それに何の意味がある?
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──それに何の意味がある?
アレステアは爆弾の起爆装置と化している戦闘指揮所にて連絡を待った。
『こちらゴードン。撤収は完了した。後は頼む』
「はい」
アレステアは残された無線機で空中空母アンヴァルに乗り込んだ葬送旅団部隊が撤収するのを待っていたのだ。
『あー。無線を代わった。私だ。アルデルト中将である。アレステア卿、爆弾について説明するのでよく聞くように。こちらそちらが見えているが、まだスケイルリバーまでは遠いぞ。安心するんだ』
「はい。では、お願いします」
それから技術者としてもっとも有能なアルデルト中将が爆弾について戦闘工兵から報告を受け、その報告に基づいて起爆する方法を説明し始める。
『──以上だ。分かったかね?』
「はい。分かりました。ありがとうございます、アルデルト中将さん」
『しかし、君は勇気があるな。いくら不死身とは言えど痛みは感じるのだろう? それに体が無事も心がそうとも限らないと聞いた。君は本当に勇敢である。私の孫娘を嫁にやってもいいぐらいだ!』
「あはは。僕は僕にできることをしたいだけですから。では」
『幸運を祈る』
そして、アルデルト中将からの連絡が切れた。
「さて、この飛行艇を自爆させないと」
アレステアはアルデルト中将に言われた通りに配線を操作しようとする。
「やあ! 相変わらず君は自分自身を犠牲にしているんだね?」
そこで唐突に少女の声が響く。
「あなたはラルヴァンダードさん?」
「ラルって呼んでよ。親しみを込めて、さ」
現れたのは以前現れたラルヴァンダードという魔獣猟兵に所属している存在だった。
「あなたは何をしにここへ?」
「君が愚かなことをしていると思って見に来ただけ。愚かだよね。この行為が君にとって何の得になるっていうのさ? 痛い目にあって、酷いことになって、それでも君はいつもいつも同じことを繰り返してる」
ラルヴァンダードは戦闘指揮所の中で呆れたようにそう語る。
「僕はやらなければいけないことをやっているだけです」
「やらなければいけないこと? そんなものはないよ。3大欲求を満たすことぐらいしか人間にやらなきゃいけないことはない。どうしてやらなきゃいけないって思うの?」
「僕はゲヘナ様の眷属ですから」
「それは押し付けられたものじゃないか。君が自ら望んでなったものじゃないだろう。それなのにやらなきゃいけないっていうの? それで君に何の得があるの?」
「得とかそういうのじゃなくて社会はみんなで支えながら生きていくものだから……」
「そうだね。普通は社会の貢献することはその社会に所属する自分の利益になる。でも、君は違うよ。この戦争に貢献して勝利したって、この社会にも、この世界にも残ることはできないんだから」
なあんのメリットもないとラルヴァンダード。
「それでも意味があるはずです。僕は大勢の人が死ぬのを、安らかに眠るはずだった死者が屍食鬼にされているのを、ただ見ていて気分がいいことはありませんので」
「それだね。君のエゴだよ、それは。自分しか救えない。自分が救わなくちゃいけない。そう思っている。他人をまるで信頼していない。できない人間のために奉仕することを好む歪んだが性質」
「エゴ……」
「この巨大な戦争で本当に君だけが世界を変えられるって信じてるの? 自分が戦わなければ人類は敗北して、皆殺しにされるとでも? 見なよ。こんな巨大な飛行艇が空を飛び、地上には数十万、数百万の軍隊だ」
ラルヴァンダードが踊るようにステップを踏みながら語る。
「君がセラフィーネのような規格外の神の子ならばともかく君はただの墓守の少年がゲヘナに節を与えれたに過ぎない。それが世界を救う救世主になれると思っているなら、少しばかり道化のようだね」
「救世主になりなんて思ってません! できることをしたいだけなんです。今、できることをしておかないと後になってからやればよかったと思ってもそれはもうできないことですから」
「ふむ。残念な英雄だ。カリスマと武勇ある英雄ではなく、下々のものに媚びへつらう乞食のようだ。君はさ。もっと偉そうにしていいんだよ。自分を犠牲にすべき段階はもうとっくに終わっている。君は英雄の照合を得たんだから」
「英雄にも救世主にもなりません。僕はただのゲヘナ様の加護受けた墓守。それだけです。そして、その上でできることをする」
アレステアはラルヴァンダードにそう語った。
「それがたとえ自分にとって何の利益ならなくても?」
「ええ。自己満足にすぎないとしてもです」
「そうか。なるほど。君は生まれるべき時代を間違ったね。君こそ旧神戦争の時代に生まれるべきだった。そしてセラフィーネのように神々のためという名目で盲目的に戦うべきだった」
ラルヴァンダードは話は終わったというようにアレステアに背を向ける。
「じゃあ、せいぜい頑張るといいさ、墓守君!」
にやりと笑ったラルヴァンダードはそう言って不意に消えた。
「……そう、僕は墓守だ。英雄でも救世主でもない」
アレステアはそう言いながら爆弾の配線に注意を戻す。
「これで点火する。じゃあ、やろう!」
アレステアが爆弾に点火。
空中空母アンヴァルの中にあった爆弾が一斉に爆発を起こし、その艦体が吹き飛ぶと同時に周囲に盛大な炎と爆風を撒き散らす。
その爆発は既に空中空母アンヴァルから離脱したアンスヴァルトからも見えた。
「……空中空母クイーン・エリザベスが爆発しました」
「本当に彼は生きているのか? いくらゲヘナ様の眷属でも……」
「理論上は大丈夫です。彼は以前にも爆弾テロにあって生き延びていますから」
「ふうむ」
自ら爆弾の起爆方法を教えたアルデルト中将はレオナルドの言葉に渋い表情を浮かべ炎上しながら墜落していく空中空母アンヴァルを見つめた。
「私も軍に長くいて自らを犠牲にした将兵についてよく知っている。それがそう簡単になることができないことも。彼はまさに英雄だな」
「英雄とは死ぬことによって完成すると言います。生きている限り、その英雄は堕落し得るがために。死なない彼は本当に英雄になれるのか。また英雄になったとして彼が幸福になれるのか……」
アルデルト中将の言葉にレオナルドがそう呟く。
「何が英雄だい。英雄なんて馬鹿らしいよ。担ぎ上げられて体のいいプロパガンダに使われたせいで本人がそっちに合わせなきゃいけなくなっている」
シャーロットはそう吐き捨てた。
「アレステア少年はできることをやるって言ってるけどこれもあれもできるって押し付けてるのはあたしたち大人だよ。あれはあたしたちがやらせたようなものだ」
「かもしれません。ですが、アレステア卿のおかげで連合軍が魔獣猟兵に屈していないのもまた事実。この戦争には彼が必要です。どうあっても」
シャーロットの言葉にシーラスヴオ大佐が返す。
「魔獣猟兵の空中艦隊が撤退を開始したようです」
「やはり作戦目標は物資集積基地にあの飛行艇を突っ込ませることだったか。何とか阻止で来たな。まだ延長戦を続けられそうだ」
シグルドリーヴァ大隊の兵士の報告にゴードン少佐がそう言った。
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