



そして、姉兄妹きょうだいの絆だった。

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