第4話 嫌敵手の男 ②

座学の終了後、私は友人らと共に空き教室にて目黒と対面していた。




「みんな、今日は講義に参加してくれてありがとう。千理君も久しいね。会うのは一月ぶりくらいかな?」


「ご無沙汰してます、目黒さん。こちらこそ、今日はためになるお話をありがとうございました。また家の方にも是非遊びに来て下さいね。姉も待ってますから」




そう言って、目黒にニコニコと笑みを向けた。両隣にいる新之助と孝太朗は、心なしか少し緊張しているように見えるが。


でも、無理もない。目黒は私たちより七つも年上な上、エリート警察隊員というお堅い職に就いている武人なのだから。



そんなこんなで、友人二人と共に目黒と他愛無い会話をしていたところ、



「みんなお待たせー! 兄上連れてきたよ!」




突如として、教室内に明るい悠真の声が広がった。



「悠真、遅かったね」


「ごめんねーっ。兄上が女生徒たちに囲まれて動けなくなっちゃっててさ。迎えに行って大正解!」


「……そっか、ご苦労様」




悠真の隣にいる東郷 総真をちらりと仰ぎ見たところ、やはり。彼は私のことを睨めていた。



(……うーん、面倒くさいことになりそう。そのまま女生徒たちに囲まれておいて欲しかったな)




そんなことを思っていると、目黒が急に時計を気にし出す。



「ごめん、私はそろそろ署の方に戻るね。昨日のレポートを上に提出しなければいけないんだ」


「すまん、目黒」


「お安いご用。といっても、前回と前々回は東郷が処理してくれてるしね。今回は私が引き受けるよ」


「……"奴" についての我々の見解も伝えてくれ」


「もちろん」




目黒は私たちに手を振りながら颯爽と教室を出て行った。……この人たちが妖鬼討伐部隊に配属されて、警察隊はさぞや仕事の巡りが早くなっただろうなと思う。



「じゃ、新之助、孝太朗、僕たちもお暇しよっか」




すると目黒の後ろ姿を見送ったまま、何故だか突然、悠真がそんなことを言い出した。



「へっ? ちょっと悠真、どういうこと?」


「……ごめん千理」




悠真の腕を掴みこちら側へと引き寄せた。私と彼は再びヒソヒソ声で話し合う。



「兄上が千理に、二人だけで話したいことがあるって言うから」


「…………」




話したいこと? 初対面で?

眉を寄せ、いぶかしげな表情でもう一度東郷を見やる。



……ふむ。やはりどう見ても、彼の方も友好的な面持ちをこちらへ向けてはいない。話したいことなんてどう考えても "説教" だろう、と声を大にして言いたい。




「お前が目黒の婚約者、理衣子嬢の弟か」


「……どうも、初めまして」


「"花梨崎弟" の評判は悠真からも聞いているぞ。勉学、抜刀講座共に高等部編入時からずっと学年首位だそうだな」


「はあ、恐縮です」


「だが、それに反して生活面はすこぶるおろそかだということもな」


「…………」




ほら、案の定。私は悠真をじとりと見る。すると、彼は自身の顔前で目をぎゅっと瞑りながら合掌し、「ごめん」と合図してくる。



「悠真。新之助と孝太朗を連れて先に帰れ。花梨崎弟は俺が家まで送って行く」 


「……分かったよ、兄上」




悠真は再度、申し訳なさそうに私へと手を合わせた後、こちらをチラチラと気にしながらも新之助と孝太朗を連れて教室から出て行ってしまった。


彼らが出て行った後、しばらくの間は沈黙が漂った。



(えっと。どうすればいいの、これ。気まずすぎるんだけど……)


「さて、花梨崎弟」




だが、心の声ではなく現実の声を先に聞かせてきたのは東郷の方だった。



「改めて自己紹介する。俺は悠真の兄、東郷 総真だ」


「……花梨崎 千理です」


「よく学校を休んでいると聞いているが、身体が弱いのか? 今日の顔色はすこぶる良く見えるが」


「ご心配どうも。昔から季節の節目節目に風邪を引きやすくて。よく父にも軟弱な奴だと呆れられています」


「そういえば、お前の父親が花梨崎家の当主を近々辞任すると目黒から聞いた」


「父は早々に隠居するのが夢だったようで。来年には兄の理一朗が成人しますので、その流れのまま彼が当主になる予定です」


「そうか。ならお前は当主の弟として、今後は華族会議に出席せねばならんな」


「えっと、申し訳ないのですがそれは辞退するつもりです。東郷さんの推測通り、私は生まれつき身体が強い方ではないので。万一会議の席で倒れてしまったら皆様にもご迷惑がかかりますから」


「……お前たち花梨崎一家は確か二年前に、この東京町へと越してきたのだったな」


「ええ。というか、赴任先から戻って来た感じになりますけど。それが何か?」


「それまでは京都町の方に住んでいたと聞いている。こちらの空気は合わなかったか? 目の下にクマが出来ているが、夜も眠れぬほどの悩みを抱えているのであれば、俺が聞こう」


「……いえいえ、ご心配には及びません」


「心配に及ばないのは、お前に秘密があるからではないのか? 体調が優れなくなるようなことを、夜間にしているとかな」




一瞬心臓が跳ねたが、この問に対する "正解" はこちらだ。



「ええっと。私のことは悠真から色々とお聞きになったんですよね? 確かに、私は女の子大好きですが、誰も夜に誘ったりなんかしてませんよ。夜中の相引きなんて、相手の親にバレたら殺されそうですし」




私は笑顔でこう答えておいた。



「そうか。ならば酒場の方か?」




……おお。まだ食らいつくのかこの人は。



「あはは、なかなか踏み込んできますね。酒は好きですが、これも夜中に飲み歩いたりはしません。強いて言えば、昼間に軽く一杯やるくらいですかね」


「お前は未成年だろう」


「未成年ですが、酒を飲んではいけないという法律はありませんので」


「なるほど。だが仮にもお前は名門、華族公爵家、花梨崎一族の第二後継者だろう? 良くない噂が世間に伝われば家名に傷が付くぞ」


「それもお気遣いなく。我が家は姉兄が優秀なので弟が少々アレでも問題ありません」




私はここまでは、敢えて笑顔を崩さずにいた。目前にいる男が、次の言葉を言わなければ。



「ほう。一族の名に傷が付くことにも無頓着な上、私生活をおそろかにする家人など、俺なら言語道断で締め上げるがな。お前の家族はそれすら放置しているのか。


ならば、花梨崎一族自体の品格を疑われても仕方がないことだ」




私は東郷に向けている笑みのうち、目だけを普通に戻した。



「私の品格どうこうと家族は何も関係ありませんが」


「大いにあるだろう。お前の父も姉兄もお前のことを甘やかし過ぎている、もしくは興味がないかの二択だ」




弧を描く口元を一文字に戻しそうになったが、耐える。



「もう一度言います。私の素行と家族の品格は関係ない。家人を見下す発言はやめていただきたい」


「ならお前自身が変わることだ」




東郷はそれだけ言うと、くるりと踵を返した。そしておもてだけをこちらへと向け、



「話は以上だ。帰るぞ」



と促してきた。 



…………はあ? 

何とか笑みを残していた口元も、ついには歪み出した。



「一人で帰れます。私だってもうよわい十七の男なので。


……毎度毎度、たった一人の妖退治屋なんかに出し抜かれてる情けない大人に、説教なんて食らいたくないですね、正直」




教室の端まで歩いた後、私は窓を開けてそこから飛び降りた。もちろん、スポーツも学年首位なので校舎の二階から飛ぶことくらい何でもない。着地もお手のものである。


今は放課後なので、飛び降りた先には人っこ一人いなかった。私はスタスタと校門の方へと足を進めて行く。



上方からは、「馬鹿者! 危ないだろう……!」という、お怒りの声が降ってくるが無視である。「ふんっ」と鼻を鳴らし、そのまま家に帰ってやったのだった。




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(東郷 総真、すっごく苦手だ。……いや、苦手を通り越して、大嫌い、だな。うん)




獣人型妖魔を無事に討伐した私は、再び花梨崎家の屋敷へと帰ってきていた。日の出はまだだが、外はうっすらと夜が明け始めている。



(何も知らない赤の他人が私たちのことを野次るなよ)




だいぶと腹を立てていたので、廊下を歩く足音がうっかり屋敷中に響いてしまいそうになる。



(おっと、いけないいけない。姉さんも兄さんも、まだ就寝中だ)




何とか冷静さを取り戻した後、私はとある部屋の前で立ち止まり、ノックした。



「千理です」


「入りなさい」




いつものごとく、その清涼な声に導かれるよう素早く部屋の中へと入ると、私はとある人物の前でひざまずいた。


 

「此度の清掃も無事、完了しました」


「ご苦労だったね。本日の報告を手短に聞いた後は次の任務についても相談したい」



「承知しました、"義父とうさん"。……いえ、我があるじ





実は、私ことカゲロウに妖鬼討伐の命を下しているのは、花梨崎家の現当主。


即ち、 "義姉兄" の実父に当たる人物である。

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