第5話 秘なる情報はパーティーの後で ①

「千理、本当に良いのよ? わたくしだってもう齢二十二の大人ですもの。一人で行けるわ」


「絶対駄目。そんなこと言って、この前も変な男たちに絡まれてたでしょ? どこぞの子爵邸でのパーティーで」


「あの時はわたくしも悪かったのよ。慣れないお酒を飲んで、少し酔ってしまっていたから」


「その酔った姉さん目当てに、介抱したがる助平男と当たり屋を装った痴漢男が一体何人群がって来たと思ってるの。あの時は兄さんもいたから二人でガン飛ばしまくって事なきを得たけど」




私はほんの少し、唇を尖らせて姉を見やった。



「とにかく、目黒家主催の今日のパーティーには私も同行するから。参加するのは大学部の人たちばかりみたいたけと、目黒さんにも来ていいって許可もらってるし」


「あらあら……」





本日、目黒の父である現侯爵当主が自邸にて立食パーティーを開くらしい。何でも、親が爵位持ちの子女同士が交流する場として設けられる会だと聞いた。



(目黒父よ。表向きは社交パーティ風を装ってるけど、正確には "若者向けの婚約披露会" でしょ? 姉さんと目黒さんの)




二人が結婚するのは、姉が大学部を卒業した後。つまり、あと数か月もすれば彼女は目黒の妻になる。だが、目黒父はそんな短い期間ですら、嫁を横から掻っ攫われないか心配しているのだろう。……でもまあ。それも無理はない。



「千理、タイが少し歪んでいるわ」




姉は慣れた手付きで私のループタイを綺麗に整えてくれる。



「ありがとう姉さん」


「うふふ、お安い御用よ」




おっとりとした性格の姉がクスクスと微笑んだ。



(うーん、まさに大和撫子)




姉は才色兼備な上、この上なく優しい心の持ち主で、おまけに料理の腕前もプロ並み。我が家の料理長にも引けを取らない。もちろん、家族のことだってとても大切にしてくれている。つまり、どこをとっても本当に完璧な人なのだ。



(だから当然、婚約者がいようが隙を狙おうとする男どもが後を絶たないんだよね)




目黒が例え、男版大和撫子のような人であったとしても、不穏な行動をしでかす輩はいるものだ。それは妖鬼に限らない。



「兄さんも行けたらよかったんだけど……」


「仕方ないわ。理一朗はしばらくの間、当主引き継ぎの件で忙しいでしょうし」


「兄さんにも、くれぐれも姉さんのことを頼むって言われてる」


「まあ、過保護な弟たちね」




姉はそう言って、私の頬を優しく撫でてくれる。



「それはそうと、今日の姉さんも最高に綺麗だよ! 桜色のマーメイドドレス、すごくよく似合ってる」


「ありがとう、千理こそ素敵よ? あなたは肌が雪のように白いから、黒いタキシードが良く映えるわ。……本当に、あなたは美しいわ」




姉は頬に手を添えたまま私のことを引き寄せ、額同士が触れるようにしてくる。



「千理はわたくしと理一朗の大切な……兄弟よ」


「ふふ、ありがとう姉さん。私だってそう思ってるよ」


「……あなただって、本当なら……」


「姉さん! 私のタキシード姿、似合ってるって言ってくれたでしょ? 今日も目黒さんに引き渡すまでは、私が姉さんをエスコートするからね。他の男が寄ってきても、「うちの姉に何か?」って無言の圧をかけとくから」




私はニコニコと笑みながら姉の言葉を遮った。



「さ、馬車に乗ろう。早く行かないとパーティーが始まるよ」




少し急くようにして馬車に乗り込んだ後は、家僕に合図をし馬を走らせていく。私は目黒邸に着くまでの間、馬車の中でも姉に相槌を打たせないほどに一人喋り続けたのだった。




------




(目黒さんの家はいつ来ても洗練されてるなぁ。屋敷の外観装飾も上品だし、中庭もよく手入れされてる。家も申し分ないけど、何より目黒さん自身がすこぶる良い男だからね。優しくて誠実で、でも話すとお茶目な所もあって。


うんうん、美男美女の本当にお似合いのカップルだ。安心して姉さんを送り出せるよ)




会場の中央で寄り添い合う姉と目黒の姿を視界に入れながら、私は満足げに頷いた。


姉を目黒へと引き渡した後は、私は適当なテーブルの前に立ち、適当に食事をしつつ、そしてパーティーに参加している人たちと、適度な会話を繰り広げていた。



「はぁぁ……理衣子さんも目黒様も本当に素敵だわ」


「千理さんは今日、理衣子様のお付き添いで参加されたの?」


「理衣子さんが本当に羨ましいわ! 申し分ない婚約者様がいらっしゃる上、こんなにも素敵な弟君たちにいつも守られているだなんて」


「理一朗様は今日はお越しになっていないのね? 残念〜!」


「ねえねえ千理さんは? その、年上の女性ってどうお思いになって?」




私はいつものごとく、色取りどりのドレスを身にまとった煌びやかな女性たちに取り囲まれている。



「おっしゃる通り、今日は姉の護衛役です。あと、皆さんもとてもお綺麗ですよ。姉にはあなた方のような見目麗しいご友人が多いので私もついつい会話に参加したくなります。それに年上の女性も好きですよ。私たちにはない大人の魅力があって、話にもとても趣があって」




で、彼女たちに柔い笑みを向けながらそう言葉を紡いだ。いつものごとくスラスラと。



「まあっ、千理さんたらお上手なんだから!」


「わたくしの好みは年上の男性だけれど、千理さんみたいな物腰柔らかな美少年なら大歓迎よ?」


「ねえねえ千理さん! 中庭に出てわたくしたちともう少しお話ししましょうよ!


お父様からお聞きした警察隊内のお話や爵位家の裏話ならわたくしにだって出来るわ。殿方はこういった難しいお話が好きでしょう?」


「ずるい! わたくしだって、最近近隣町で噂されている怪奇現象のお話なら知っていてよ!」




数人の美しい華族令嬢たちが、私の腕に絡みつきながらそのように言う。



「……へえ、それは興味深そうですね。是非お聞きしたいです」




私がそう言うと、彼女たちは黄色い歓声を上げながら中庭へと移動していく。もちろん、私も引っ張られていく。




「千理!」




会場中央にいる姉が私の状況に気付き、少しあたふたしながら声をかけてくる。



「姉さん、ちょっとご令嬢たちとお話ししてくるね。姉さんは目黒さんの側を離れないで」




姉に向かってひらりと手を振ると、彼女は少し眉を下げて心配そうに、そして彼女の横に立つ婚約者の目黒は苦笑しつつ、私のことを見据えていたのだった。





------





「……またあいつか」



「! 東郷、来ていたのかい」




会場にいる目黒の元へ、警察隊服に身を包んだ東郷が歩みを寄せて来る。



「遅くなってすまん。急な野暮用が入ってな。着替える間もなくこのまま来てしまった」


「それは別に構わないよ。それより、野暮用って? 何かあったのかい?」


「いや、大した件じゃない。少なくとも今日の主役がそんなことを気するな」




東郷が目黒と言葉を交わしていると、目黒の後ろから一人の女性が前へと進み出て来た。彼女は少し、顔を俯かせている。



「東郷様、ご無沙汰しております」


「……理衣子嬢、お久しぶりです」




東郷は少し眉を寄せながら理衣子を見やる。



「理衣子嬢。今日はこのパーティーに、貴女の末弟も来ているようですが」


「はい。頼りないわたくしのことを心配して付いてきてくれました」


「ほう? 貴女の護衛として来たのに、彼は今しがた他のご令嬢方と会場を後にしましたよ」


「……すみません。弟はわたくしの友人たちとも上手くお付き合いしてくれるものですから」


「そうですか? 俺には彼女たちを口説いているように見えましたが、気のせいですか?」



「……東郷、やめてくれ」




東郷と対面していた理衣子の前に、目黒が立った。



「理衣子さんを責めても仕方がないだろう?」


「花梨崎の者は何故、あの外れ者を野放しにする」


「東郷!」




いつも穏やかな目黒が少しばかり大きな声を出したので、会場に集まっていた者たちが皆、彼らのいる中央へと視線を向けてくる。



……だが。次の瞬間にはその野次馬もどきのまなこたちが、一斉に中庭へと集中することになった。





「きゃあ! やめて……!」


「あなた、一体何のつもりなの?!」




突然、女性たちの悲鳴が会場内に響いたからだ。


だが、その悲鳴よりも東郷たちに目を見開かせたのは、ある男によって頬を殴られ口元に血を滲ませている、千理の姿だった。


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