爵位の問題

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 ──爵位の問題



 ラストハーバーの勝利から1か月が過ぎた。


 連合軍はアーケミア連合王国での反転攻勢に向けて準備を進めている。


 アレステアが王都クイーンズキャッスルに呼ばれたのはそんな中のことだ。


「皇帝陛下が僕を?」


「ええ。アレステア卿に王都の迎賓館に来ていただきたいと」


 アレステアを呼んだのは皇帝ハインリヒだった。


「分かりました。どうやって向かえばいいでしょうか?」


「向こうの方で移動手段は準備しているそうなので、とりあえず友軍の飛行艇でクイーンズキャッスルへ。後は任せて大丈夫ですよ」


「はい」


 アレステアはシーラスヴオ大佐にそう言われてクイーンズキャッスルへと発った。


 クイーンズキャッスルの空軍基地から向かえの乗用車に乗り、アーケミア連合王国外務省管轄の迎賓館へと入る。そこに再びアーケミア連合王国を訪れたハインリヒが滞在しているのだ。


「アレステア卿ですね。こちらへどうぞ。陛下がお待ちです」


 迎賓館についたアレステアをハインリヒに同行している宮内省の職員が案内する。


「我が友! 相変わらず武勲を上げ続けているようだな」


「陛下。お久しぶりです」


 ハインリヒがアレステアを出迎え、アレステアが微笑む。


「今回はどのようなことでしょうか?」


「私が来たのは表向きにはアーケミア連合王国との友好関係への助力だ。少なくともそういう名目で私は訪れたことになっている」


 ハインリヒがそう語る。


「帝国では軍事行動は防衛線のみで依然として戦線は膠着している。カエサル・ラインで砲撃と小規模な陣地の奪い合いが続いているのみだ。今の主戦線は帝国ではなく、アーケミア連合王国にある」


「それでアーケミア連合王国にいらしたのですか?」


「うむ。将兵の激励とそれから結婚の件でな……」


「ああ。アン王女とのご結婚の話ですね」


 アレステアはハインリヒにはもう結婚の話が出ていることを思い出した。


「正直アン王女はいい女性だと私も思う。だが、結婚となるとな。彼女に対して責任を持たなければいけなくなるのだ。それにいまいち自身がない」


「そうですよね……。無責任に結婚はできませんよね」


「そう言っておきながら悪いのだが、我が友にも似たような話を持ちかけることになる。聞いてくれるか?」


「え?」


 ハインリヒの言葉にアレステアが戸惑う。


「宮内省からの申し出だ。我が友、アレステア。お前に男爵位を授けたい」


「男爵位、ですか? それって貴族になるってことですか……?」


 ハインリヒの言葉にアレステアが目を見開いた。


「神の眷属であり英雄に対してアーケミア連合王国から準男爵位を授けられたのに帝国では騎士の階級しか与えていないのはどうなのかと枢密院が提言してな。このような話がでることになった」


「け、けど、貴族って、その、大変ですよね?」


「確かに簡単なものではないな。その名誉に応じた義務が生じる。だから、私としては我が友をそういうもので縛りたくはないと言っているのだが……」


 アレステアは困惑しっぱなしでハインリヒも申し訳なさそうだった。


「お断りすることはできるのでしょうか?」


「もちろん断ることはできる。だが、すぐに断るのは少しばかり問題がある。考えた上でやむを得ず断るという形にしてくれると波風が立たずに済むんだ」


「分かりました。では、暫く答えは保留しておきます」


「ああ。別に断っても私はお前を悪く思わないぞ、我が友よ」


 アレステアとハインリヒはそう言葉を交わしてから暫く雑談をして会合を終えた。


 アレステアは王都クイーンズキャッスルで一泊したのち、再び前線に戻る。


「どう思いますか、カーウィン先生……?」


 この件についてアレステアが相談したのはルナだ。医務室でアレステアはルナを前にそう尋ねていた。


「貴族になるというのは確かに責任を伴うものだ。君は男爵となればその地位に相応しい暮らしをする必要に迫られる。良くも悪くも皇帝に仕える貴族というのは誇り高くあらねばならないからね」


「そうですよね。僕にはできそうにないです。せっかく用意していただいたのに悪いのですが……」


 ルナが語るのにアレステアは申し訳なさそうにそう言った。


「申し訳なく思う必要はないよ。これは君を讃えているわけじゃないだ。まして君のためを思ったことでもない。ただ国家が体面を保つためにやったことでしかないんだ」


「そうなのでしょうか?」


「君が何を本当に欲しているかを考えてみるといいよ。君はこの戦争が終わった時に何を求めるんだい?」


 アレステアの疑問にルナが尋ねる。


「僕は……以前のように墓守に戻りたいです。帝都でなくてもいい。地方の小さな墓所でもいいのでまた死者の方々の眠りを守りたい。それが僕にとって一番向いていると思うんです」


「そうだね。誰もが地位や権力を求めるわけじゃない。それに地位も権力も目的のための道具であって、それそのものが目的になるのではない。君は地位や権力がなくてもその夢をかなえられるだろう」


「戦争が終わりさえすればですけどね」


 ルナの言葉にアレステアが苦笑いを浮かべた。


「ただ、君がこのままゲヘナの眷属であり続けるならば、君は最後には……」


「知っています。地上に留まれなくなる。ゲヘナ様と冥界に行かなきゃいけなくなる。そう聞いています」


「知っているのだね。君は君の望むものを諦めなくてはならなくなる。君は人のために頑張っているというのに君のささやかな願いすらかなえられない」


「けど、仕方ないですよ。誰かがやらなければいけないことだったんです」


「本当にそう割り切れているのかい?」


 アレステアの顔をルナがじっと見つめる。


「もしもその運命が変えられるとすればそれに縋ろうとは思わないか?」


「いいえ。受け入れましたから。僕がひとりでわがままを言って世の中の理を乱してはみんなが迷惑してしまいますから」


「君は本当に優しい子だ。いつも周りのことを思っていて、自分を犠牲にしてでも人の役に立とうとしている。立派だね。私も見習わなければならないよ」


 ルナはそう言って優しく微笑むとアレステアの頭を撫でた。


「けど、特には弱音を吐いてもいいんだよ。私が受け止めよう」


「ありがとうございます、カーウィン先生」


 アレステアはそう言って医務室を出ていった。


「彼は本当に純粋で、一生懸命だ。それなのに私は……」


 アレステアの去った医務室でルナがそう呟く。


 連合軍による反転攻勢に向けた準備はその間にも進められており、大量の飛行艇や火砲、装甲戦闘車両が前線に集結し、それに応じた兵士たちも前線に向かう。


 連合軍統合参謀本部はこの反撃によってアーケミア連合王国における決定的勝利を求めている。アーケミア連合王国を連合軍にとっての聖域にすることが目的なのだ。


 反転攻勢に向けての準備が進んでいく。


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