第1話 妖退治屋 ①



「お前はなんて、なんて心底馬鹿なヤツなんだ……! お前みたいな弟がいて俺は本当に恥ずかしい!」


「落ち着きなさいな。"千理せんり" だって悪気があったわけではないんだから……」


「姉さんは千理に甘すぎるんだ! 今ちゃんと正しておかないと、こいつはこの先もどんどん付け入って、とんでもない罪人になるかもしれないだろう?!」


「まあ、罪人だなんて。滅多なことを口にしてはいけないわ」





「ああ、もう。ごめんって。全部、ぜーんぶ私が悪かったから。理一朗兄さんが怒るのも分かる。理衣子姉さんが優しすぎるのもよーく知ってる」




"千理せんり" こと私は、いつものようにニコニコと笑いながら、適当にそう言葉を並べておいた。



「お前はまたこの後に及んで……! 何でこうやって正座させられてるか分かってるのか?!」




すると案の定、これまたいつもと同様、兄から大層厳しいお言葉が返ってきた。


姉兄の間に正座させられてから、もう彼此かれこれ三十分ほどが経過している。馬車の座席上でそうしているので実は結構尻と足が辛い。



「ちゃんと分かってるよ。良家の子息らに女の子の口説き方を伝授したからでしょ?」



「〜〜くそっ、悪びれもなくあっさり認めやがって! お前のせいで、我が花梨崎かりさき家は女にだらしがない悪癖一族だと思われてしまっただろうが!」


「だらしがないかは別として、女の子に優しく紳士に接するのは男として当たり前のことだと思うよ」


「はん、いけしゃあしゃあと! 千理、お前が万一結婚詐欺師にでもなったらこの兄が許さないからな!」


「えっ、私ってそんなに信用ない感じ? まさか、姉さんもそう思ってたりする?」




私は少しあざとく、気分だけは上目遣いに姉へと視線を向けた。



「千理のことはもちろん信頼しているわ。女の子には優しくして欲しいし。でも、たくさんの子に気を持たせてしまうと後であなたが大変よ?」




すると、姉はくすくすと微笑みながらそう言葉を返してくる。うん、やはり彼女は私にとても甘い。私はニヤリと兄の方を見やった。



「気を付けるよ、姉さん。兄さんもほら、少しは私を見習って女の子たちに優しくしなよ」


「アホか! お前のせいで俺は振られたんだぞ?! 俺までお前と同じ、色々な女をはべらせてるタラシだと思われて!」


「あはは。じゃあ兄さんはそちらのご令嬢にもとから信頼されてなかったんだよ。もし兄さん自身をちゃんと見てたなら、そんな人じゃないことくらいすぐに分かるでしょ?」




兄はぐうの音も出ない、といった具合に押し黙ってしまった。



(あの女はやめておいた方がいい。兄さんの他に、私が知ってる限りじゃ あと二人は別に男がいるしね)




表面上はニシシと笑っているが、心の中では兄を振った女に、けっと唾を吐き捨ててやる。



「ま、でもその分、姉さんの方は安心だよ。目黒さんは容姿端麗、文武両道の良い男だし、家柄も性格も問題ないしね。目下のホクロもチャームポイントだし」


「でも……ゆずるさんとの婚約はお父様同士がお決めになったことだし……。譲さんはわたくしが相手でご不満かもしれないわ」


「何言ってんの。私、姉さんみたいな良い女は今まで見たことがないよ? 美人で優しくて、その上料理も上手いだなんて。目黒さんはほんと、幸運な人だよ。私も姉さんみたいな女の子と結婚したい」


「……お前は本っ当にシスコン野郎だな! 昔から!」


「妬かない妬かない。私は兄さんのことも大好きなんだから」




私はそう言って、少し困ったように、だがとても上品に微笑む姉と、ちょっぴり照れながらも、フン!っと鼻息を鳴らし、少し腹を立てている風を装っている兄を、それぞれ交互に見やった。




「坊ちゃん方、そろそろ学校に着きますよ」




外から家僕の声が聞こえたため、私たちはいそいそと降りる準備をする。するとまもなく馬車が止まったので、私はいつものように一番先に降車し、姉に手を差し出した。



「袴、引っかけないように気を付けて姉さん」


「ええ、ありがとう千理」


「ううん。あ、兄さんも手、貸そうか?」


「い、ら、ね、え!」




馬車を降りれば雪のごとく冷たい風が肌をなぞってくる。私は白息しろいきを一吐きした後、姉の手を引き少し前を歩いていた兄の横へと並んだ。




「学習院名物、花梨崎三姉弟だ……!」


「お三方とも本当に麗しい」


「理一朗様と千理さんは今日も凛々しくていらっしゃるわ」


「理衣子さんはなんて可憐なんだ!」




私たちが通うこの "聖華学習院" は、東京町にある私立の名門校。良家の子息、令嬢ばかりが所属している。


しかも、この時代には珍しい男女共学校であり、さらには学習体系も変わっている。


ざっくり言うと、子女たちは六歳になると六年制の小等部に入学し、その後三年間は中等部、さらに後三年間を高等部で過ごす。高等部を卒業すれば、大抵の者たちはそのままエスカレーター式に学習院の大学部へと進学しさらに四年を過ごすのだ。


ちなみに私は、高等部に入学してから早二年が過ぎようとしている。そのため毎朝野次馬に囲まれながら登校することにも、既に慣れてしまっているのだった。



私は女の子たちには笑顔を向け、会釈する。すると今日も、周りからはとびきり黄色い歓声が湧き起こる。



「千理さんは相変わらずお優しいわ」


「雪のように白い肌、長いおぐしは漆黒のごとく。その上とびきりの美少年だなんて、なんて罪深い殿方なのかしら」


「兄の理一朗様は男らしい見目をしていらっしゃるけれど、弟の千理さんはどちらかと言えば中性的な美しさをお持ちよね。でも、そこが魅力的というか」




女の子たちは可愛らしい。好意を持ってくれていることに、こちらも気分を害したりしない。



「千理、おっはよーっ!」


「けっ! 今日も朝からモテやがって」


「おはよう千理。今日もすごい歓声だな」




そしてこちらも然り。



「千理がアドバイスしてくれた方法で女の子を観劇に誘ったらオッケーもらえちゃった!」




先程兄が嘆いていた内容の通り。私の学友、もとい悪友三人衆が出迎えに来てくれたようだ。



「じゃあね、姉さん、兄さん。大学での授業、頑張ってね」




私は姉の手を兄に託し、友人たちの元へと歩いて行く。



「それはこちらのセリフだ! しっかり、しーっかり勉学に励んでこい!」


「千理、また放課後ね。お友達と仲良くね」




私は振り返って姉兄に手を振った。彼らの過保護は昔からだ。



「じゃ、私たちも真面目に授業受けに行こう」



「はっ、よっく言うぜ! お前学校来たの三日ぶりだろ?」


「千理、最近本当によく体調崩すよね。大丈夫なの? ノートなら僕たちが見せてあげるから、そっちの心配は無用だよ!」


「悠真の言う通りだ。もし今日も身体が辛くなったらすぐ私たちに言ってくれ。保健室に連れて行く」


「いやいや、こいつはノートなんか取らなくても大丈夫だろ。高等部に編入してきた時から今までずっと、万年学年首位様なんだからな。顔色もいいし何も問題ないはずだぜ」



「悠真、孝太朗、ありがとね。あと、新之助は素直じゃないなぁ。私が休みの間うちに何度もお見舞いの電話くれてたの、お手伝いさんから聞いてるよ」




「う、うるせっ」と顔を真っ赤にしている友人を三人で揶揄いつつ、私たちは教室へと向かう。



確かに最近、私は学校を休みがちだ。でもそれは、決して体調が悪いからではない。



「あ、ねえねえ。そう言えばさ、昨日また大通りに『カゲロウ』が出たみたいだよ。


兄上たちが駆けつけた頃にはもう、いつものようにしかばね百鬼夜行が出来上がってたって!」


悠真ゆうまの兄さんって、確か警察隊員だったよな?」


「そうなんだ。妖魔や鬼の討伐は警察隊の仕事なのにいっつもカゲロウに先を越されちゃうもんだから、別の意味でゲンナリしてるよ」


「でも、警察隊の代わりに妖鬼たちを退治してくれてるのだから、カゲロウは人間の味方だろう?」


「そうなんだけどね。警察隊は仕事取られてあんまり面白くないみたいだよ!」




私は顔に笑みを浮かべたまま、三人の会話を黙って聞いていた。



「ね、千理はどう思う?」


「ん?」


「ほら、今話した内容について!」


「えっと、警察隊の人たちのこと?」


「違う違う! あやかし退治屋、カゲロウのこと!」


「ああ、そっち? うーん、妖鬼たちを倒して人に危害が及ばないようにしてくれてるなら有難い話だなって思うよ」


「けっ。その英雄ヒーローが万一抜群に良い男とかなら、ほんっと癪以外の何ものでもねーけどな!」


「新之助も良い男だって。妬かない妬かない」


「男とは限らない。誰もカゲロウの真の姿を見たことがないのだから」



「……なるほど、孝太朗の言うことも一理あるね」




だが意見を求められてしまったので、私は彼らへ順に返答していく。すると、友人たちがさらに真剣な表情で言葉を繋いできた。



「でもさ、兄上がカゲロウにはなーんか裏がありそうって言うんだよ。ほら、いっつも黒ずくめで姿隠してるし、妖退治だって街の人たちに全然気付かせないまま終わらせちゃうじゃない?


人間の味方なら何で正体を隠す必要があるんだろ? それと、どうやって音も立てずに屍百鬼夜行なんか作っちゃうのかな」


「確かにそうだよな。こっちの味方なら堂々としてりゃいいのに。何か正体を知られたくない事情でもあるのか?」


「音が立たない、つまり民らに所業を一切気付かせないというのは、百鬼夜行なるものを一瞬にして片付けてしまうからではないか? 妖が叫びわめく前に刀で切り付け終わっているとか」




私は両手のひらを後頭部へと回す。



「へえ。それなら、そのカゲロウって人自身が、まるで妖鬼みたいだね。正体を知られたくないのは自分も討伐対象だから、瞬時に倒せるのは弱点を知り尽くしてるから、ってね。


あと、万一その正体がか弱い妖の女の子とかなら、警察隊は頭を抱えそうだな。大勢のイカつい男たちがたった一人の女子おなごに毎度毎度先を越されてるだなんて」




ついでに奴が、人間の男ではない可能性をさりげなく匂わせておく。



「えーっ! じゃあカゲロウって、もしかして人外の女の子なのかな?!」


「それもアリだな。正体は女狐、女天狗、あるいは鬼女あたりってか?」


「同種狩りの目的は権力誇示、妖鬼の長になるためなどだろうか?」




友人たちはノリが良い。ノリが良すぎて、大変助かる。




「あ! そういえば今日さ、兄上が目黒さんと一緒に学習院に来るって言ってた。座学の特別講師として。最近は本当、人が妖鬼たちに襲われる事件が後を絶たないから、学生たちに安全指導をするんだって。今思い出した!」



「うげっ、まーた女子生徒らのキンキン声が校内に響くじゃねーか! ただでさえ朝から花梨崎三姉弟に向けてのソレをくらってんのに」


「総真さんと目黒さんは学習院の卒業生な上、大日本国警察隊・妖鬼討伐部隊の隊員だからな。この部隊は警察隊の中でもエリート揃いだと聞くし」



「ふふっ! 兄上ってめちゃくちゃ堅物だけどすっごく面倒見良くて頼りになる人だからね。


新之助と孝太朗は何度か兄上と会ってるけど、高等部から編入してきた千理はまだ話したこともないでしょ? あとで紹介するね!」




……が。たまに有難迷惑ありがためいわくな方へと話が進んでしまうこともある。



(うーん悠真よ……カゲロウを人外の女説に仕立て上げたところまでは、100点満点だったんだけどな)




姉の婚約者、目黒めぐろ ゆずると……悠真の兄、東郷とうごう 総真そうま



この二人が噂の妖鬼討伐部隊配属になってから、警察隊は本当に仕事が早くなった。現場に駆け付けて来るのも、事後処理も。


うっかり "後ろ姿" を目撃されてしまうくらいに。



(目黒さんは仕方がないとしても、これ以上警察隊員の知り合いはいらないんだけどな。身バレしたら面倒くさいことが多すぎる。……正直、国民の皆さん全員を守りたくて "妖狩り" をしてるわけじゃないし)




私は表面上ではニコニコと笑顔を保ちつつも、心内では小さく息をついた。




私こと花梨崎 千理が、『カゲロウ』と呼ばれるようになって、早一年。


今夜も私は、とある山に巣食う妖魔狩りの命を、"あるじ" から受けている。

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