戦車と戦乙女
──戦車と戦乙女
「アイスベア中戦車! 70口径75ミリ砲を主砲として装備し、口径12.7ミリ魔道式重機関銃1丁と口径7.62ミリ魔道式機関銃で武装している! 多少の攻撃には耐えられる!」
「戦車?」
アルデルト技術中将が高らかとアイスベア中戦車という兵器を紹介するのにアレステアが聞きなれない単語に首を傾げる。
「うむ! 説明しようではないか、少年! まず砲兵からの依頼があった。実戦で分かったことだが従来の非装甲牽引車両で機動する火砲は敵の対砲迫射撃に滅法弱い。それをどうにかしてほしいと言われたのだ」
帝国陸軍が装備している牽引式火砲は防御と機動力の面で問題があった。
「そこで火砲そのものが自走することとその火砲を装甲によって守ることを提案した。そして、それを兵器として設計したのだ! 現在自走榴弾砲として帝国陸軍が導入を検討しているぞ!」
「あれ? それは戦車ではないですか? じゃあ、これは……?」
アルデルト技術中将の説明にアレステアがアイスベア中戦車を見る。
「これは間接砲撃を行う火砲とは異なる! より強固な装甲によって身を守り、火砲は直接射撃を実施! 前線で直接歩兵を支援すると同時に自らが戦線に突破口を作り、敵の防衛戦を食い破る兵器だ!」
アイスベア中戦車が大型トラックから降り、周囲にぐるりと方向を向けた。
「帝国陸軍はこの兵器に大きな関心を示している。既に軍務省内に陸軍の将校からなる戦車運用研究委員会が発足した」
そして、ソスノフスキ准将が付け加える。
「先の装甲擲弾兵師団に再編される部隊に1個装甲大隊として戦車部隊を付ける予定になっている。葬送旅団にも配備を予定している。だが、まずは戦車の運用について整備や補給の面で試験を行いたい」
「私のこのアイスベア中戦車でそれを試す! そのために来たのだ!」
ソスノフスキ准将の言葉を受けてアルデルト技術中将が叫んだ。
「戦車を飛行艇に搭載し、運用を行う。それが可能でノウハウが蓄積されれば、葬送旅団にも1個装甲大隊を追加して再編を実施する予定だ」
「ふむ。随分と重武装になりますね。これで特殊作戦を?」
「そうだ。魔獣猟兵の性質を考えた上でのことだ。君らはアルビヌス軍集団司令部を襲撃して分かっているだろうが、魔獣猟兵は後方部隊でも人間を上回る力を有した旧神戦争の戦士たちがいる」
シーラスヴオ大佐が疑問視するのをソスノフスキ准将が説く。
「司令官のフェリシア・アルビヌスさんには銃弾すら通用しませんでしたね」
「そうであるが故に我々は従来の銃弾で殺せる相手を想定した特殊作戦部隊だけでなく、機動力が高く、精鋭かつ重装備の特殊作戦部隊が必要なのです、アレステア卿」
アルビヌス軍集団司令官のフェリシア・アルビヌス中将は“竜狩りの獣”の直系として銃弾ですら傷ひとつつかない力を示した。そのことをアレステアは覚えている。
「しかし、我々帝国国防情報総局が関与する最大の理由は我々の指揮下に入っているワルキューレ武装偵察旅団からシグルドリーヴァ大隊をそちらの指揮下に移動させるからというものだ」
「ワルキューレ武装偵察旅団の精鋭を、ですか?」
「彼らは君らとともに戦えばもっと大きな戦果を挙げられると言っている」
そこでさらにトラックがアンスヴァルトのハンガーに入って来た。
「アレステア卿! 久しぶりだな」
「ゴードン少佐さん!」
現れたのはシグルドリーヴァ大隊の兵士たちとその指揮官ゴードン少佐だ。
「あの、こんにちは……」
「アリーチェさんも! 来てくれたんですね!」
そして、アリーチェも姿を見せた。前に戦った時と同じように魔道式猟銃を装備している彼女が帝国陸軍の戦闘服姿でアレステアたちの前に現れる。エトーレも迷彩柄のハーネスを付けて彼女の傍にいる。
「彼女はうちで鍛えておいた。使える人材がさらにタフになったぞ」
「え、えっと。頑張りまーす……」
ゴードン少佐が告げるのにアリーチェがそう弱弱しく宣言した。
「一気に拡充されて行きますね。他には?」
「今のところは以上だ。君たちは引き続き陸軍司令部の指示で動いてもらうが、場合によっては我々帝国国防情報総局の特別行動センターの指揮下に入ってもらう。その点は陸軍司令部と同意が取れている」
「了解」
ソスノフスキ准将の説明にシーラスヴオ大佐が頷いた。
「では、失礼する。幸運を祈るよ」
そう言ってソスノフスキ准将たちは去った。
「さて、アルデルト中将閣下。指揮系統に関してですが」
「案ずることはない、シーラスヴオ大佐。私は指揮などできんし、そもそも帝国軍において技術将校に指揮権はない。君の指揮にあれこれ口出しはしないし、部下として扱ってくれて結構だ!」
「感謝します、閣下」
シーラスヴオ大佐は懸念したのは中将という階級のアルデルト技術中将をどう扱うかだったが、アルデルト技術中将はあっさりと指揮権を放棄してくれた。
「ゴードン少佐さん。アリーチェさんは今はシグルドリーヴァ大隊に加わっているのですか?」
「ああ。そうなる。ヴァイゼンナハト自由軍からこっちに移った形だ。優秀な兵士として信頼している」
アレステアが尋ねるとゴードン少佐が笑みを浮かべて返す。
「凄いですね、アリーチェさん! 帝国軍の精鋭であるワルキューレ武装偵察旅団のゴードン少佐に認められるなんて! けど、お父さんは納得してくださったんですか?」
「う、うん。自分のやりたいことは後悔しないようにやりなさいって……。私も戦いたいと、思う。今は私も勝利に貢献したい。ヴァイゼンナハト領のためだけでなく……」
「では、これから一緒に戦いましょう!」
「うん!」
アレステアが笑顔で呼びかけるのにアリーチェも少し笑みを浮かべて頷く。
「では、物資と装備の搬入を進めましょう。いつ作戦が開始されてもおかしくありません。ゴードン少佐、こちらの下士官に艦内を案内させる。兵員室などの確認と必要な装備のリストをこちらの兵站将校に提出するように」
「了解です、大佐殿」
シーラスヴオ大佐が指揮を執り、アルデルト技術中将と彼の戦車実験チームがアイスベア中戦車をアンスヴァルトに積み込み、ゴードン少佐たちもアンスヴァルトに乗り込む。一気に人数が増えたアンスヴァルトが大忙しだ。
「アレステア卿。カーウィン先生にも人数が増えたことを伝え、対応をできるように準備しておくよう伝えておいてもらえるでしょうか?」
「分かりました!」
シーラスヴオ大佐の求めにアレステアが応じてアレステア医務室に向かった。
「おや。どうしたのかな、アレステア君?」
「カーウィン先生。仲間が増えることになりました。アルデルト技術中将さんとゴードン少佐さんたち、そしてアリーチェさんが加わるんです」
医務室でルナが優しく微笑んでアレステアを迎えるのにアレステアも笑顔で報告した。優しいルナのことをアレステアはとても好きだった。
「それはよかった。君には君を支えてくれる仲間が必要だ。そうでなければ神の眷属という地位と英雄という称号に耐えられなくなってしまうだろうから……」
「確かにこの立場はいろいろと大変です。けど、誰かの役に立てていることは素直に嬉しいです」
「君は自分が自主的な意味で人の役に立とうとし、そして人々を救えていると思っているのかい?」
アレステアが苦笑いを浮かべるのにルナがそう尋ねる。
「そのつもりですけど……」
「人は大勢を救うことなんてできないんだ。人が救えるのは自分だけ。君は自分を救うことを諦めて、人を救っている。それは本当に君にとって幸せなことなのだろうか」
「……分かりません。けど、やらないといけないって思ってます」
ルナが淡々と語るのにアレステアは迷いなくそう返した。
「では、私は君のことを思おう。君が自分を犠牲にするなら、私は君をその犠牲から救いたい。少しでも。ほんの少しでも……」
……………………
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