第6話 秘なる情報はパーティーの後で ②

(このパーティーに来ている令嬢の父親たちは大日本国の政治、経済面において重要な地位に付いている場合も多い。社交パーティーとはまさに情報の宝庫だな。繁華街の酒場と同じく)




そう思いつつも、私は令嬢たちの話に耳を傾ける。



「警察隊の内部はここ一年の間に随分と編成が変わったみたいね。未だに引退しないで部屋に腰を据えていただけのご老公様たちが、最近ついに席を離れ始めたってお父様が胸を撫で下ろしていたわ」


「目黒様や東郷様みたいに、若くて優秀なお人が増えてきたのだもの。当然、世の流れもそうなるわ」


「妖退治屋、カゲロウのおかげもあるかしら? 張り合いが出て来たのかもしれないわね」


「あ、そうそう怪奇と言えば! 最近隣町で勃発している事件のことだけれど、何故だか男性ばかりが行方不明になっているらしいの!」




彼女たちは本当にすごい。自身でなくとも家族に人脈が広い人たちがいるだけで、こうも簡単に重要情報を仕入れてくるのだから。そしてそれを、こういった社交場で惜しげもなく話してくれるのである。



(男性ばかりが消える怪事件、か。どういった特徴の男たちがいなくなってるんだろう。現場は今のところ東京町じゃないみたいだけど、場合によればこれも私の所に回って来そうだな。まあ案件が増えるのなんて日常茶飯事だし)




と、そんなことを考えつつ会場を後にしようとした時。




「ふん、毎度毎度女を侍らせていいご身分だな、花梨崎 千理。高等部だけじゃ飽き足らず、大学部の女にまで手を出すとはな」




……そして、これまた日常茶飯事な厄介事にまたもや遭遇する。



(最近は東郷にも目を付けられてるのに。本当面倒くさいな)




厄介事とは私のこのような状況のこと。つまり、ハーレムな光景に食ってかかってくる輩が多少なりともいる、ということである。



東郷の嫌味な笑み顔が脳裏をぎり、思わず顔をしかめそうになったが、今 目前に立ち塞がっているのは、また別の男だ。



「弟が低俗で理衣子さんは本当に可哀想だ。こんな愚弟、俺がいつでも追い出してやるというのに……。なのに、何で、何だって彼女はあんな頼りなさげな優男が良いんだ!」




……いや。今回に限っては八つ当たりか。私が美しい女性たちを引き連れていることにではなく、姉の婚約に嫉妬しているのだ。



「それに、俺の方が絶対に彼女のことを幸せに出来るのに!」




花の侯爵家、目黒邸でもこんな大それた発言ができてしまうのは、この言葉を放った男の父親が目黒父より爵位が上だから、という何ともくだらない理由に尽きる。



「 "柴狐しばこさん" 、ここは学校じゃありません。そのような発言は控えて下さい」


「ああ?! なんだと!」




私に憂さ晴らしをぶつけてくるこの男は、柴狐しばこ 隆平りゅうへい。名前通りの狐顔で、身体はひょろりとしている。


姉と同級で、いつも取り巻きを四、五人引き連れ、威張り散らしながら校内を歩いている姿をたまに見かける。


同時に、私たちが聖華学習院に編入してきた時からずっと、懲りずに姉の尻を追い回しているストーカー男でもある。当然私も兄も、柴狐のことを良く思ってはいない。



何だか一悶着起きそうな気がしたので、私は令嬢たちを怖がらせないよう笑顔のまま、ここから離れるよう促す。すると……



「生意気なんだよ、ガキのくせに!」




突然、ご丁寧にも右頬にストレートパンチを食らわせてきた。うん、言わんこっちゃない。



「きゃあ! やめて……!」


「あなた、一体何のつもりなの?!」




令嬢たちの悲鳴が会場内と中庭双方に響く。けれないこともなかったが、紳士たる者、ここはえて受け止めるべし、である。



「病弱な色白男が出張った口を聞くな! ガキはとっとと家に帰りやがれ!」


「……館の外で話しましょうか。ここだと目黒さんに迷惑をかけてしまうので」


「ああ?! たかが侯爵の何が怖いって言うんだ!」




(うーん、なら堂々と姉さんを奪って見せたらどうなんだよ。って、それは無理か。目黒さん相手じゃ頭も拳も到底敵わないって分かってるから、いつも外野に当たるんだもんな。はあ、最近は面倒なことが多すぎる)




悪態と盛大なため息を心の中でつく。だが取り敢えずは、さらなる厄介事が生じる前にここを離れなければならない。目黒邸で殴り合いの喧嘩なんて、さすがに出来ない。


私は令嬢たちと館の入り口にいた門番を会場内へと押し込み、目黒邸の扉を閉めた。そして、



「私に八つ当たりしたいのならご自由にどうぞ。ま、そんなことをしても、姉はあなたのことなんて眼中にも入れないだろうけど」


「な、何だと……!」




私が中庭を通り抜けるようにして走り出すと、愚かな狐は顔を真っ赤に染め上げ、憤慨しながら追って来た。



(妖魔は私を見るとすぐに逃げ出すか怖がるけど、人間の場合は逆だな。普通の男に比べるとそんなに背が高いわけでも筋骨隆々でもないし、弱々しく見えるんだろうな。……まあ、当然なんだけど)




"あなただって、本当なら……"




姉の言葉が脳内を木霊する。



(本当なら、タキシードじゃなくドレスの方を着てたって? 全く想像出来ないけど)




"弟" だからこそ動きやすい。


だって、どこぞのご令嬢が夜な夜な家を抜け出していたら、それこそ売女だの痴女だの噂が立つというものだろう。


私が "男" だからこそ、義父の友人たちにも俺も若い頃は君のようにモテたうんたらや、夜の酒を覚えてこそ男たる者かんたらなんかで笑い飛ばされて済むのだ。



それに、この見目だって悪いことばかりではない。中性的な男を好む女性にはモテるし、何より病弱設定が使える。



(この仕事を請け負うようになってからは休学しがちだしね。妖鬼の事前調べが加わると、三日連チャンで休むことだってあるし。


でも、成績が下がると姉さんは心配するだろうし兄さんも怒ると思うから、合間合間に勉強はしてる。ちゃんと)




おかげで学年首位を二年近く保っている。とまあ、これはまた別の話である。



目黒邸の中庭門を飛び出した後、私はいくつかの人道を抜け、人気ひとけのない雑木林の中へと入って行った。


後ろをチラリと振り返ると、柴狐がまだ後を付いて来ていた。ここからだと彼が米粒ほどの大きさに見えるので、かなりの距離が空いていそうだが。



(なかなか頑張るじゃないか。それくらいには姉さんに本気ってことね)





私は雑木林の中奥で足を止めた。そしてその辺に落ちていた小枝なんかで地面をつついたり絵を描いたりして時間を潰す。


そうこうしてしばらくの間待っていると、やがて、ぜいぜいと息を切らし顔中から滝のような汗を流した柴狐がやって来た。



「お、おま、お前は、や、病に、伏せがち、なんじゃ、なか、なかった、のか……!」




彼はかなりの体力を消耗したようで、話すのもやっとという感じだ。そのため、顔色一つ変えていないであろう私へは、まるで化け物を見るかのような視線を向けてくる。



「ええ、身体が弱いのは本当です、ゴホゴホ」


「嘘つけ!」


「私は病弱、あなたは体力を失っているので、殴り合いではなく話し合いにしましょうか。


姉を慕って下さるのはありがたいですが、その弟に暴力を振るうのはいかがかと思いますよ」


「う、うるさいっ! ……俺が、俺が何も知らないと思うなよ……!」


「はあ」


「花梨崎 千理! お前、本当は理衣子さんの実の弟じゃないんだってな?」



「……はあ?」


「父上に聞いたのさ。お前が本当は、先代の "妾筋の子供" だってことをな。さらに言えば、現当主とは養子縁組すらもしていないんだって?」




私は顔色一つ変えていないつもりだったのだが、柴狐は私を見て勝ち誇ったような表情を向けてくる。



「図星みたいだな。つまりお前は花梨崎の人間でなく、あの家に仕える家僕に過ぎないってことだな!」





小枝は手中の中で、いつの間にかバラバラになっていた。

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