牢獄の森

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 ──牢獄の森



 プリズンフォレストはアーケミア連合王国北部一帯に広がる密林地域だ。


 そのプリズンフォレストの名の通り、その密林は濃く、入った人間を迷わせ、閉じ込めるものであった。


 産業革命期に大規模な伐採が行われるも、それに伴う地滑りや水質汚染から伐採が禁止され保護区に指定された。


 その後政府の要請を受けてアーケミア連合王国王室が土地を購入し、プリズンフォレスト公の地位が作られ、王太子がその地位に就くのが習わしとなっている。


 そのプリズンフォレストは今魔獣猟兵占領下の暗黒地帯となっていた。


「降下艇発艦開始、降下艇発艦開始!」


 その上空に進出したアンスヴァルトから降下艇が発艦。


 地上に向けて降下を開始した。


「凄い森ですね。こんなの初めて見ました」


「あたしもだよ。プリズンフォレストのことは知ってたけど見るのは初めて」


 鬱蒼とした緑と大樹が広がる森に降下艇は降下していく。


 木々そのものが降下艇の着地を妨げる自然の要塞になっており、降下艇が降りれる場所は制限されていた。


 大樹の陰によって日の光が遮られ下の木々が枯れ、栄養がなくなったことで大樹も倒れた場所。再び低く、小さな植物が生命を宿した場所。そのような自然のサイクルが繰り返される場所に降下艇は降り立つ。


「降下地点を確保。陣地構築を急げ」


 今回はシグルドリーヴァ大隊が降下地点の確保を行う。


 彼らは蛸壺を掘り、地雷を埋め、機関銃を据えて降下地点の防衛を進める。流石は高度に訓練された兵士たちなだけあってその動きに無駄はない。


「無線傍受基地はこの地点に設置する予定です」


 帝国安全保障局から派遣されてきた作戦要員が地図を指さして再確認を実施。


 無線傍受基地はこのプリズンフォレストに秘匿した陣地を構築して設置し、以後そこから連合軍の司令部に密かに無線内容を送る予定だ。


「そして、魔獣猟兵の航空基地はこの地点。暗号表を搭載した空中戦艦アンサラーもそこに停泊しているのが航空偵察と現地のレジスタンスによって確認されています」


 空中戦艦アンサラーはプリズンフォレストにある数か所の切り開かれ、開発された街に隣接する航空基地に停泊していた。


「よし。確認は十分だ。作戦を開始しよう」


 現場指揮官であるゴードン少佐が宣言し、作戦が開始される。


「まずは無線傍受基地の設営だ。慎重にな」


 無線傍受基地には傍受のためのアンテナなどが必要になる。そして、それらは見つかってはならない。


 トンネルのような塹壕が掘られ、人員はそこに潜む。魔獣猟兵の侵攻が進む中、各地で撤退の際に残った偵察部隊が使った手段だ。


 アンテナは木の枝に見えるように偽装し、傍受及び長距離通信に使用することに。


「陣地の構築はこれでいいでしょう。早速魔獣猟兵の通信が拾えています」


「暗号の方は?」


「やはり新しい暗号が使われていますね。以前解読できた暗号ではありません」


 魔獣猟兵は新しい暗号を使用していた。


 通信情報本部が以前コンピューターで解読したのとは異なるもので、恐らくはまた総当たりで解読し直す必要がある。


「じゃあ、やはり暗号表が必要ですね」


「ええ。できれば、ですが」


 通信情報本部の作戦要員がそう言う。


「現在航空基地周辺の警備状況を偵察中。警備の穴を見つけて侵入を実行します」


「僕たちはどうすれば?」


「支援を願います。侵入を奪取そのものは我々が行いますが、万が一に備えて」


「了解です」


 そしてアレステアたちは航空基地に向かう。


 航空基地は元は民間の地方空港で、そこに魔獣猟兵の工兵がバンカーや高射砲陣地などを設置して航空基地としていた。


 空に向けてレーダー連動の高射砲が砲口を向け、周囲のフェンスの周囲には地雷などが敷設された痕跡がある。


「大尉殿。偵察が完了しています。その上で侵入経路を確保しました」


「よし。向かおう。アレステア卿たちはここで待機を我々の脱出を支援してください」


 特殊降下連隊の指揮官である大尉がそうアレステアに要請。


「幸運を祈ります。無事に戻ってきてください」


「ええ」


 特殊降下連隊は警備の穴から航空基地内に侵入する。


 暗闇の中を接敵を避けて進む。下手に接触して戦闘となれば数で圧倒的に劣勢かつ軽歩兵に過ぎない特殊降下連隊は一瞬で制圧されるし、暗号表が盗まれたことに魔獣猟兵が気づいてしまう。


「アンサラーを確認」


「完全に魔獣猟兵のものになっているな。改装した痕跡もある。忌々しい」


 かつてアーケミア連合王国空軍の空中戦艦ヴィクトリーとして設置されていた魔道式高射機関砲などが火薬式のそれに置き換えられている。


「しかし、艦内の構造はそこまで変わっていないはずだ。行くぞ」


 特殊降下連隊はロープを空中戦艦アンサラーに向けて投げて飛行艇の艦体をよじ登り、艦内に侵入した。素早く周囲の索敵を行い、敵がいないことを確かめた。


「気づかれないように任務を達成するぞ。死体が転がっていても不味い」


 死体が飛行艇内あれば侵入を知られ、暗号表についても漏洩を疑われる。そうなってしまうと手に入れた暗号もまた別のものに変更されてしまうだろう。


「暗号表は戦闘指揮所のはずだ。そして、今アンサラーには魔獣猟兵はひとりもいない。先の戦闘で第2砲塔が破損して、後方に送って修理するのを待っている」


 先の連合軍との戦闘で空中戦艦アンサラーは第2砲塔に被弾。砲塔旋回ができなくなったとの情報が入っていた。


 そのため後方のドックに送られて修理される予定であり、今は戦闘態勢にない。それでいていざという時に離脱させるために暗号表などは積み込んであるとみられていた。


「敵影なし。進め」


 無人の飛行艇内を特殊降下連隊の作戦要員たちが駆け抜け、戦闘指揮所を目指す。


 空中戦艦アンサラーとなる前の空中戦艦ヴィクトリーは空中戦艦としては珍しく空中空母と同様に艦橋ではなく、頑丈な戦闘指揮所で指揮を執るようになっているのだ。通信機器もそこに集中している。


 この手の指揮機能を集約していた戦闘指揮所機能を持たせた空軍の戦闘飛行艇、海軍の戦闘艦は徐々に広がりつつあった。


「戦闘指揮所周辺に敵影なし」


「暗号表については通信情報本部の作戦要員から指示された通りのものを写真撮影して確保する。敵に暗号表を我々が手に入れたことを知られてはならない」


 特殊降下連隊の兵士たちは慎重に戦闘指揮所に進入。


 そして、無線機などの付近で暗号表または暗号装置を探した。


「ありました。暗号表です!」


「撮影を。急げ」


 特殊降下連隊の兵士がライトで暗号表を照らしながら写真を撮る。全ての暗号表のデータを撮影し、元あった場所へとそっと戻した。


「後は逃げるだけだ。急ぐぞ」


 特殊降下連隊の任務は成功した。


 彼らは無事に暗号表を魔獣猟兵に気づかれずに獲得できたのだ。


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