過ぎし日々と復讐

……………………


 ──過ぎし日々と復讐



 旧神戦争。


 世界の秩序を巡って神々が争った戦い。


 多くのものが自らが信じる神のために戦い、そして死んでいった。


「抜かった……」


 その中には神を失いながらも自分だけは生き延びてしまったものもいる。


 アザゼルはそのひとりだった。


 彼女は信じる神を失い、自らも深手を負い、逃げおちていた。


「あぐっ」


 ついに力尽き地面に倒れるアザゼル。


「ここ、までか……」


 意識を手放そうとしたとき誰かの足音が聞こえた。しかし、アザゼルはそれを確認することもできずに完全に意識を失ってしまった。


「……ここは……」


 次に目が覚めたときアザゼルはベッドに寝かされていた。負った傷は全て治療されており、アザゼルの体力もある程度戻っていた。


「誰が私の治療を……」


 アザゼルは不可解に思いながらベッドから起き上がり、周囲を見渡す。


 ここは医者の家なのか薬草などがいくつも並んでおり、薬を調合するための道具も置かれていた。


 アザゼルは状況が理解できない中、自分が寝かせられていた建物の中を進み、誰が自分を手当てしてくれたのかを確認しようとした。


「おや。目が覚めたのかい?」


 そこでひとりの女性が姿を見せた。それはルナだった。


「お前が私の傷を?」


「ああ。まだ休んでいないといけないよ。食事を持ってくるから寝ていてくれ」


 アザゼルにルナはそう言うと後からかゆを運んできた。


「まだ手が振るえるみたいだね。私に任せておくといい」


 まだスプーンも持てないアザゼルの代わりにルナがアザゼルに食事を与えた。


「旧神戦争はどうなったんだ?」


「……終わったよ。大勢の死者を出して」


「そうか。生き延びてしまったな……」


 アザゼルはルナの言葉にそう言った。


「悲観することはない。生きていればできることだってあるんだ」


 ルナはそう励まし、アザゼルを介抱する。アザゼルがちゃんと歩けるようになるまでルナはずっと甲斐甲斐しくアザゼルを見守り続けた。


「どうして私を助けてくれたのだ?」


「今は言えない」


 アザゼルはそれをありがたいと思いながらもその理由は理解できなかった。


 それでも自分を手当てし、介抱してくれたルナに深い愛情を抱くようになっていた。


 そして、それはある日のことだ。


「ルナ?」


 もうひとりで動けるようになったアザゼルがルナが家にいないことに気づいて探しているのに外では雨が降っていた。


「外、だろうか」


 アザゼルは土砂降りの雨を見ながら外に出た。


「ルナ? ルナ。どこだ?」


 アザゼルが雨の中でルナを探す。


「ああ。そこにいたのか」


 そしてアザゼルがルナが墓の前に座っているのに気づいた。


「ルナ。どうしたんだ?」


「アザゼル……」


 そしてルナがアザゼルの方を向かずに答える。


「そろそろ君を助けた理由について教えなければいけないね」


 ルナがそう言って語り始める。


「私は十三偽典聖女のひとりだ。知っているかな」


「十三偽典聖女。劣勢の側にあった神々が生み出した13人の聖女、だったか。確か神々の子を産むために生み出されたと聞いたが……」


「そう。私は神々に祝福され、神々の子を授かった」


 ルナがそう言い墓を見つめた。


「その子は……」


「殺された。他の神の信徒たちによって。焼き殺された。まだ小さな子だったというのに生きたまま……」


 アザゼルはルナの瞳から涙が零れ落ちるのを見た。


「なぜこんなことになったのだろうとずっと考えて来た。そして私は結論した。神々さえ存在しなければよかったのだと。神が滅びさせすればもう悲劇は起きないのだと」


「それは」


「私は神々を滅ぼす方法を探った。そして、行きついた。“煉獄崩壊”だ」


 そこでルナがアザゼルの方を見る。


「君にこれを託したい。私はもう生きるのが辛くなってしまった。私にはもう生きる理由がないんだ。私の子は永遠に去ったのだから……」


 そう言うルナは死人のように生気のない顔をしていた。


「ダメだ! 私がいる!」


 アザゼルがそう言ってルナを抱きしめた。


「私の生きる理由はお前だ。私ももう生きる理由はなかった。だが、。お前が私の生きる理由となればお前が生きる理由にもなる。そうだろう?」


「アザゼル」


「頼む」


「……分かったよ。ともに神々に滅びを……」


 そしてルナもアザゼルを抱き返した。


 それが旧神戦争の時の話。


「アザゼル」


「ルナ。戻ったか」


 アーケミア連合王国ロストアイランド領。


 そこにある古城にルナが戻って来た。


「連合軍と魔獣猟兵は講和する。戦争は終わる」


「そして、私たちの準備は整った。今ならやれる。神々を滅ぼせる」


「ああ。やろう。私たちの復讐を。理不尽に奪ったものたちから理不尽に奪う」



 ──ここで場面が変わる──。



 モーントヴァルト城にて連合軍と魔獣猟兵の外交団が集まった。


「魔獣猟兵側の出席者は?」


「魔獣猟兵元帥エリア殿、魔獣猟兵上級大将セラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガー殿、魔獣猟兵大将ネルファ殿、魔獣猟兵大将にしてアイゼンラント侯爵ソフィア・ベッテルハイム殿です」


「彼らだけでひとつの国が亡ぼせるのだろうな」


 連合軍の全権大使のひとりであるフリッツ・ローゼン大使が唸る。


「何としてもこれで戦争を終わらせなければならない。譲歩もしよう。本国から一定の譲歩は許可されている。通信機は確保してあるな?」


「はい。本国といつでも連絡可能です」


「結構だ。戦争を終わらせよう」


 講和会議はモーントヴァルト城の広間にて開かれた。


「これよりモーントヴァルト講和会議を開催いたします」


 そう言って講和会議が始まる。


「連合軍としては即時停戦を求めます。停戦期間の間に各国との間で個別の講和条約を締結するようにしたい」


「即時停戦には同意する。こちらはもう戦う気はない」


 全権大使のひとりが求めるのにセラフィーネが同意した。


「後は不要な衝突を避けるための緩衝地帯を設置したいと思っています。魔獣猟兵には現在の戦線から5キロ後退してほしい」


「それに対する見返りは?」


「先の戦いにおいて捕虜になった魔獣猟兵の将兵の一部を即時返還します」


「ふむ」


 ラウンドアップ作戦の失敗によって連合軍は多くの捕虜を得ていてる。当然それは交渉材料になるはずだった。


「我々は捕虜の返還は求めない。彼らは継戦を求めて先の戦いを起こした。戻ってくれば今進んでいる講和会議に支障がでる」


「なら代わりに何を?」


「捕虜の返還は求めないが、捕虜の生命は保証してほしい」


「約束しましょう。では──」


 そこで突如として講和会議が行われているテーブルの上にふたりの女性が現れた。


「なっ……!?」


 現れたのは他でもないアザゼルとそして赤毛の女性だ。アザゼルの方は巨大な剣を、赤毛の女性の方はハルバードを握っている。


「貴様ら! 何を──」


 赤毛の女性が警備の兵士を斬り倒し、連合軍の全権大使たちに襲い掛かった。


「そのまま皆殺しにしろ、ブラッディ・メアリー」


 アザゼルは赤毛の女性にそう命じ、魔獣猟兵の側を向いた。


「全員ここで死ね」


……………………

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