アンヴァル作戦

……………………


 ──アンヴァル作戦



 アレステアたちが暗黒地帯に降下した日。


 その当日、夜明けまで1時間ちょっとという時間に砲声が響いた。


 魔獣猟兵が集結させた大規模な砲兵部隊が一斉に砲撃を開始し、あらゆる口径の砲弾がカエサル・ラインでコンクリートによって永久陣地化されたそこに降り注ぐ。


「攻撃だ! 魔獣猟兵の総攻撃だ!」


「司令部に連絡! 急げ、急げ!」


 猛烈な砲撃が行われ、同時に上空に空中艦隊が出現。


『ネルファ空中艦隊旗艦空中戦艦ケットシーより艦隊各艦に告ぐ。トラヤヌス降下軍集団が降下作戦を開始する。これを援護せよ』


『了解!』


 魔獣猟兵の空中艦隊の指揮を執るネルファが命じる中、空中艦隊は高度を落とした。そして、同時に空中空母バンシーを司令部とするトラヤヌス降下軍集団が出現。無数の大型輸送飛行艇が空を覆い尽くす。


「少将閣下。トラヤヌス降下軍集団司令部より降下命令が発令されました! 我々ウェンディゴ魔獣降下猟兵師団の降下地点は事前の予定通りです!」


「ついに来たか」


 少将と呼ばれた人狼が立ち上がる。


 手には火薬式自動小銃。ホルスターには50口径のマグナムリボルバー。その体には他の魔獣猟兵の兵士たちと同じように迷彩柄の戦闘服とタクティカルベスト、ボディアーマーを身に着けている。


 “竜狩りの獣”の直系に近いらしく、興奮した様子から偉大なる最初の狼“竜狩りの獣”の灰色の毛が浮かび、瞳が狼のそれとなっていた。


 彼はH・ウェンディゴ魔獣猟兵少将。トラヤヌス降下軍集団隷下ウェンディゴ魔獣降下猟兵師団の師団長を務めている。


『ウェンディゴ魔獣降下猟兵師全軍、降下開始、降下開始!』


 大型輸送飛行艇から降下艇が次々に発信し、地上を目指して降下していく。


「敵の降下艇だ! 対空射撃、対空射撃!」


 地上を目指して降下してくる魔獣猟兵の無数の降下艇に向けて帝国陸軍の高射砲部隊が砲撃を開始。レーダー連動式の高射砲が魔獣猟兵を狙う。


『旗艦ケットシーより各艦。敵の対空陣地を潰せ』


 しかし、魔獣猟兵のネルファ空中艦隊が帝国軍が使用する索敵及び射撃管制レーダーを逆探して位置を把握し、砲撃を実施。


 空中戦艦ウィル・オ・ウィスプと同型艦の空中戦艦ケットシーの50口径42センチ砲を始めとし、15.5センチ砲までのあらゆる火砲が火を噴いた。


「うわ──っ!」


 帝国軍の高射砲部隊も既に即席士官と徴集兵に置き換わっていたため、陣地転換などがスムーズに行えず砲撃を受けて人員も装備も吹き飛ばされてしまう。


『こちらウェンディゴ魔獣降下猟兵師団アルファ戦闘団! 降下完了!』


『ウェンディゴ魔獣降下猟兵師団本部よりより各部隊迅速に全ての目標を制圧しろ。そして、人間どもは皆殺しだ。捕虜は必要ない』


 ウェンディゴから指示が出て、降下した魔獣猟兵の降下部隊が目標の制圧を開始。


 ウェンディゴ魔獣降下猟兵師団の目標はケーニヒスタールから前線に至る後方連絡線の完全な遮断である。


 橋や鉄道路線、そして主要道路を支配下に置き、ウェンディゴ魔獣降下猟兵師団は奪還を試みた帝国軍部隊を撃退し、前線部隊との合流を待つ。


「クソ。魔獣猟兵どもめ。このままでは撤退すら危うくなるぞ」


「師団長閣下。A軍集団司令部より連絡です。ヴァッサーシュパイアー作戦発動とのこと。可能な限りの遅滞戦闘が命じられています。後方連絡線については別の師団が奪還に当たるとのこと」


「了解した。魔獣猟兵の侵攻を遅らせる。敵も孤立した降下部隊だ。時間が不利になるのは同じこと。やるぞ」


 ここでヴァッサーシュパイアー作戦の発動を陸軍司令部が宣言。


 後方をトラヤヌス降下軍集団に押さえられた帝国軍だが、攻勢を事前に予知していた彼らは物資を十分に蓄積させており、長時間の継戦能力があった。


 さらに後方連絡線を遮断したトラヤヌス降下軍集団も帝国空軍の積極的構成によってネルファ空中艦隊の援護がなくなり、結果として敵地で孤立することとなっている。降下部隊とはこういう状況によく遭遇するものだ。


 さらに帝国軍は攻勢に対応するために後方に戦略予備を十分に確保していたために、それを投入することが出来た。


 つまり、カエサル・ラインはそう簡単には突破できないということだ。


 だが、魔獣猟兵とて無意味な攻勢を仕掛けたわけではない。


「クソ! また砲撃だ!」


「今度は重砲だぞ、畜生!」


 永久陣地化されたカエサル・ラインを破壊しようと魔獣猟兵は砲撃を続ける。


 魔獣猟兵はこの攻勢に当たって威力のある重砲を多数配置しており、口径180ミリから口径280ミリの各種重砲が繰り返し砲撃を続けた。


「攻撃、攻撃! 突破しろ!」


「屍食鬼を前に出せ!」


 さらに迫撃砲が煙幕弾を撃ち込んで当たりが煙に包まれたところに魔獣猟兵が殺到する。帝国軍の機関銃や速射砲が次々に火を噴くが、この煙のなかでは行動できない。


「援軍は!?」


「来ない! 俺たちが食い止めるしかない! 戦え!」


 この危機的な状況において徴集兵も即席士官も、自分たちが少し前まで民間人であったという気持ちはなかった。そのような気持ちは己を死に至らしめるだけだ。


「人間どもを殺せ!」


「化け物どもにここを通させるな!」


 ついに白兵戦が始まり、血が流れ続ける。


 魔獣猟兵が発動したアンヴァル作戦はカエサル・ラインを未だに突破できていないが、。じわじわと帝国軍の戦力は減少していた。


「上級大将閣下。アルビヌス軍集団司令部より報告。間もなく一部の地域においてカエサル・ラインの突破に成功するだろうとのことです」


「思ったより時間がかかるな。帝国軍が予備を投入してくるだろう」


 第3戦域軍司令部が設置された空中戦艦ウィル・オ・ウィスプにてセラフィーネが作戦参謀の言葉にそう返した。


「閣下。トラヤヌス降下軍集団司令部はケーニヒスタールへの攻撃許可を求めています。現在、反転攻勢が目的と思われる帝国軍の集結を確認しており、それに対する阻止攻撃を実施したいとのこと」


「許可する。やらせろ」


 ここで降下作戦を実行したトラヤヌス降下軍集団が作戦目標であるケーニヒスタールの制圧を目指して動き始める。


 魔獣猟兵のアンヴァル作戦と帝国軍のヴァッサーシュパイアー作戦が進行していき、双方の激しい攻防戦が繰り広げられていった。


「中隊長殿! 陣地が制圧されています!」


「この砲撃では……!」


 魔獣猟兵はとにかく火砲を集結させていた。


 ひとつの戦域に投入する火砲としては過剰すぎるほどの火砲が集まり、カエサル・ラインの前線と後方をひたすら砲撃している。


 悪いことに現在カエサル・ラインの航空優勢を保持しているのは魔獣猟兵であり、観測機を自由に飛ばせる彼らにとっては修正射撃も楽なものであった。


 そして帝国陸軍A軍集団司令部に緊急の報告が入る。


「閣下! カエサル・ラインが一部突破されました! 現在敵は突破口を拡大しようと戦力を集中させています!」


「なんたることだ!」


 魔獣猟兵はついにカエサル・ラインに穴をあけることに成功。


……………………

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