第2話 祐雅の提案
「ぐわあぁ~、終わった、終わった!」
「結局寝てくれたわね、
授業が終わり、先生が退室したのを見計らったかのように、祐雅が大きく伸びをした。
開始一分で爆睡し始めたのには気付いていたが、放置。
これで成績がアレなら笑ってやるのに、こんなんで学年一・二を争う秀才だってんだから、腹立たしい限りだ。
「起こさねぇでくれて助かったぜ、
「そーですか。代わりにあんた後で職員室行きよ。藤野先生がこれ置いて行ったわ」
と、ストレッチするように腕を伸ばした祐雅は、欠伸で潤んだ瞳をこちらに向けて言った。
はははと笑って、使ってもいないタブレットをしまう祐雅は呑気なものだが、そんな彼に私は小さな四角いチップを手渡す。
「ゲッ……」
このチップは、先生から生徒への連絡に使っているもので、タブレットや、脳に直接接続するウェアラブル端末・ラルムを使うことで表示される。
祐雅は、耳元に付けていたウェアラブル端末の挿入口にそれを差し込んだ途端、「…まじか」などと呟いていたが、自業自得だ。
脳を
だが、生活指導担当教諭の前で堂々と寝てたわけだし、怒られはするんだろうな。
嫌そうに顔をしかめる祐雅を置き去りに、私は
「――じゃあ私、部室に顔出してくるね。教室で待ってて!」
年に一度あるかないかの先生による授業は、あっという間に感じた。
大嫌いなプログラミングも、先生の口から語られると、なんだか学校で授業を受けているって感じがして、いいものだ。
そんな風に思っているのは私だけかも知れないけれど、漫画や小説で見た憧れの学園生活を送っている気分になる。
部活に向かった小恋音と別れ、ひとり感傷に浸りながら、私は教室で彼女が戻って来るのを待った。
放課後の教室はガラリとしていて、誰もいない。
遠くから、校庭で部活に勤しむ運動部連中の掛け声が聞こえてくる……。
(この学校に美術部があったら、私も部活したのになぁ……。AIイラスト部なんて入りたくないし……。むむぅ。お絵描きしてよっと)
四月の夕陽が差し込む教室の天井を見上げ、私は大きく息を吐いた。
「……」
「なーにやってんだ? 未桜!」
それから、どれだけの時間が経ったろう。
気付くと夕日はだいぶ落ち、辺りは菫色に染まっている。
一度没頭始めると、回りが見えなくなるのは悪い癖だと自覚しているけれど、教室の入り口に立ち、声を掛けてきた祐雅に、私は目を瞬いた。
「祐雅……」
部活をしていない彼がまだいることに驚いて時計を見遣ると、時刻は午後六時を差していた。
もしかして、ずっと叱られていたのだろうか?
「怒られ終わったの?」
「まぁな……。あのハゲオヤジの説教は堪えるなー。で、お前はなにやってんだ? とっくに帰ってるのかと思ったぞ?」
「私は、小恋音の部活が終わるまで、
気だるげな様子でのんびりと席に着き、横目でこちらを見つめる祐雅に、私はノートを持ち上げて言った。
私のお絵描き趣味は祐雅も知っていることだから、変に隠す意味はない。
そう思って言うと、彼はいつもと変わらない調子で、
「はーん。お前、まだ諦めねぇんだな」
「うっさい、放って……」
「ま、俺はお前の絵、かわいくて好きだけど」
「えっ……。あ、そう……?」
突然そんなことを言うもんだから、驚いてしまった。
不覚にも告られたのかと思った。
あ、一応言っておくけれど、祐雅とは今のところ、そういう関係ではない。
正直に言うと、お互いなんとなく察してはいるんだけど、今はまだ、幼馴染みのほうが心地よくて……。
「つーか、そんなに自分で描くのが好きなら、お前も
なんてことはさておき、祐雅は荷物をリュックに詰めながらなおも言った。
平然とした調子で、叶えられる可能性があるみたいに言っているけれど、イラストはAIが描くものだと認識されて久しいこの世界で、それはただの妄想だ。
受け入れられるわけがない。
「それは…無理だよ。化石頭もいいとこだって
「いいじゃん。いつかそれで、嗤ったやつらを見返してやりゃあいいんだよ」
「……!」
「今までだって人間は色んな“無理”を乗り越えてきた。AIの操り人形と化した今の世界だってブッ壊せるはずだ」
真正面から私を見つめ、祐雅は嫌に熱を込めた口調で言った。
彼の黒い瞳は真剣そのもので、冗談とは思えない。
だが、幼いころの夢を語るような、突拍子のない言葉に、私はつい笑うと
「ふふ、なにそれ。この世界に喧嘩でも売る気?」
すると、祐雅は真面目な顔でこう言うんだ。
「ああ。俺は世界を変えて行きたい。だからお前も一緒に――」
――ガラッ!
「未桜~、お待たせ~! 一緒に帰、ろ……?」
似合わないことを言っていた代償だろうか。
彼の言葉は最後まで続くことなく途切れてしまった。
その代わり教室に顔を出したのは、部活を終えたらしい小恋音。
彼女は私と、微妙な顔をする祐雅を交互に見つめ、何かを察したように呟く。
「あれ、ちょっと待って。私、なんかいいとこ邪魔した?」
「いや、別に。大した話はしてねぇし。俺も帰るわ」
口もとに手を当て、わざとらしく言う小恋音に、祐雅は調子狂ったような様子で頭を掻いた。
小恋音もまた、私たちの心情を何となく分かっているのか、こちらを見る瞳は楽しそうだ。
「……祐雅。ありがとう」
「ああ」
リュックを背負い、もそもそ何かを言いながら、振り返ることなく去っていく彼の背中に、私は小さく囁いた。
世界を変えて行きたい。
力強く夢を語る姿は、祐雅のくせに、ちょつと、かっこよくて。
不覚にも心を動かされている自分に驚きながら、私は姿が見えなくなるまで彼の背を見送った。
「なんの話してたの?」
「……内緒」
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