聖域化された島

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 ──聖域化された島



『アーケミア公共放送がお伝えします。先ほど連合軍統合参謀本部及び連合軍最高司令部はアーケミア連合王国における決定的勝利を宣言しました。パーシヴァル首相はこの戦いに参加した全ての将兵に深い感謝を──』


 アーケミア連合王国は勝利の余韻に浸っている。


 これまで自分たちを脅かして来た魔獣猟兵は島を去った。連合軍が彼らを祖国から叩きだし、勝利を宣言したのだ。


 これによっ連合軍が魔獣戦争を戦い続けるために必要な聖域は確保できた。


 帝国から多くの技術者がアーケミア連合王国に渡り、連合軍に必要な装備の生産を手助けする。戦車などの装甲戦闘車両はもちろんとして飛行艇や火砲、そして小火器についても大規模な生産が開始された。


「ソードブレイカー作戦は成功したといえます」


 久しぶりに開かれた皇帝大本営にてそう言うのは帝国陸軍副司令官のジャン・ロッシュ上級大将だ。


 陸軍司令官のシコルスキ元帥は未だ連合軍統合参謀本部が設置されているアーケミア連合王国王都クイーンズキャッスルにいるため彼が代わりに出席していた。


「つまり聖域は作れたというわけだな?」


「その通りです。小規模な敵のゲリラなどは残っていますが、今はアーケミア連合王国及び周辺の空域、海域は連合軍の制圧下です。もはや脅威にはなり得ません」


 メクレンブルク宰相が尋ねロッシュ上級大将がそう答える。


「この勝利が間違いないものであるというならば、厭戦感情を払拭するためにも勝利を祝うべきではないでしょうか?」


 そう提案するのはラドチェンコ軍務大臣だ。


「まだ勝利を祝うのは早いのではないだろうか? 勝利を下手に宣伝するとこれからの戦いに市民の同意が得られなくなる可能性がある」


「確かにそれも考えられる。よって勝利の知らせは届けるも、その上でまだ敵が屈していないことを知らせる必要があるだろう。戦争はまだ終わったわけではないと」


 枢密院議長の言葉にメクレンブルク宰相が頷く。


「勝利したのはあくまでグレート・アーケミア島においてのみです。帝国本土においては未だ厳しい状況が続いております」


「分かっている、ロッシュ上級大将。しかし、軍需物資についてはある程度望みが持てるようになったのではないか?」


 ロッシュ上級大将が苦言を呈するように述べるとメクレンブルク宰相がそう尋ねた。


「それについて軍務省からご報告します。軍種物資に関しては大幅な状況の改善が見込めます。アーケミア連合王国は一部動員を解除し、工場の技術者を増員しました。それによって連合軍の生産力は大幅に向上します」


 アーケミア連合王国も帝国同様に民間人から兵士を動員したが、その動員はグレート・アーケミア島での勝利によって一部解除さrた。


 その分を工場の作業員や技術者とし、生産力を向上させている。


「空軍の飛行艇不足も解消できる見込みができました。これによって帝国本土でも近いうちに大攻勢が可能になるでしょう」


「いい知らせだ。問題となることはあるだろうか?」


 再びメクレンブルク宰相が列席者に尋ねる。


「海軍からひとつ報告すべきことがあります。魔獣猟兵の潜水艦がついに発見されました。規模は少数でしたが、帝国国防情報総局は魔獣猟兵が潜水艦の建造技術を入手したとみています」


「そのことから想定されることは何だろうか、リッカルディ元帥?」


「潜水艦による通商破壊作戦です。これからアーケミア連合王国から多くの軍需物資が帝国に運ばれますが、そのほとんどは海上輸送となります。それを魔獣猟兵が狙うことは当然かと」


「なるほど。次は海上護衛の必要が生じるわけだ。海軍としては対処可能か?」


「対潜作戦について海軍はかなりの訓練をしています。不可能ではないかと。しかし、栴檀の規模が増える速度があまりに早ければ護衛を行う艦艇が不足する可能性もあります。それについて対策を考えています」


「頼むぞ、リッカルディ元帥」


 これまでほぼ海上輸送しか出番がなかった海軍も魔獣猟兵の海軍相手の作戦を展開させることになった。


「では、殿下。これにて終了となります」


「ご苦労だったね、メクレンブルク宰相」


 皇帝大本営に出席しているのはアーケミア連合王国にいるハインリヒではなく、その叔父であるラインハイトゼーン公オイゲンだった。


 皇帝大本営がいったん終了し、メクレンブルク宰相とラインハイトゼーン公オイゲンが別室に移る。


「今回はご出席いただきありがとうございました、殿下」


「これぐらいのことはしなければね。ハインリヒはもっと頑張っているのだから」


 メクレンブルク宰相が礼を述べるのにラインハイトゼーン公オイゲンはそう返した。


「本当は私が責任を取る立場に就くべきだったのだ。だが、私は怖かった。君は覚えているだろう。帝国が荒れたあの騒乱の日々のことを。あの日々の中で私の兄カールがどうなったかを」


「ええ。存じております。カール5世陛下は苦労されました」


「苦労、か。私には拷問のように思えたよ。メクレンブルク宰相、君はどうして政治家への道を選んだ?」


 不意にラインハイトゼーン公オイゲンがそう尋ねる。


「それが私にとってもっとも輝ける道であり、社会の役に立てると思ったからです」


「つまり、自らの意志で選んだわけだ。だが、兄は違った。兄は我々の父が皇帝だったから皇帝になっただけだ。兄には父のような素質はなかったと言うのに」


「殿下。それ以上は」


「いいや。言わせてくれ。兄が皇帝という地位にすり潰されて行くのを見て私は怖くなった。だから、ハインリヒが皇帝になる際に君たち政治家が私に摂政になるように求めたのを拒否したんだ」


 そう言ってラインハイトゼーン公オイゲンが首を横に振った。


「私は幼いハインリヒを見捨てた。酷い大人だ。この戦争も本来は私が背負うべきものだったと言うのに」


 ラインハイトゼーン公オイゲンは自嘲を込めた力ない笑みを浮かべてそう言う。


「殿下。確かに皇帝とは血筋で選ばれるものであり、本人の望みとは関係なく、その地位を強いられます。我々はそうであるが故に皇帝に敬意を払っているのです」


「そうか。皇帝とはそういうものだったな」


 メクレンブルク宰相がそう言い、ラインハイトゼーン公オイゲンが頷く。


「私はもう逃げない。ハインリヒがあれほど国のために尽くしているのに私が逃げるわけにはいかない。私がしなければならないこと、私がすべきこと、そして私がハインリヒの代わりに背負えるものがあれば教えてほしい」


「はい、殿下」


 メクレンブルク宰相は深々と頭を下げて退室した。


 アーケミア連合王国の聖域化の成功によって軍需、民需ともに生産量が格段に向上した。これまで難民キャンプで過ごすしかなかったものたちもアーケミア連合王国に渡り、工員や技術者として働いている。


 製造された兵器などは貨物船に積み込まれ、海を渡るが──。


「右舷より魚雷接近!」


「回避運動!」


 魔獣猟兵の潜水艦隊がアーケミア連合王国とエスタシア帝国を繋ぐシーレーンに現れ、それを脅かしていた。


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