炎の海
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──炎の海
セント・フォートで起きた襲撃は報告がまとまるにつれて魔獣猟兵の狙いが分かって来た。報告された敵部隊の位置や襲撃が行われている場所、連絡が取れなくなった味方部隊などの位置で分かり始めたのだ。
「敵は国王陛下と皇帝陛下、その他要人を狙っているわけではない」
至急司令部で報告をまとめたセント・フォートに展開している部隊を指揮しているアーケミア連合王国陸軍大将が告げる。ローランド・アームストロング大将だ。
「敵の部隊が多く報告されていたのはこの造船区画。飛行艇を建造中の場所だ。ここには現在空軍が配備を目指している空中戦艦ヴィクトリーと空中空母クイーン・エリザベスがいつでも飛び立てるようになっている」
そう、魔獣猟兵はアーケミア連合王国空軍からエスタシア帝国空軍へと飛行艇を譲渡することを記念した式典に参加している要人を狙ったわけではない。
そちらは恐らく囮。本命はセント・フォートで建造中だった大型飛行艇だ。
「この飛行艇を渡すわけにはいかん。すぐさま部隊を派遣して制圧する。作戦参謀、抽出できる部隊はあるか?」
「第1空挺師団から第12空挺連隊が投入可能です。それから葬送旅団も」
「葬送旅団か。分かった。それらを派遣し、飛行艇を奪わせるな」
「了解」
そして、司令部からの命令でアーケミア連合王国空軍第1空挺師団隷下第12空挺連隊と帝国陸軍所属葬送旅団がセント・フォートに位置する飛行艇建造のためのドックに派遣されることとなった。
「ドックを襲うだなんて。飛行艇を奪おうというのでしょうか」
「このセント・フォートにはブラック・エアシップ・インダストリーという会社が保有する大規模な飛行艇ドックがある。魔獣戦争が始まってから王国陸軍が警備はしていたが、どうやら突破されたようだ」
アレステアたちは第12空挺連隊の兵士たちともにアーケミア連合王国空軍が保有している軍用トラックでセント・フォートの造船所を目指している。
「飛行艇の艤装は終わっているのですか?」
「分からん。司令部は飛行は可能だと言っているが」
「弾薬を搭載していないことを祈るしかありませんね」
レオナルドがそう言った。
その後、ようやくアレステアたちはドックがある工業地帯に到着。
「降車、降車!」
「陸軍の守備隊は壊滅したのか? どこにいる?」
第12空挺連隊の将兵が周囲を見渡すが友軍はいない。
「連隊長殿。急いで飛行艇を押さえるべきです。飛び立たれたら終わりですので」
「分かった。すぐに部隊を向かわせよう」
第12空挺連隊連隊長が部下の進言に頷く。
「葬送旅団にも応援を頼めるだろうか、アレステア卿?」
「もちろんです。任せてください!」
アレステアたち葬送旅団と第12空挺連隊は造船所敷地内のドックを目指して急いだ。
しかし──。
「大隊長殿。先行していた第1中隊との連絡が途絶しました」
「偵察に出していた部隊か。まさか全滅ということはないだろうが」
第12空挺連隊A大隊の大隊長が部下からの報告に首をひねる。
「アレステア少年。屍食鬼はいる感じ?」
「います。間違いありません」
「なら、ちょっと用心しないとね」
アレステアがゲヘナの眷属とし屍食鬼の存在を掴み、シャーロットがそう言う。
「慎重に進め。何があるか分からないぞ」
「了解しています」
第12空挺連隊がじわじわと空中戦艦ヴィクトリーと空中空母クイーン・エリザベスが存在するドックへと進んだ。
「あれが空中戦艦ヴィクトリー、でしょうか?」
アレステアたちの視線の先に高く聳える構造物を有した空中戦艦が姿を見せた。
50口径40.6センチ連装砲4基を主砲としながら各種火砲と優れた防御力及び機動力を有する飛行艇。それが空中戦艦ヴィクトリーだ。
この空中戦艦ヴィクトリーをネームシップにアーケミア連合王国空軍は同型艦6隻を就航させるつもりだった。
「まだ飛び立ってはいないようだ。このまま──」
そこで炎の海があふれ出した。
「うわっ──」
炎を浴びた第12空挺連隊の将兵が倒れる。
「よう、連合軍の兵隊ども! ここは通さないぜ?」
炎とともに現れたのは赤い髪に長身で若い外見の女性だ。褐色の肌をしたその体は魔獣猟兵が採用した戦闘服に包まれ、その女性的な体のラインが浮かび上がっていた。
その手に握らているのは警察などが使用する警棒だ。
「あたしの名はヴァレンティーナ・マーヴェリック。カーマーゼンの丘にて契りし魔女のひとりにして復讐の神エリスの戦士。人呼んで“地獄の魔女”!」
「カーマーゼンの魔女……!」
現れたのはカーマーゼンの魔女の生き残りの最後のひとり。
セラフィーネ、カノンの盟友ヴァレンティーナだ。
「ここから先に進もうって言うならば全員焼け死んでもらうことになるぞ。さあ、帰った、帰った! 死にたくはないだろ?」
「ダメです。進ませてもらいます!」
ヴァレンティーナが言うのにアレステアが“月華”とともに前に出た。
「ん? そこのちびっ子はもしかしてアレステアって子かい? セラフィーネがやたらとお気に入りの子だろ? 違うか?」
「ええ。僕はアレステア・ブラックドッグです。ゲヘナ様の眷属」
「ほうほう。なるほどね。不死身の戦士って奴か。旧神戦争時代にはそんなもの珍しくなかったけどさ」
そう言ってヴァレンティーナがからからと笑う。
「不死身を謳った連中もあたしの炎の前には屈したよ。さあ、跪け」
ヴァレンティーナが警棒を振るうと炎が津波のようにアレステアに押し寄せた。
「回避、できない……!」
炎はアレステアに直撃し彼を火だるまにする。炎がアレステアを生きたまま焼き、その肉を構成するタンパク質が変性し、さらには急速に炭化していく。
「まずはワンキル。残り何回耐えられるかね、ちびっ子?」
ヴァレンティーナが炎に包まれたアレステアを見てにやりと笑った。
「クソ。アレステア卿だけに任せておくわけにはいかない。撃て!」
ここで第12空挺連隊の将兵がヴァレンティーナへの銃撃を開始。
「ああ。あんたらもいたんだったね。さっき来た連中は炭にしてやったってのにしつこいもんだ。さあ、失せた、失せた。死にたくなければ尻尾を巻いて逃げな!」
ヴァレンティーナが警棒を踊らせると炎の壁ができ、それが全ての銃弾を空中で溶解させて地に落とす。これによって第12空挺連隊が射撃で叩き込んだ全ての銃弾が無力化されてしまった。
「なんだと……!?」
「死にたくなければ失せろって言っただろ」
驚く第12空挺連隊の将校に向けてヴァレンティーナが警棒を向ける。
「あ、ああ! た、助けてくれ! わああっ!」
次の瞬間、将校が炎に包まれ地面をのたうつ。
「やる気になくなったろ? 帰って酒でも飲んで寝るといいさ」
ヴァレンティーナはそう言って警告するように警棒を軽く振った。
「クソ。カーマーゼンの魔女の相手なんてできるはずが……」
「しかし、このままでは我々の飛行艇が!」
第12空挺連隊の将兵はヴァレンティーナひとりを前に足止めされてしまい、身動きが取れなくなっていた。
「さて、後は飛行艇が飛び立つまで待機──」
そこで何かに気づいたかのようにヴァレンティーナが急に身を翻す。
「外した!」
「おっと! こいつは危ない!」
それは“月華”を振るって攻撃してきたアレステアで、それをヴァレンティーナが紙一重で回避したのだ。
「もう読みがったとはね。驚きだよ! だが、何度でも焼いてやるさ!」
「そう何度もはやられませんよ!」
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