第2話 妖退治屋 ②


暦は仏滅、時刻は丑三つ時。

現在、私はとある山道を突き進んでいる。



あるじが言うには、確かこの辺りに妖の根城があるはずなんだけど……)




人道ではない道なき道を進むこと、早小一時間。だが、一向にその場所が見つからない。



(仕方がない、今日は "アレ" を使おうか)




私は腰に下げた皮袋から小さな小瓶を一つ、取り出した。中には澱みのない、真っ赤な液体が入っている。


私は小瓶の蓋を開けた後、その場に腰を落として液体を地へと垂らしていく。液体はサラリとしているため、すぐに土の中へと溶け込んでいった。



(妖魔は動物並に嗅覚が効くって言うからね。これで出てきてくれるといいけど)




 空になった小瓶を再び皮袋へと戻した後、私は立ち上がって辺りを見渡した。すると……



『ニンゲンの血だ……』

『ニンゲンの……男? "どっち" だ?』

『どっちでもいい。美味そうだ』




暗闇の中から、いくつものしわがれた声が聞こえてきた。



(来た来た、良かった)




私はいつものように彼らが近寄ってくるのをじっと待つ。すると突然、地面が土埃を上げるほどに揺れ出した。



『殺せ!』

『血肉を喰らえ!』




はっきりとした声が聞こえてきたのは足元から。私は近くにあった、比較的太めな木枝へと飛び登る。すると次の瞬間、辺り一帯の地中から妖魔たちが次々と姿を現した。



(なるほど、根城は地面の中だったんだ。どうりで見つからないわけだ)




私は両腰に下げていた短剣を二本取り出す。確認した所、今回の妖魔らは獣人型のようだ。



『?! こいつは血のぬしとは別人だ!』

『このニンゲンからは、全然 美味うまそうじゃない匂いがする……!』




「……うん。そのセリフ、一昨日も聞いたよ」




短剣を両手でしっかりと握り直した後、私は地に向かって勢いよく飛び降りる。



右手を一振りすれば十体分の血飛沫ちしぶきが宙を舞い、左手を一突きすればとお屍山しかばねやまが出来上がる。対戦する妖魔の数にもよるが、屍百鬼夜行を作るのに実は五分とかからないのだ。



軽く百体以上を切り付けたため、辺り一面は当然、妖魔たちの血の海が出来上がっている。私自身は黒装束に身を包んでいるため、それほど返り血が目立つわけではないが。



『ば、化け物だ……!』


『くそっ、"陰花いんか" の人間の血を使って我らをおびき寄せるなど、なんと卑劣な "陽土ようど" なのだ!』


『こいつの "霊力" は尋常じゃない。今までに出会ったどの人間よりも濃い……!』


『何てことだ。この者の霊力を嗅ぐ度、重度の嘔気おうきに襲われる!』




「……今日もひどい言われようだね。まあ、もう口を塞ぐから別にいいけど」




苦笑しつつそう言うと、妖魔たちは悲痛な叫び声を上げながら散り散りに逃げて行く。



「悪いけど、主に一匹残らず始末してこいって言われてるんだ。お前たちに恨みはないけど、"陰花" の人間を喰おうとするのは見過ごせない」




私は地を蹴って山道を駆け抜け、もう一度妖魔の残骸らに双剣を振りかざしていく。



「次に生まれ変わる時は、私の主人に目を付けられないといいね」




一体も残さずに切り付けた後で、地へと横たわる妖魔たちにはそう言葉をかけておいた。もう聞こえてはいないだろうけれど。


私は山中に仕上がった屍百鬼夜行をぐるりと見渡し、妖魔の詳細な姿形やあれこれを素早く確認する。さて。本日の任務もこれにて終了である。



(よし、帰ろう)




私は剣に付いた血を服で拭うと、それを腰に下げている鞘へと収めた。そして麓へと続く、元来た道なき道を再び歩き出そうとした。……だが。




「おい見ろ! 屍百鬼夜行だ!」




いくつもの上等そうな革靴が山道を踏む音が、こちらへと近付いてきたことに気付く。



(……最近の警察隊は本当に来るのが早いな。事後詳細確認の尺を巻かないといけなくなったのはあんたらのせいだよ、全く)




私は近くの木影へと身を隠す。前方より姿を現したのはやはり。軽く五十を超える妖鬼討伐部隊の警察隊員たちだった。



「またカゲロウの仕業か……! 奴はまだ近くにいるのか?!」


「この山に獣人妖魔の根城があるという機密報告が上がったのは昨日の昼だぞ。なのに奴は何故、もうすでにその情報を知っていたんだ!」


「カゲロウは隠密組織か何かの一員か? 奴は妖退治と同時に警察内部にも入り込んでいるというのか?」




現場に着くなり口々にそう言う警察隊員たちに、私は少々ゲンナリする。



(おいおい、おしゃべりしてる暇なんてないでしょ。夜明けまで後二時間ほどしかないのに。あんたらが今すべきことは妖魔の死骸を片付けることだよ。余計な詮索してないで早く仕事しなよ)




毎度毎度繰り返される警察隊員たちの言葉と態度に少々ウンザリしていたので、こちらも少し、心の中で悪態をついた。




「東郷副官! 貴殿はどうお考えになりますか?」




すると、カゲロウ会話を繰り広げていた隊員の一人が、とある人物へとそう問いかける。



(……うげ。来てるのか)




その名前が出た途端、私は呆れ顔を嫌悪顔へと瞬時に変化させてしまった。



私は木陰に身を潜めつつも、ゆっくりと足を後退させて行く。すると、まるでそれに合わせるかのように、警察隊員の中から "あの男" が前進してくる。



「そうだな、俺の見解はこうだ。カゲロウは神出鬼没、あるいは人が害を受けやすい場に率先して現れ妖鬼を討伐している、とは正直思っていない。


何故なら、昨日今日もいつものごとく街の方にも妖が現れていたというのに、カゲロウは今回、人的被害がそれほどない山中のみの討伐を行っている。


やはり、奴は全民を守る善人ではなく、何か別の目的があって動いている可能性が高い」




彼はそう言って、山道に横たわる妖魔の屍たちを見据えていた。




(弟の悠真は人懐っこいけど、兄貴の方は本当に、本っ当に……。私のことを土足で踏みつけるのが好きな男だな。これで "二回目" だ)




私の半眼に映っているのは、友人の兄であり姉の婚約者の同僚でもある、東郷 総真。




……実は私。ほんの半日前に、この男のことが心底大苦手になっていたのだ。

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