再び暗黒地帯へ
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──再び暗黒地帯へ
「皇帝大本営及び陸軍司令部、帝国国防情報総局は我々に任務を命じました」
シーラスヴオ大佐が葬送旅団司令部となっているアンスヴァルト艦内で告げる。
司令部にはアレステアたちとシグルドリーヴァ大隊指揮官のゴードン少佐、そしてゼータ・アルデルト設計局のアルデルト中将が列席している。
「帝国軍は魔獣猟兵による大規模な攻勢に備えています。魔獣猟兵はブラウアップグルント領を攻撃発起地点としカエサル・ラインの突破を企てているとの有力な情報を入手しています」
魔獣猟兵第3戦域軍が大規模攻勢に向けて戦力を集中させているのを帝国軍は把握していた。攻撃時期は不明だが、攻撃そのものは行われるだろう。
「帝国軍は防衛計画としてヴァッサーシュパイアー作戦を計画しています。我々はその第一段階に参加することとなります」
「それは具体的にどういうものなのですか?」
シーラスヴオ大佐の説明にレオナルドが尋ねた。
「我々は敵の死霊術師の撃破を目指します。既に目標は確認済み。アラン・ハルゼイ元アーケミア連合王国陸軍中佐。現在はスピアヘッド・オペレーションズのコントラクターとして魔獣猟兵側についています」
「今度はアーケミア連合王国陸軍か……。あっちにも帝国におけるネメアーの獅子作戦参加者のように不満のある軍人がいたということだろうか」
「そうだ、少佐。このアラン・ハルゼイはアーケミア連合王国が過激な共和主義者としてマークしていた。監視の目を逃れるために帝国に来ていたとのことだ」
「なるほど」
ゴードン少佐がシーラスヴオ大佐の説明に頷く。
「全く! 軍人は国民の血税によってその技能を得たと言うのにそれを好き勝手に売買しおってからに! 軍人ならば支給された官品は必ず返すべきと教わっているのではないのか? それと同じだろう!」
「ええ、中将閣下。近年の民間軍事会社の乱立と軍人の引き抜きは犯罪的です」
アルデルト中将は腹を立てていた。
「その人はどこにいるのですか?」
「現地にいる帝国国防情報総局の準軍事作戦部隊と合流し、目標の位置の把握をともに行います。潜入している部隊は拠点などを構築しており、ヴァイゼンナハト領での作戦のように現地協力者を作っています。頼りになるかと」
帝国国防情報総局は元ワルキューレ武装偵察旅団、元降下狙撃兵といった精鋭を使って暗黒地帯の深部偵察及び住民のパルチザン化を実施ている。
「しかし、大攻勢ねえ。そろそろ不味いんじゃない?」
「確かに戦局は優勢ではありませんが諦めるわけにもいきません。魔獣猟兵は我々を滅ぼすまで戦うでしょうから」
魔獣猟兵は未だに講和の条件すら出していない。
「作戦開始時刻は0100です。それまでは待機を。以上です」
シーラスヴオ大佐はそう言って説明を終えた。
「また敵地深くに侵入ですね。緊張してきました」
「この前は上手くやっただろう? 心配することはない」
アレステアが手を振るわせるのにゴードン少佐がそう言う。
「中将閣下もご同行なさるので?」
「当然だ! アイスベアが実戦に耐えるのか確かめなければならん!」
アルデルト中将はレオナルドの問いにしっかりとそう返す。
「ゴードン少佐っていうワルキューレ武装偵察旅団の作戦要員がいるんだから大丈夫でしょ。それよりも食事したり、休んだりしておいた方がいいよ」
「そうですね。少し休みましょう」
シャーロットがそう言い、アレステアたちは兵員室で矢蒸すことにした。
だが、アレステアはなかなか眠れず、もやもやとした気分のままだった。
「眠れない……」
アレステアはどうにも落ち着けず、兵員室から出るとアンスヴァルトの艦内をぶらぶらと歩き始める。
「おや。アレステア君、どうしたのだい?」
「カーウィン先生」
そんなアレステアが同じように起きていたルナと出会った。
「深夜に作戦開始だろう? 休んでいなくていいのかい?」
「眠れないんです」
ルナが心配そうに尋ねるとアレステアがそう答える。
「悩みごと、かな?」
「はい……。いろいろと悩むことがあります」
「では、相談に乗ろう。医務室に来るといい」
「ありがとうございます」
ルナが優しくそう言い、アレステアは医務室に向かった。
医務室は清潔で、消毒用アルコールの臭いが仄かにする。
「それで何を悩んでいるのかな?」
ルナがそう尋ねて来た。
「また暗殺作戦が行われることになったんです。けど、本当にこれでいいのかなと思って。前に死霊術師の人と対峙したときにはその人たちを逮捕したんです。ちゃんと法律に従って裁かれたはずなんです」
「しかし、帝国軍は君に暗殺を命じた。法の裁きを死霊術師たちに受けさせていない」
「はい。それで僕たちのやっていることは本当に正しいのかなと心配に……」
アレステアがルナに内心を吐露した。
「心配することはない。これは戦争なんだ。君は相手を殺したかもしれない。だが、ひとつ間違っていれば相手が君を殺したんだ」
ルナがそう語り始める。
「そして、戦争において正義や正しいことなど存在しない。勝つのか、負けるのか。あるのはそれだけなんだ。そこに正しさなんてものはない」
「けど、法律はありますよね?」
「法律とは国が定め、その暴力に裏付けされた国家主権が及ぶ範囲で執行されるものだ。それに対して戦争とはその主権の及ばぬ相手との戦いになる。主権と主権のぶつかり合いなんだ」
アレステアが疑問に思って尋ねるとルナがそう返した。
「そして、そのような争いにおいては法的な合意など得られていない。帝国は神々との契約に従って死霊術を違法としたが、魔獣猟兵が正しいとしたらどちらの法律で彼らを裁かなければならない?」
「けど、死霊術はゲヘナ様が禁止していることですから、誰であろうと守るべきです」
「魔獣猟兵のカーマーゼンの魔女などはかつてゲヘナを殺して死をなくそうとした。そんな彼らが神だからといって教えに従うとは思えない。彼らは神と戦っていたんだ。神と対等な立場で」
「それは……」
「歴史は常に勝者が記すという言葉がある。旧神戦争を生き延び勝利した神々は正しい歴史と称して協定を定めた。だが、敗北した神々が全て間違っていて、正しくなかったとは私は思えない」
困惑するアレステアにルナが告げる。
「帝国はこれまで小さな国々を飲み干して巨大化した。負けた国は消えた。負けた神々のように。だが、その小さな国々も間違っていたのか? 正しくなかったから滅んだのか? 罪があったのか?」
「誰も正義ではない、ということですか?」
「ある意味では全員が正しく、そして全員が間違っている。この世に不変な価値観というものはないんだ。いつも価値観は変動し、絶対に正しいことなどない」
アレステアが首を傾げるのにルナがそう言う。
「だから、君が正しさに悩むのは分かる。私もずっと何が正しいのかと悩んできた。だが、分かったことがある。正しさとは結局は自分を正当化するための言い訳に過ぎないのだと。正しさとは自分のためにあるもの」
「自分のため……」
「そう。身勝手かもしれないが、自分の信じることこそがその人にとっての正義であり、その人が見る世界の正義。君は君の正しさで動いていいんだよ。その正しさが否定される唯一の場面は君が倒れたときだけだから」
ルナはそう言ってアレステアの頭にそっと手を置く。
「分かりました。僕は僕の正しさを信じます。迷いません!」
「強い子だ。頑張るんだよ。とても辛くとも」
アレステアが元気を出すのにルナは微笑んだ。
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