第1話 絶滅危惧種

「世界最後の漫画家」

 そう呼ばれた少女漫画家がいる。


 名前は、廣門ひろとさき

 生涯を漫画に捧げ、最期まで自ら作画することを貫いた……私の曾祖母だ。


 子供のころ、曾祖母は昔のことをよく聞かせてくれた。様々な絵柄・塗り方を有した個性豊かで素敵なイラストたち。

 この絵柄は好き、こっちはちょっと苦手、これパースがズレてるかも、なんて言い合って、たくさんの絵が溢れていたと言う。

 そんな曾祖母の影響もあって、私は、小さいころから自分で描くイラスト、というものに親しみがあった。

 正直、今時自分で描くなんて、絶滅した概念だ。誰の理解も得られないのは……分かっている……。


 でも……。


「まーた学校にノートなんて持ってきて、未桜みおってほんと、変わってるよね」

「……!」

 理解なんてなくたって、好きなものを描いていたい。

 そう思っていつものように教室でイラストを描いていると、不意に頭上から、いつもの声が聞こえてきた。

 五百森いつもり小恋音ここね――幼稚園からずっと一緒の幼馴染みだ。

 人生の選択肢にさえ、AIが干渉してくるこの世界では、個人の学力をAIが判断し、自動的に進学先が決まる。


 高校までの就学義務化により、受験なんてものは物語の中だけのファンタジーに変わり、私たちはAIの判断に従い、ここ都立 ゆずりは高等学校に進学した二年生だ。

 学力の違いによっては、小学校で分かれてしまった友達もたくさんいるから、ここまで一緒にいるなんて、逆に珍しい存在なのかもしれないな。

「小恋音~。も~、いいの! 好きでやってるんだから!」

「ふふふ、はいはい。でも、もうすぐ授業も始まるし、しまったら?」

「あー、そっか。今日は珍しく先生が授業するんだっけ……」

 そう言って笑う小恋音の言葉に、大きくため息を吐いた私は、開いていたイラストノートをしまうと、机の中からタブレットを取り出した。


 前世紀頃までは“教科書”という教材を使って授業が行われていたと聞くけれど、今では入学時に配られたこのタブレットが教科書でありノートだった。

 毎日何冊もの教科書とノートを持って学校に行くなんて、昔の人は大変だったんだろうから、その点だけは許容してもいいかな……なんて。


 そんなことはさておき。

 そもそも私たちが受ける授業は、教室前方のスクリーンを使って行われる、AIによる冒頭十五分の合同授業と、学力に応じた課題を、タブレットを使ってこなす三十分の個人授業で構成されている。

 時々AIがバグったりメンテが入ると、先生が出てきて合同授業をしてくれるけれど、そんな日は滅多にない。

 だけど今日はその“滅多にない日”なのだ。


「ま、私は日本史大好きだから、先生の授業でもいっか。……でも、先生授業だと祐雅こいつが寝るのがネックなのよね……」

「クラは寝るわよ。いつもは五分以上手が止まっていると、監視カメラに搭載されたAIがアラームを出すけれど、今日はそれも不具合が出ているみたいだし」

 チャイムが鳴るまであと一分に迫る中、今日の授業についておしゃべりをしていた私たちは、おもむろに隣の席に目を遣ると、大きくため息を吐いた。

 こっちも幼稚園からの幼馴染みである椋田くらた祐雅ゆうがは、もう既に授業なんて受ける気もない様子で、机に寄り添っている。

「あぁ? なんか俺の話してたか~お前ら~」

「今日こそ寝ないでよね、祐雅。藤野ふじの先生の視線超怖いんだから」

「そりゃ無理な相談だな。こんな日にサボらねぇでいつサボんだよ。先生が何言おうが起こすんじゃねーぞー」

「よし。居眠り発見次第あんたのタブレットで頭ぶっ叩いてやる」



「では皆さん、授業を始めまあ~す~」

「……!」

 なんてやり取りは、いつものことなので置いといて。

 チャイムに気付いて大人しく着席していると、普段は生活指導を担当している藤野先生が入ってきた。

 授業のほとんどをAIが担当する今、学校にいるのは校長や教頭を除けば、生活指導担当、養護教諭、あとはAIでは対応しきれないと判断された体育教師くらいだ。

 絵にも歌にも個性が要らなくなったせいか、美術や音楽は授業から消え、変わりにプログラミングや情報処理が必須。ふろーちゃーとだの、こーでぃんぐだの、無機質な授業をするくらいなら、私は、漫画で見た美術の授業ってやつを、やってみたかったのになぁ~。



 なんで世界はこんなことになってしまったのだろう。

 個性を失い、淡々と知識を身に付けて、AIに判断されるがまま、この先の人生を選択していく。


 それって、過去の人たちが夢見た理想の世界だったのかな?

 少なくとも私には、理想だなんて思えないけれど、みんなこの世界を当たり前だと思って生きている。


 そんな世界を当たり前に生きられない私は、おかしいのでしょうか?

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