倫理的裏切り
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──倫理的裏切り
空軍の飛行艇はアレステアごとルイーザ・メイソンを砲爆撃した。
砲弾の嵐が吹き荒れ、ついにアッシュグレイブ要塞の構造が崩壊を始める。
「逃げろ! 脱出だ!」
「アレステア少年が!」
「彼は死なない! 急げ!」
ゴードン少佐の指揮でシグルドリーヴァ大隊とケルベロス装甲擲弾兵大隊、そしてシャーロットとレオナルドが崩壊していくアッシュグレイブ要塞を脱出。
「要塞が崩壊した」
「これで流石にやっただろう……」
外で作戦全体の指揮を執っていたシーラスヴオ大佐が呟き、脱出してきたゴードン少佐がそのように告げる。
「大佐殿。周辺の警戒に当たっていた部隊より連絡です。魔獣猟兵の地上部隊が接近中とのこと。戦車を含めた連隊規模の部隊だそうです。アーケミア連合王国の情報通信本部も無線を傍受して確認しました」
「不味いな。アレステア卿の救助を急いで脱出だ。アンスヴァルトを含めた空軍に地上部隊の攻撃をやってもらおう」
「了解」
幸い航空優勢は依然として連合軍が握っており、アンスヴァルトを含めた飛行艇は自由に対地攻撃が可能だった。
「艦長。地上部隊より敵装甲部隊への阻止攻撃が求められています」
「しかし、地上部隊の回収は?」
「先に敵装甲部隊を、と」
「分かった。ならばそうしよう」
テクトマイヤー大佐が指揮するアンスヴァルトは空中駆逐艦を引き連れて接近している魔獣猟兵の装甲部隊に対する阻止攻撃に向かう。
「アレステア卿の救助と作戦目標であるルイーザ・メイソンの確認殺害を速やかに実施せよ! 急げ、急げ! ここは敵地だぞ!」
「了解!」
シグルドリーヴァ大隊とケルベロス装甲擲弾兵大隊がアレステアの救助とルイーザ・メイソンの死亡の確認を急ぐ。
「ここです」
「アレステア卿を確認!」
アレステアが瓦礫の中から姿を見せた。ぼろぼろの軍服でまだ血が流れている姿だ。
「ルイーザ・メイソンは?」
「直前に空間転移しました。残念ですが」
「そうですか。では、脱出を」
「少し待ってください」
アレステアは救助に来たケルベロス装甲擲弾兵大隊の兵士にそう言うと瓦礫の方に向けて祈りの言葉を捧げた。
「異国の地で祖国のために戦った勇敢なあなたたちのことは忘れません。もうあなたたちを縛るものはない。どうか安らかに……」
第12自由ユーフラシア共和国歩兵旅団の少年兵のためにアレステアが祈り、それからアッシュグレイブ要塞を去った。
阻止攻撃を終えて戻って来たアンスヴァルトから降下艇が発艦し、そしてアレステアたちを回収すると空域からの離脱を始める。
「ルイーザ・メイソンは結局逃げたのか。やったことの報いを受けないという人間はいるものなんだね。忌々しいことに、さ」
「そうですね。あんなことをしても反省すらしていなかった」
シャーロットが愚痴るのにアレステアも渋い表情をしていた。
「第12自由ユーフラシア共和国歩兵旅団の全滅を報告しました。我々の任務には彼らの行方の確認というものもありましたから」
「遺体を持ち帰れればよかったのですが」
「それは仕方ありません。いずれ友軍がこの地域も奪還するでしょう。連合軍の反撃は順調に進んでいます。ルイーザ・メイソンの殺害こそ失敗したものの、前線の屍食鬼は動きを止めたそうですから」
「そうなのですか?」
「ええ。そう報告を受けています」
アレステアたちはルイーザ・メイソンの殺害に失敗したようだが、連合軍は前線で死霊術師に操られていたであろう屍食鬼の動きが止まったという。
「このままソードブレイカー作戦が成功すればいいのですが……」
アレステアはそう望んだ。
──ここで場面が変わる──。
ルイーザ・メイソンはアンスヴァルトを含めた空中艦隊から砲撃を受ける前に空間転移して逃げ延びていた。
「ゲヘナの眷属。残念ですが彼は無力化できませんでしたね」
逃げ延びたのは古い城塞でルイーザ・メイソンがいざという場合に逃げられるように設定しておいた場所だ。
連合軍にも占領さておらず、魔獣猟兵の監視の目もない。
そこには本来誰もいないはずだった。
「ルイーザ・メイソン」
そこで女性の声が聞こえた。ルイーザ・メイソンのものではない。
「誰──」
ルイーザ・メイソンがすぐさま周囲を見渡そうとするのに彼女の腹部が爆ぜた。上半身と下半身が引き裂かれた彼女が床に転がる。
「あなたは学会長閣下……! 何故!?」
そう、そこにいたのは偽神学会の長ルナ・カーウィンだった。
「あなたは犯すべきではない過ちを犯した」
ルナが冷たい目でルイーザ・メイソンを見てそう告げる。
「私が何の罪を犯したと!? 死霊術を授けてくださったのはあなたではありませんか! それを過ちだと仰るのですか!?」
「私が与えたのは死を覆すための技術。決して死者を愚弄するためのものではない。あなたが生み出したものを私も知っている。子供の死体でおぞましい行為をしたことを私は知っている」
「何を! 人間などただの肉の塊に過ぎないでしょう!? 死霊術で操れる程度の神秘性のないもの! そうではないのですか!?」
ルナが淡々と述べるのにルイーザ・メイソンが叫ぶ。
「違う。私が目指す世界にあなたの居場所はない。私は奪われたもののために、奪ったものから奪う。それだけが目的なのだから」
「では、あなたは私の敵だ!」
ルイーザ・メイソンがルナに向けて空間断裂を放つ。
「旧神戦争の魔術は全て知っている」
しかし、ルナはあっさりと飛来して空間断裂を消滅させた。
「まさか。リッチーでも空間断裂を消滅させられるような魔力はないはずなのに」
「いつ私がリッチーだと言った。私は私のまま。リッチーになどなっていない」
「では、一体……──」
そこでルイーザ・メイソンの体が朽ち始めた。
「そんな! リッチーである私を殺せるのはゲヘナぐらいしか!」
「そうであったね。協定が結ばれてからは」
「協定が結ばれてから……! 先ほどの魔力と言い、死霊術を生み出した魔術の才、そしてリッチーである私を殺せるほどの力は……」
ルナの言葉にルイーザ・メイソンが目を見開く。
「魔術の神ヘカテの生み出した十三偽典聖女……」
「ああ。私はかつてそう呼ばれていたよ」
ルイーザ・メイソンが朽ち果てていくのを見てルナは短くそう言った。
「やあやあ。同胞殺しとは感心しないな」
そこで場違いに明るい少女の声が。
「ラルヴァンダード。あなたはどっちの側なのだい?」
現れたのは魔獣猟兵の一員を名乗るラルヴァンダードだった。
「ボクはボクの側さ。常にね」
「そうか。それは随分と生きやすいことだろう」
「君はよりはずっとね。過去に囚われ続けた囚人のような君よりも」
ルナの言葉にラルヴァンダードが肩をすくめた。
「そうだね。私は過去の囚人だ。だが、もうそれなくして生きる理由すらもない……」
「生きることに理由なんて必要かな」
「ああ。長く生き過ぎて、死に損ねた人間には必要だよ」
ラルヴァンダードの言葉にルナはそう返したのみ。
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