暗号解読

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 ──暗号解読



「連合軍統合参謀本部は反転攻勢を計画しています」


 シーラスヴオ大佐がそういうのはアラン・ハルゼイ暗殺作戦から数日後だ。


 アレステアたちは再び王都クイーンズキャッスルに戻り、そこにある空軍基地で待機していた。アンスヴァルトもそこで武器弾薬の補充を行っている。


「反転攻勢ですか?」


「ええ。先の戦いで魔獣猟兵は深刻な被害をしました。ラストハーバー撤退からの追撃戦で地上軍に被害が、航空戦で航空戦力に被害が、それぞれ生じました」


 魔獣猟兵はラストハーバーを落とそうとした作戦に失敗し、その後の連合軍の反撃で逆包囲されて大規模なの損害を出した。


「しかし、すぐに反撃に出ることには慎重です。我々は一度フサリア作戦で敵の罠にはめられました。そのことを連合軍統合参謀本部は懸念しています」


 以前帝国軍が実施した反転攻勢フサリア作戦では魔獣猟兵の罠に嵌り、帝国軍は甚大な被害を出してしまった。そのことを連合軍統合参謀本部の統合参謀本部議長であるシコルスキ元帥は警戒している。


「では、どのような対策を?」


「確実な情報収集です。帝国安全保障局とアーケミア連合王国戦争省通信情報本部が合同で魔獣猟兵の通信傍受を行います。そのための通信傍受作戦を我々が支援することになります」


「なるほど。情報収集ですね」


 奇襲を防ぐには情報を集めるしかない。奇襲にせよ何にせよ事前の作戦行動の前には通信情報が活発化するはずだ。


「情報艦を使わないのー?」


「敵にこちらの反転攻勢を悟られたくないと連合軍統合参謀本部は考えています。それ故に魔獣猟兵が司令部を設置しているプリズンフォレストに潜入し、そこで通信傍受を行う計画が立案されました」


 シャーロットがもっともな疑問をウィスキー片手に尋ねるのにシーラスヴオ大佐がそう答えた。


「また副次目標として魔獣猟兵が使用している暗号表を獲得することも計画されています。現在魔獣猟兵の暗号は部分的に解読されていますが、完全ではありません」


「暗号表を盗むわけですね。しかし、場所は分かっているので?」


「ええ。魔獣猟兵の空中戦艦アンサラーにあると情報部は分析しています」


「敵に奪われた艦ですね」


「そうであるが故に我々はアンサラーの構造について知り尽くしています」


 狙いは空中戦艦アンサラー。かつて空中戦艦ヴィクトリーだった飛行艇だ。


「暗号表奪取はあくまで副次目標であり、可能であれば達成するものです。重要なのは無線を傍受できる状況を作ることです」


「了解です。作戦開始はいつからですか?」


「今回もアーケミア連合王国空軍特殊降下連隊との合同任務になりますので、こちらと彼らの準備ができ次第です」


 そしてアレステアたちは作戦のために準備を進め、特殊な消音銃やそのための亜音速弾などを運び込んだ。


「シャーロット卿!」


 そんな準備をしていたときに久しぶりに戻ってきたアルデルト中将がシャーロットに声をかけて来た。


「どしたの、アルデルト中将?」


「その“グレンデル”はいい武器のようだね?」


「まあ。長い付き合いだよ」


 シャーロットがいつから帝国軍などの正規軍の正式装備ではない“グレンデル”を使っているかは分からないが、少なくとも短い付き合いではない。


「そろそろ装備を更新する気はないかね? これからはもっと威力のある銃が必要になってくることだろうからね!」


「そりゃあ威力のある銃は歓迎だけどこれ以上強い銃なんてないんじゃない?」


「そんなことはないぞ。これを君のために準備した!」


 アルデルト中将はそう言うと彼の部下が金属の巨大なケースを運んできた。


「これを見たまえ。私が帝国陸軍のために開発した新型対戦車狙撃銃だ」


「おお?」


 金属のケースの中に入っていたのは巨大なライフルだ。“グレンデル”よりも大きいが、扱い方はそこまで変わっている様子ではない。


「名前は付けていないが君が使っている口径14.5ミリよりも大口径の口径25ミリ弾高性能ライフル弾を使用するものだ。威力については多いに保障しよう!」


「反動が凄いんじゃない?」


「それについては反動軽減について十分に研究を重ねているから安心したまえ。扱える範囲の反動になっている」


「へえ。流石は技術中将。帝国最高位の兵器設計者ではありますなあ」


「ははは! 私が作るのは祖国と国民を守るため武器だ。兵器がその役割を果たせるように頼むぞ」


「ええ。任せて。ちなみにこの銃の名前は?」


「まだ正式採用されていないので決まっていない。君の好きに呼ぶといいであろう!」


 アルデルト中将はそう豪快に笑った。


「じゃあ、“グレンデルII”だね。私の“グレンデル”の後継」


 シャーロットはそう言ってにやりと笑った。


「弾薬は準備してある。いろいろと種類はあるぞ。徹甲炸裂焼夷弾から何まである!」


「おおー。これはありがたいね、中将閣下」


 シャーロットは必要な弾薬を補充し、作戦に備える。


 そして、今回任務を共に行うアーケミア連合王国空軍特殊降下連隊もアンスヴァルトにやって来た。作戦に参加するのは8名の将兵だ。


「指揮官のジョン・スターリング空軍大尉です。よろしく」


「アレステア・ブラックドッグです。共に戦えて光栄です」


 特殊降下連隊の兵士たちはサプレッサーが装備された魔道式自動小銃で武装している。帝国陸軍のものとは規格が違う.303口径ライフル弾を使用するものだ。


 それから帝国安全保障局とアーケミア連合王国戦争省通信情報本部の作戦要員4名。


「我々が無線傍受基地の設置を行います。それから副次目標である暗号表の獲得の際にも技術的な支援を」


「よろしくおねがいします」


 彼らは通信による諜報活動──シギントの専門家たちだ。


「大佐殿。機材の搬入が完了しました」


「テクトマイヤー大佐に連絡。いつでも作戦行動可能であると」


 そしてシーラスヴオ大佐がアンスヴァルト艦長のテクトマイヤー大佐に連絡。


「司令部より通達。作戦を開始せよとのこと」


「了解。作戦開始だ。離陸する」


 それから司令部よりアンスヴァルトに作戦開始命令が伝えられた。


 アンスヴァルトが滑走路を駆け抜け、上空にはばたく。


「友軍飛行艇と合流」


「未だに航空優勢は友軍が握っているのだな」


「ええ。先の勝利が大きいですね」


 魔獣猟兵の空中艦隊は先の空中決戦で主力艦を多数失い、その結果として活動が極めて低下していた。


 今やアーケミア連合王国の空は連合軍のものだ。


「降下予定地点まで間もなく」


「友軍飛行艇より連絡。周辺に敵艦存在せず」


 既に友軍が航空優勢を握っているためレーダーを使用した空中駆逐艦複数が警戒監視を行い、その情報を電波輻射管制中のアンスヴァルトに通達していた。


「降下予定地点です」


「降下艇発艦準備!」


 そして、プリズンフォレストへの降下が開始される。


……………………

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