海のオオカミ

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 ──海のオオカミ



 連合軍の船舶の損害が無視できなくなり始めたのはアーケミア連合王国における勝利から14日後のことだった。


 アーケミア連合王国で大量生産された物資を輸送する護衛船団が何度も何度もアーケミア連合王国とエスタシア帝国を往復する中、魔獣猟兵の潜水艦隊がそれを狙って攻撃を仕掛けていたのだ。


「海軍から報告します」


 皇帝大本営にて海軍司令官のリッカルディ元帥が報告。


「現在海軍はアーケミア連合王国の港湾都市ポート・イーストから帝国の港湾都市オストゴルフに至るシーレーンの防衛に全力を挙げています」


 ポート・イーストとオストゴルフはいずれもインフラが整った大きな港湾施設がある都市として有名だ。それぞれアーケミア連合王国、エスタシア帝国における重要な貿易港でもある。


「ですが、海域から完全に魔獣猟兵を排除するのは困難です。現在の護衛船団も頻度からして護衛艦の数が足りず、その結果として護衛艦と船舶の両方に被害を出しています」


 現在帝国海軍とアーケミア連合王国海軍は共同で船団護衛を行っている。この世界の海軍の主力である駆逐艦やその他の小型艇が動員されて、アーケミア連合王国からエスタシア帝国に渡る輸送船を護衛しようとしていた。


 しかし、リッカルディ元帥が語るようにその先行きは芳しくない。


「では、どのようにするべきなのだ、リッカルディ元帥。徴集兵を海軍に回すことはできないぞ」


「問題を根底から叩くべきです」


 メクレンブルク宰相が尋ねるのにリッカルディ元帥がそう答える。


「帝国国防情報総局と海軍の海兵コマンドが共同で実施した作戦によって魔獣猟兵の潜水艦隊基地が特定できました。敵の海軍基地は港湾都市ゴルトブンカーに存在します」


 ゴルトブンカーは国際港のひとつだが、帝国海軍の基地の小さく併設されていた。


「我々は現在このゴルトブンカーを奇襲し、同地に設置された潜水艦用防空壕を叩くことを計画しています。この作戦が成功すれば船舶の犠牲がゼロになるわけではありませんが、これまでより損害は軽微になります」


「分かった。作戦は全て海軍が?」


「いえ。陸軍と空軍にも協力を願います。今から説明を」


 リッカルディ元帥がそう言って説明を始める。


「海軍からは第1海兵コマンドが参加し、潜水艦を利用して密かに現地に展開。その後陸軍からは葬送旅団が、空軍から第1降下狙撃兵師団がそれぞれ投入されます」


「分かった。しっかりとやってくれ」


 そしてエーギル作戦と呼称される魔獣猟兵の潜水艦撃破のための作戦が開始されることとなった。


「任務が下りました」


 アンスヴァルト艦内にてシーラスヴオ大佐がアレステアたちにそう告げる。


「我々は帝国海軍と帝国空軍と共同でシーレーンを脅かしている魔獣猟兵の潜水艦撃破を目標とする作戦に参加します」


 そう言ってシーラスヴオ大佐が説明を開始。


「我々はアンスヴァルトとともに敵に気づかれないように魔獣猟兵の潜水艦隊が存在するゴルトブンカーを襲撃します。現地の着陸地点は先に潜入している第1海兵コマンドが確保する予定です」


「しかし、潜水艦をどうやって破壊するのですか?」


「爆薬を使います。それから高射砲陣地を制圧した後は飛行艇からの砲爆撃も実施されます。それらによって魔獣猟兵が停泊させている艦艇を壊滅させます」


 魔獣猟兵の潜水艦隊には地上部隊の爆薬と空軍の砲爆撃で打撃を与える。


「本作戦はエーギル作戦と呼称されております。まず我々は作戦基地に進出。帝国海軍と帝国空軍が作戦準備を整えるまで待機することとなります」


「了解です」


 そしてアレステアたち葬送旅団は作戦基地へと進出。


「魔獣猟兵との戦争は終わるのでしょうか?」


 作戦基地で帝国海軍と帝国空軍の準備が整うまで待機となったアレステアは医務室でルナにそう尋ねていた。


「私にも分からない。戦争は永遠に続くかのうように思えるよ」


「そうですよね。未だに魔獣猟兵が何を目的としているのかも分からないですし」


「どう戦争を終わらせるのかもはっきりしないからね。お互いに何を譲れば講和できるのか。今は魔獣猟兵も打撃を受けているが、それでも彼らが無条件に降伏することはないだろう」


「旧神戦争の英傑たちですから降伏はしませんよね」


 魔獣猟兵がどういう条件で講和するのかすら分からないままだ。


「どちらかが決定的な勝利を収めないと講和はできないものだが、魔獣猟兵にはそれすら通じない可能性もある。彼らは敗北すらも戦いのひとつとして受け入れているものもいるそうだからね」


「どうしても戦いたいという人はいるのですね」


「死に場所を求めているものもいるだろう」


「死に場所、ですか?」


 ルナの言葉にアレステアが首を傾げた。


「長く生き過ぎた人間は時折これ以上どう生きるかを考えないんだ。彼らの頭にあるのは生きることではなく、どう死ぬかということ。偉業を成して死ぬことや自分の望みの中で死ぬことを考える」


「どう死ぬかとしても人の役に立つということは考えないのでしょうか?」


「彼らは戦いの中で生きて来た。相手を殺すことで生きて来た。そんな彼らに誰かの役に立つという発想などないだろうね。それに多くの人間は死を間際にすると身勝手になるものだよ」


「酷い話です……」


 アレステアはルナの言葉に呻いた。


「前にも話したが旧神戦争そのものが神々の身勝手な戦いだ。神々が身勝手に戦った戦争で多くの身勝手な存在が生まれるというのは当然といえるだろう」


「神々にも果たしたいことがあったんだとは思いますが」


「その願いこそがまさに身勝手であったのだよ」


 アレステアはそう言うがルナは首を横に振ってそう返す。


「君も神々の身勝手さを感じないかい。君はこの戦争が終わっても英雄として生きていけるわけではない。その体は既に変異している。この戦争が終われば君はゲヘナによって冥界へと連れて行かれる」


「大勢の人々と別れることになりますね。カーウィン先生とも……」


「そうだね。私もそのことは酷く残念に思う。もっと君と長い時間を過ごしたかった」


「なら、今は一緒にいましょう、先生」


「ああ。おいで」


 ルナはアレステアを招き、そっと抱きしめた。


 それから十数時間後、エーギル作戦が発動。


 潜水艦に搭乗した第1海兵コマンドの兵士たちがゴルトブンカーの付近に上陸し、それから降下地点を確保する。


『間もなく降下地点!』


 それからレーダーによる探知を避けるために超低空を飛行してきたアンスヴァルトから葬送旅団が降下した。大型降下艇がカラカル装甲兵員輸送車やアイスベア中戦車、レーヴェ重戦車を展開させる。


「大佐殿。シグルドリーヴァ大隊から報告では敵の防衛戦力はさほど大きくないとのことです。そして、まだ我々には気づいていないと」


「よろしい。作戦開始だ。潜水艦用防空壕を襲撃する」


「了解!」


 シーラスヴオ大佐が指示し、部下たちが頷いた。


 そして、攻撃が開始される。


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