防衛作戦ヴァッサーシュパイアー

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 ──防衛作戦ヴァッサーシュパイアー



「帝国国防情報総局から報告させていただきます」


 皇帝大本営が再び開かれ、今回は帝国国防情報総局から局長のタミル・ハルエル帝国陸軍大将が出席し発言を行っていた。


「まず魔獣猟兵はこれより7日から14日の間に大規模な攻勢に出る可能性が極めて高い状態にあります。この攻勢における敵の目的はカエサル・ラインを突破にあることは間違いありません」


 ハルエル大将の言葉を列席者たちが聞いている。


「全戦線で攻勢は実施されるでしょうが、敵が突破を目指しているのはブラウアップグルント領からの攻勢です。大規模な砲兵が集結しており、敵の地上部隊の規模も40個師団以上です。全て自動車化されています」


 その言葉に列席者たちが唸り声を上げた。


 帝国はトロイエンフェルトの反乱によって打撃を受けている。最大の飛行艇も失い、地上戦力も減少していた。その状況で魔獣猟兵の大規模な攻撃を受けるとなると損害だけでなく、敗北すらも考えなければならない。


「敵の目標がそうだとして具体的な攻撃目標に当たりは付くのか?」


 そこでメクレンブルク宰相がシコルスキ元帥に尋ねた。


「恐らくはケーニヒスタールです。カエサル・ラインにおける最大の兵站拠点。ここを叩かれれば、我が軍はカエサル・ラインから全面的に撤退することを強いられます」


「その結果、どの程度の撤退となる?」


「最悪を想定した場合、ドラッヘフリートホーフ=ロイターハーフェンまでの撤退を実施する必要に迫られるでしょう」


「そこまで侵攻されれば帝都が敵の火砲の射程に入るのでは?」


「その通りです。魔獣猟兵の砲兵は我々を射程に捉えるでしょう」


「なんということだ」


 シコルスキ元帥が告げた事実にメクレンブルク宰相を始めとする皇帝大本営の列席者たちが唸り声を上げた。


「しかし、阻止できないと決まったわけではありません。幸いにして今回は事前に敵の攻勢について情報を掴みました。こちらから先手を打つことも、攻撃に備えることも可能です。勝ち目がないわけではありません」


 そんな皇帝大本営の列席者たちにシコルスキ元帥が付け加える。


「先手を打つのか?」


「ひとつの選択肢としてはあり得ます。しかし、カエサル・ラインという強固な陣地から出て大攻勢前の敵に正面攻撃を仕掛けるのは得策ではありません」


「ふむ。確かに。では、どのような作戦を考えているのだ?」


「まず先手を打ちますがそれは少数精鋭の特殊作戦部隊による深部浸透による攻撃です。弾薬や燃料といった物資の破壊及び重要人物の暗殺を実施し、敵の攻勢計画に影響を与えます」


 シコルスキ元帥が示したのはそのようなプランだった。


「敵の攻勢計画を攪乱し、それでもなお敵が向かって来るならば迎え撃ちます。この時点でカエサル・ラインの放棄も検討に入れることになります。計画的な遅滞戦闘を実施しながら敵に損耗を強い、しかるべき時期に決戦を実施」


 撤退はこんなんな作業だが、事前に準備しておけば敵に犠牲を出させながら有利な撤退が可能になるのである。


「この際、いくつかのカエサル・ライン後方の都市を放棄し、さらには戦場とする可能性があるため事前に疎開を要請しておくことを提案します」


「いいでしょうか? 帝国国防情報総局としては敵の意図に感づいた形での疎開の実施は敵にこちらの情報部隊の存在を知らせることになります。ですので、目的地付近を含みながらも広域で疎開は行ってほしいいと要請します」


 シコルスキ元帥に続いてハルエル大将が発言。


「分かった。内務省及び自治省と相談しておこう」


 メクレンブルク宰相がふたりの発言に頷いた。


「ケーニヒスタールが狙われているのであれば海軍も動くべきはないのか? 説明してほしい、リッカルディ元帥」


「はい。海軍としたケーニヒスタールに第1海兵コマンドを展開させ、陸軍の守備隊指揮下に置きます。その点についは既に陸軍と相談済みです」


 海軍司令官のリッカルディ元帥が答える。


 海兵コマンドは海軍が保有する唯一の陸戦部隊であり、上陸の際の先遣隊として派遣されることや海上における治安維持作戦を担当する部隊だ。


 第1海兵コマンドは旅団規模。ひとつの戦闘部隊として完結している。


「最悪の場合はケーニヒスタールはどうする?」


「敵の手に渡すわけにはいきません。インフラは全て破壊する予定です」


 メクレンブルク宰相が尋ね、シコルスキ元帥がそう答えた。渋い表情だ。


「そうするべきなのだろうな。では、特殊作戦部隊による攻撃を実施するとして動員される部隊と目標について教えてほしい」


「はい。動員するのは葬送旅団及び帝国国防情報総局特別行動センター所属の準軍事作戦部隊となります。作戦目標は第1目標として敵死霊術師の暗殺。第2目標として物資集積基地に対するサボタージュです」


 メクレンブルク宰相の問いにシコルスキ元帥が答えた。


「その作戦に葬送旅団を投入するのか? ワルキューレ武装偵察旅団のような特殊作戦部隊ではなく?」


 そのシコルスキ元帥の発言にハインリヒが険しい表情を浮かべる。


「敵は死霊術師です。そして、葬送旅団は死霊術師への対抗部隊です。また現在葬送旅団にはワルキューレ武装偵察旅団の所属であったシグルドリーヴァ大隊が指揮下に入っています。能力的に問題はないかと」


「そうか。それならば任せる」


 ハインリヒがシコルスキ元帥の説明にただ頷いた。


「シコルスキ元帥。敵の死霊術師について情報があるのか?」


「それに関しましては帝国国防情報総局からご説明します」


 メクレンブルク宰相がシコルスキ元帥に尋ねたところ、ハルエル大将が声を上げた。


「帝国国防情報総局は魔獣猟兵支配地域──暗黒地帯における深部偵察を続けております。その深部偵察部隊によれば魔獣猟兵の攻勢を企てている部隊に屍食鬼を提供している人物がいるとのことです」


「どのような人間かは特定できたのか?」


「はい。やはりスピアヘッド・オペレーションズ所属の傭兵です。アラン・ハルゼイ元アーケミア連合王国陸軍中佐。そして、同時にアーケミア連合王国第10代ロイヤルフォート侯爵です」


「アーケミア連合王国侯爵だと」


 ハルエル大将の報告に場がざわつく。


「驚かれるかもしれませんが、アーケミア連合王国当局に照会したところアラン・ハルゼイ元中佐は王室廃止を訴えている過激な共和主義者としてマークされていたそうです。個々最近ではそのために国外に出ていたと」


「我が国に避難していたのか? しかい、国家憲兵隊はアーケミア連合王国から何の連絡も受けていなかったのか?」


「連絡はしていないと彼らは言っています。あくまで国内問題だと」


「そうか。今はアーケミア連合王国との関係を悪化させたくない。しかし、そのアラン・ハルゼイを我々が殺害した場合、アーケミア連合王国の反応が問題となる」


 ハルエル大将の言葉にメクレンブルク宰相がそう語った。


「その点は外務省に努力してもらうしかないでしょう。むしろ、我が国への攻撃を行っている人間がアーケミア連合王国の元軍人ということで向こうが配慮すべきでは?」


「そうだな。外務省にとにかく問題とならないように手配させるとしよう」


 列席者の発言にメクレンブルク宰相頷く。


「シコルスキ元帥、ハルエル大将。作戦を進めてくれ。この一連の攻勢に備える作戦の作戦名は?」


 そしてメクレンブルク宰相が尋ねた。


「ヴァッサーシュパイアー作戦です」


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