想定される上陸作戦
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──想定される上陸作戦
「ハルエル大将閣下。暗黒地帯における深部偵察の最新情報です」
「ご苦労。既に分析は終わったのか?」
帝国国防情報総局では局長であるハルエル大将が情報を集めていた。
既に帝国国防情報総局にも魔獣猟兵の継戦を訴える勢力が戦いを挑もうとしていることは伝えられていた。そのため細心の注意を払っている。
「魔獣猟兵は大規模な部隊が攻勢の準備を始めている、と。帝国安全保障局によればその攻勢の目標はオストゴルフ。アーケミアン連合王国から軍需品が海上輸送されてくる港湾都市。それが狙いか」
帝国国防情報総局が得た情報はすぐさま皇帝大本営と連合軍統合参謀本部などの然るべき機関に通達された。
「先のアレステア卿の報告通り、魔獣猟兵が攻勢を試みています」
皇帝大本営でシコルスキ元帥が報告する。
「敵は大規模な部隊の再編成を実施しました。恐らくは戦いを望むものだけを編成に加えたのでしょう。そしてその攻勢の目標はオストゴルフです」
「なんてことだ。あそこには重要な港湾施設があると言うのに」
「ええ。その通りです。よって何としても攻撃を防ぐ必要があります」
メクレンブルク宰相が呻くのにシコルスキ元帥はそう返した。
「しかし、カエサル・ライン後方のオストゴルフを襲撃することは今の魔獣猟兵にとって可能なのか?」
ここでラドチェンコ軍務大臣が疑問を呈した。
「敵は上陸作戦を実施するものと考えられています。先のアーケミア連合王国での戦略的撤退の後に魔獣猟兵は海軍戦力を強化していました。既に多数の艦艇を確認しています。このことについてはリッカルディ元帥から」
「報告を代わります。魔獣猟兵は輸送用の船舶多数を整備しています。その中には上陸作戦に適した船舶も確認されています。水陸両用艇についても確認しました」
シコルスキ元帥からリッカルディ元帥に報告者が移る。
「また駆逐艦多数を確認。こちらの潜水艦による偵察を試みたところ、敵の対潜作戦によって撤退に追い込まれました。対潜作戦において魔獣猟兵は飛行艇も動員して連携できています」
「かなり近代的な対潜作戦が行えているように思われるが」
「その通りです。魔獣猟兵は最新の対潜作戦の遂行能力があります。恐らくはスピアヘッド・オペレーションズから技術が流出したのかと」
「そういうことか」
魔獣猟兵の対潜作戦や上陸作戦などのついてもスピアヘッド・オペレーションズのコントラクターたちが指導を行い、技術を供与していた。
「近代の海戦において重要なのは航空優勢の確保だと考えているが、空軍としては魔獣猟兵の上陸部隊から航空優勢を奪うことは可能か?」
「難しいところです。現在、連合軍の空軍部隊が結集し、さらにはアーケミア連合王国で新造された飛行艇が次々に我々の戦列に加わっていますが、魔獣猟兵側も何かしらの戦力増強を行っている可能性があります」
メクレンブルク宰相が尋ねるのにボートカンプ元帥が答える。
「しかしながら、我々の方もこのまま敵の攻撃を許すつもりはありません。アーケミア連合王国が聖域化したことで我々は飛行艇の喪失をそこまで恐れずともよくなりました。我々は全力を挙げて迎え撃ちます」
「では、空軍はそのように」
帝国空軍はアーケミア連合王国で建造された新型飛行艇などが加わり、その戦力を増強していた。今もアーケミア連合王国では飛行艇の新造が続いている。
「万全の体制で魔獣猟兵を迎え撃ってほしいが、どのような迎撃計画を?」
「まず上陸作戦において重要なのは奇襲です。魔獣猟兵もそのことは理解しているでしょう。我々が待ち構えているところに上陸すれば多大な出血となります」
敵前上陸は好ましい手段ではない。川にせよ海にせよ、水から上がる際の兵士は弱い。遮蔽物もなく、動きも制限される水辺での戦闘は難しいのだ。
よって奇襲上陸こそ望ましい作戦となる。
「さらに必要なのは橋頭保として確保すべき港湾施設です。ただの砂浜に上陸しても後続の重装備を揚陸できず、兵站も困難になります。そのためオストゴルフ周辺の港湾施設を警戒すべきです」
大きな船は喫水が深いため水深の浅い砂浜に無理やり進めば座礁する。よってちゃんと整備された港湾施設が必要だ。
それもただ船が停泊できるというだけではなく、クレーンなどの設備が整っており、積み荷を揚陸しやすい場所がよい。
防ぐ側としては近くの港湾施設を警戒し、上陸させないことが必要になる。
「では、そのような考えで防衛計画を立案してくれ。オストゴルフが陥落すれば我々の戦争継続は極めて困難になる。何としても阻止してほしい」
「畏まりました」
そして、連合軍は魔獣猟兵によるオストゴルフ奪取を阻止するための情報収集と戦略機動を開始。
「命令が下りました」
アレステアたち葬送旅団にもこの防衛作戦に加わるよう指示が出た。
「我々はオストゴルフにあるオストゴルフ・アルベール・カミュ国際空港に展開し、魔獣猟兵によるオストゴルフの奪取を狙った攻勢を阻止します」
「オストゴルフはカエサル・ラインの後ろでは?」
「ええ。連合軍統合参謀本部は敵は上陸作戦と降下作戦によって我々の後方に戦線を新たに開くとみています」
「それが継戦を望む魔獣猟兵の兵士たちが選んだ道……」
アレステアはこの作戦さえ挫けば魔獣猟兵が講和に応じることを知っている。
「我々は機動的に運用されます。まだ敵の上陸予定地点が判明せず、決定的な防衛計画が立てれていないためやむを得ません。基本的に危険な戦場へ火消しとして投入されることでしょう」
「あーあ。またかー」
シーラスヴオ大佐の言葉にシャーロットがうんざりした表情を浮かべた。
「シャーロットお姉さん。これさえ阻止できれば魔獣猟兵は講和してくれるかもしれないんです。頑張りましょう!」
「そだね。頑張ろう」
そして、アレステアたちは待機する。
そこでアレステアはふとルナのことを思い、彼女に会いに行くことにした。
「カーウィン先生」
「ああ。アレステア君。どうしたのかな?」
ルナがいつものように医務室でアレステアを出迎える。
「いよいよ戦争も終わるかもしれないんですよ。今度の戦いに勝利さえすれば」
「それはよかった。戦争はいつかは終わる。けど、戦争の終わりは永遠の平和を意味しないんだ。悲しいことにね。平和は次の戦争までの準備期間でしかない」
「そうなんですか……?」
アレステアが困惑した様子で尋ねた。
「これで魔獣猟兵が何かしらの譲歩をしたとしても私たちが殺し合ったという事実は変えられない。大勢が殺し、殺された。その恨みを外交官たちが記す講和というものだけで消し去れるとは思えない」
「けど、もうみんな戦争にはうんざりしているはずです」
「ああ。戦争が起きるたびに人々は戦争を嫌った。だが、すぐに戦争の辛さを忘れる。偉大なる戦いと英雄たちの織りなすロマンに浸り、その血生臭さを忘れてしまう。それがどれほど生々しいものだったかを忘れる」
「英雄が……」
「君は英雄だ。君自身に悪いところはない。だけど、それを利用とする人間がいるということだよ。君はこれまでも大勢に利用されてきただろう?」
「否定はできません」
メクレンブルク宰相たちも、そして何よりゲヘナ自身もアレステアを利用してきた。不死身の英雄として。
「私は君にとっての本当の平和が訪れることを願うよ」
「ありがとうございます、先生」
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