得られたはずの情報

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 ──得られたはずの情報



 魔道式自動拳銃を握ったアラン・ハルゼイ。その前に立つアレステア。


「降伏を。本当に責任を取るつもりがあるならば」


 アレステアは“月華”の刃を降ろしてそう促す。


「死は確かに責任から逃げているかもしれない。だが、大勢を犠牲にしていながらのうのうと生き残れと君は言うのか? 私はどうせ司法の手で殺されるだろう」


「あなたは魔獣猟兵について情報がある。それを提供すれば」


「それは同志への完全な裏切りだ」


 アレステアの言葉にアラン・ハルゼイがそう言い放つ。


「では、あなたはこれからも犠牲が出続けることを容認するのですか? このやり方であなたの理想が実現できると信じて」


「……分からない。もしかするとこの方法では何も実現できないかもしれない。それどころか事態が後退することすらあると感じる。長期の戦争は国民を国家という権威に隷属させてしまうのだから」


「なら、終わらせましょう。もう戦いは十分です。そうでしょう?」


「そう簡単に決断できるものではないよ。既に生じた犠牲者と始まった戦争は事実だ。もう覆すことはできない。だからこそ我々は──」


 アラン・ハルゼイがそう語った時、彼の頭が弾け飛んだ。


「狙撃! 伏せて!」


「誰が撃った!? 射撃中止、射撃中止だ!」


 シャーロットが叫び、ゴードン少佐が命令を繰り返す。


 そして警報が鳴り響き始めた。


「敵に気づかれた。離脱だ!」


「ハルゼイさんの死体を持ち帰らないと! 彼から情報を!」


「無理だ! 余裕がない! 囲まれる前に逃げるぞ!」


 アレステアが訴えたがゴードン少佐がそれを却下して撤退を開始。


「撤退命令を発令。繰り返す、撤退だ。全部隊撤退せよ!」


『了解』


 他の部隊がイーグルロック要塞に突入したアレステアたちの撤退の支援に回る。


「魔獣猟兵の援軍を確認。足止めするぞ」


「は、はい」


 アリーチェが観測手の指示に従って魔獣猟兵の兵士を狙撃。狙撃手の位置が分からない状態で動けなくなった魔獣猟兵の隊列を引き続き牽制し続ける。


 しかし、狙撃手を配置していたのは連合軍だけではない。


「アラン・ハルゼイの死亡を確認、と」


 338口径の魔道式狙撃銃に備え付けられた光学照準器を覗き込み、頭を弾き飛ばされて死亡したアラン・ハルゼイを見るのは傭兵サイラス・ウェイトリーだ。


「しかし、本当にやっちまってよかったのか、アザゼルの姉御」


 サイラスはそう自分の傍にいるアザゼルにそう尋ねた。


「ああ。そうだ。これでいい。この意味は分かるだろう?」


「これで魔獣猟兵は劣勢の最中、屍食鬼まで一斉に失う。連合軍を食い止めるものはいなくなっちまう」


「これまで魔獣猟兵は勝ちすぎた。バランスを取らなければな」


 サイラスが言い、アザゼルが頷く。


「死人が増えないと俺たちの野望は果たせないからな」


「そうだ。死人が増え続ける必要がある。死人は増えるがゲヘナがそれを得ることはない。冥界に向かう死者はいない」


「そうなれば、か」


 アザゼルの言葉を受けてサイラスが撤退準備を始める。


「俺は旧神戦争の英傑様どもも神々もクソくらえだって思ってる。このクソッタレな戦争で連中が血を流すのは俺にとっては実に嬉しいことだ」


「お前もまた奪われた側か」


「ああ。そうとも。だから、奪ってやるんだよ。あんたらのようにな」


 サイラスは憎悪をにじませてそう語った。


「それは果たされるだろうな。これで何もかも終わりになるんだ」


 アザゼルはそう呟く。



 ──ここで場面が変わる──。



「葬送旅団! 撤収準備はできている!」


 着陸地点を確保しているアーケミア連合王国空軍特殊降下連隊がアレステアたちを出迎えた。まだ着陸地点は攻撃を受けていない。


「降下艇が来ます!」


「すぐに乗り込め!」


 アンスヴァルトを発艦した降下艇がアレステアたち迎えに来て、アレステアたちがすぐさま降下艇に乗り込んでいく。


『降下艇、着艦します』


 アンスヴァルトは電波輻射管制を行い、低高度にとどまっており、降下艇を回収するとゆっくりと針路を変えて魔獣猟兵の支配地域からの脱出を開始。


「今現在本艦はいかなるレーダーの照射も受けていません、艦長」


「友軍空中艦隊との合流地点までは?」


「残り4分で到達します」


「今回は友軍が航空優勢を握っているのがありがたいな」


 魔獣猟兵の空中艦隊は大敗を喫し、今や航空優勢を握っているのは連合軍だ。


 アンスヴァルトはいもより余裕を持って作戦空域から離脱していく。


 一方のアンスヴァルトに戻ったアレステアは医務室にいた。


「それで助けられなかったんです。どうするべきだったんでしょうか」


 アレステアはアラン・ハルゼイを死なせて知ったことをルナに相談していた。


「君にどうにかできた問題ではないよ。彼は大勢を殺していた。そして自分の罪と大義の価値を天秤にかけていた。その天秤はどちらにも傾かないから結論はでない」


「アラン・ハルゼイさんは死ぬしかなかったのでしょうか?」


「彼は生きて罪を償うということはできなかった、というべきだね。罪を認めてしまうのは彼の大義を完全に否定してしまう。彼にとってそれは単純に死ぬよりも苦痛であり屈辱であったと思うよ」


「そうですよね。自分が信じてきたことを完全に否定されるのは嫌ですよね」


「君も君が戦ってきたことの理由を否定されるのは嫌だろう。戦うということは何の理由もなくできることじゃない。確かな理由がなければそれはできない」


 アレステアの言葉にルナがそう言う。


「僕はゲヘナ様のために、そして死者の眠りのために戦っています。けど、これも否定されることはあるのでしょうか……?」


「魔獣猟兵や死霊術師には彼らの正義がある。誰も自分が悪役だなんて思っていない。正義の反対は別の正義なんだよ。どれが正しくて、どれが間違っているかなんて誰にも分からないのだから」


「間違いだと思いながら戦うことはできない。だから、彼らは彼らの正義を信じている。けど、死霊術は明白な間違いではないですか?」


「それはゲヘナが決めた定義でしかない。かつて死者の辿る運命は複数あった。罪人が向かう場所、善人が向かう場所、勇敢に戦った戦士が向かう場所。それらを全て叩き潰してゲヘナは冥界を作った」


「ゲヘナ様が作った……」


 ルナの言葉にアレステアが呟く。


「そう。彼女も旧神戦争という戦争を通じて自分の秩序を作った。それを戦争で覆すことを君は完全に否定できるかい?」


「それは……」


「銃剣で作られた王座は銃剣によって崩される。そしてこの世のほとんどのものは戦争を通じて作られている。人は争いの中で秩序を作って来た。混沌から秩序は生まれる。戦争から正義が生まれる」


 ルナはそう言って少しうんざりした表情を浮かべた。


「君の大義や正義も否定されるかもしれない。それでも君は戦えるかい?」


「はい。もう止まれないんです」


「そうだね……」


 アレステアがそう言い、ルナは小さく頷いた。


……………………

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