失われた勝利

……………………


 ──失われた勝利



 アレステアたちは魔獣猟兵の降下軍──ウェンディゴ降下軍の司令部を強襲しようとしていた。


 鉄道駅であった場所に司令部は設置されており、アレステアたちは駅に迫る。


「まもなくだ! 準備しろ!」


 アルデルト中将の戦車部隊を先頭にアレステアたちは駅に突入。


「通信機材を破壊しろ! 司令部機能を奪うんだ!」


「了解!」


 応戦しに向かって来る魔獣猟兵を相手に葬送旅団は通信機材の破壊や車両の爆破など司令部機能を奪うために行動し始めた。


「──来ますよ!」


 そして、そこでアレステアが鋭く告げた。


「ゲヘナの眷属! 人間どもめ!」


 現れたのはウェンディゴだ。左腕を失い、右腕で火薬式拳銃を構えて現れた。


「覚悟してください。あなたを倒します!」


「死ぬのは貴様だ!」


 ウェンディゴは拳銃を投げ捨てると人狼としての本性を露わにした。


 黒い巨大なオオカミの姿となったウェンディゴがアレステアたちに襲い掛かる。


「挽肉にしてやる」


 アレステアに向けてウェンディゴが突撃してきた。


「アレステア少年! 援護するよ!」


 シャーロットが“グレンデルII”から焼夷弾をウェンディゴに叩き込んだ。


「おのれ!」


「へへっ! まだまだ!」


 威力が上がった“グレンデルII”から放たれる焼夷弾は的確にウェンディゴの視界を塞ぎ、シャーロットが笑う。そして、その隙にアレステアが肉薄する。


「行きます!」


 アレステアが斬撃を放ちウェンディゴに一撃。銃弾すら弾く毛皮を引き裂き、鮮血が舞い上がった。


「舐めるな!」


 ウェンディゴも鋭い爪でアレステアをばらばらに引き裂こうとするがアレステアはそれを回避した。もう彼はなすすべもなく切り裂かれ続けたかつての弱い彼ではないのだ。


「もう負けない! 僕だって強くなったんです!」


「切り刻んでやる!」


 ウェンディゴの放つ斬撃を弾き、アレステアは“月華”を叩き込む。


「まだだ……! まだ……戦える!」


 ウェンディゴは必死に戦い、攻撃を繰り出し続けた。


「これで終わり、です!」


 アレステアがウェンディゴの右腕を斬り飛ばし、胸に“月華”を突き立てた。


「ああ、クソ……。何故……。正義は我らに……」


 ウェンディゴが血を吐いて倒れ、そして死亡した。


「やりました」


「やったね。これで司令部を攻撃するって任務は成功だ」


 アレステアが短くそう言い、シャーロットが頷く。


 その頃レギンレイブ大隊はウェンディゴ降下軍への攻撃に気を取られていたヘルドルフ装甲軍の物資集積基地と港湾施設を破壊。魔獣猟兵は揚陸が不可能になった。


「もはやこれまでです、閣下」


「残念だ。だが、受け入れなければならない」


 ハドリアヌスは降伏を決定。トゥアハ・デ・ダナーン軍集団は武装解除し、連合軍に対して投降した。


「魔獣猟兵はこれで講和のテーブルに着くのでしょうか?」


「恐らくは。アレステア君に接触してきたところからしても嘘ではないでしょう」


 大量の捕虜を移送する作戦が進行する中、アレステアたちはアンスヴァルトへと戻ろうとしていた。一部のトゥアハ・デ・ダナーン軍集団の将兵は未だに戦っているが大多数は既に降伏した。


「この馬鹿みたいな戦争もようやく終わりって訳だ。よかった、よかった」


 シャーロットはウィスキーを呷りながらそう言う。


 そして、アレステアたちは降下艇でアンスヴァルトへと戻った。


「ちょっと医務室に行ってきます」


「ええ」


 アレステアは戻ってすぐにルナがいる医務室を目指す。


「先生! ……あれ?」


 しかし、そこにルナの姿はなかった。


「シーラスヴオ大佐さん。カーウィン先生は?」


「ん? いないのですか?」


「はい」


「何の連絡も私は受けていませんが……」


 シーラスヴオ大佐も困惑した様子だ。


「探しておきます。後はお任せを」


「お願いします」


 ルナのことが心配だがアレステアに出来ることはない。


 そして、そんな中でアレステアたちがついに勝ち取った勝利の知らせが皇帝大本営に届いていた。


「D軍集団は勝利しました。トゥアハ・デ・ダナーン軍集団は投降し、無力化されました。航空優勢は依然として我々が確保しており、制海権も我々の手にあります」


「決定的な勝利だと言っていいのか、シコルスキ元帥?」


「ええ。魔獣猟兵最大の空中戦艦ブリューナクの撃墜も確認しました。また将官級の魔獣猟兵の幹部をアレステア卿が討ち取られました」


「そうか。では、いよいよ講和に移れるわけなのだな」


 トゥアハ・デ・ダナーン軍集団に勝利すれば講和交渉が行えると示したのは魔獣猟兵の側であり、今回のトゥアハ・デ・ダナーン軍集団の攻撃に際して魔獣猟兵の他の部隊は援護すらしなかった。


「しかし、我々は講和のチャンネルを持っていません。どこから魔獣猟兵は講和を打診するつもりなのでしょうか?」


 ラドチェンコ軍務大臣はそう指摘する。


 そう、連合軍と魔獣猟兵の間に外交チャンネルは存在しない。お互いに講和を打診したくともごのルートから接触すればいいのか不明だ。


「こうすれば交渉できるだろう?」


 そこで不意に少女の声が響いた。


「なっ……!」


 皇帝大本営が設置されている地下司令部に姿を見せたのはセラフィーネだった。


「魔獣猟兵として講和を打診する。講和会議を設置したい」


 現れたセラフィーネが皇帝大本営にてそう提言する。


「待て。我々単独で講和するつもりはない。連合軍として講和を要求する」


「もとよりそのつもりだ。我々は参戦している全ての国と講和する準備がある」


 メクレンブルク宰相が指摘するのにセラフィーネは肩をすくめてそう言った。


「分かった。連合軍各国に通達した上で返答しよう。それまで外交チャンネルを設置してほしい。頼めるだろうか?」


「カノンを寄越す。彼女を通じて我々と話し合い、講和会議を開きたい」


「では、そのように」


 そしてようやく講和のための準備が進められた。


 カノンが帝都に派遣されて迎賓館に通され、帝国は連合軍各国に講和について連絡する。講和の条件や講和会議の形式について話し合いが進められ、着々と長く続いた戦争は講和へと向かった。


「モーントヴァルト城にて講和会議を行うことを決定する」


 そして講和会議は帝国領にあるモーントヴァルト城にて行われることが決定した。


 連合軍からは全権大使5名が出席し、魔獣猟兵からも5名が出席することになった。講和会議では戦争の停戦について話し合われ、それから各国との具体的な講和ということになった。


 まずは停戦し、戦争を止めなければ物騒で外交官も派遣できない。


『講和会議始まる!』


 メディアがそう伝える中、モーントヴァルト城に外交官が集う。


……………………

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