宣伝戦略
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──宣伝戦略
反乱鎮圧から7日後。
反乱関係者の処分と帝国軍内の不穏分子摘発が終わったのち、メクレンブルク宰相は最大野党たる社会民主同盟を始めとする野党勢力と協議を開始。
協議の結果、野党からも閣僚を入れることと他の閣僚人事に野党の意見を反映させることで帝国議会の全政党が支持する挙国一致内閣を組閣することが決定した。
また保守党内でトロイエンフェルト前軍務大臣が所属していた極右派閥の人間は閣僚のポストからも党の幹部ポストからも更迭し、発言力を削ぎ、これまで対立していた左派の野党との戦時協力を円滑化させた。
「陛下。メクレンブルク宰相がお会いしたいとのことです」
挙国一致内閣を組閣し、ハインリヒによって内閣閣僚の任命式が終わった翌日。
エドアルド侍従長がハインリヒそう連絡を伝えた。
「挙国一致内閣についての話だろうか?」
「私は何も聞いておりません。ですが、メクレンブルク宰相も特に意味のない用事で陛下のお手を煩わせることはないかと」
「そうだな。通してくれ」
ハインリヒは前線視察や後方で女性工員が働く工場の激励などスケジュールが過密だった。メクレンブルク宰相も、ハインリヒ自身も、反乱によって帝国が分断されたという事実をなかったことにしようとしているのだ。
「陛下。この度はお願いがあり、参りました」
メクレンブルク宰相がそうハインリヒに言う。
「聞こう。この戦時においてできることがあれば私も最大限協力する」
「まずご報告から申し上げます。アーケミア連合王国との二国間協定が成立することが確実になりました。軍事及び経済の両面での連携を目的とした協定です。外務大臣がアーケミア連合王国の外務大臣とほぼ同意を」
「いいニュースだ。だが、将来的には魔獣戦争に巻き込まれている全ての国家との同盟を目指すと聞いていたが」
「はい。この二国間協定は他の参加国の加入条件についても定めてあります。我々とアーケミア連合王国を中心とした魔獣猟兵への強力な軍事同盟を組織する予定です」
「なるほど。それで私は何をすれば?」
「アーケミア連合王国外務省と調整中ですがエスタシア帝国皇室とアーケミア連合王国王室との友好を演出したいと思っております。我々は同じ歴史ある皇室、王室を有し、共通の価値観を有していることを内外に示したいのです」
ハインリヒの問いにメクレンブルク宰相が答えた。
「皇室外交か。構わない。応じよう」
「ありがとうございます、陛下。ところで宮内省からも連絡がありましたと思いますが、アーケミア連合王国王女アン・オブ・ノースハイランド女公殿下との婚姻について前に向きにご検討いただけますでしょうか?」
「……考えておく」
「そうですか。では、失礼いたします」
メクレンブルク宰相はそう言って退室した。
「結婚、か」
ハインリヒがひとりそう呟いた。
──ここで場面が変わる──。
「はい。では、撮影を開始します! 準備を!」
帝都にある軍務省の会議室では帝国が自国開発した最新のフィルムカメラのレンズがある人物に向けられていた。
「皆さん。アレステア・ブラックドッグです。今、僕たちは危機にさらされています。魔獣猟兵が仕掛けてきた理不尽で、一方的な戦争によって僕たちの祖国エスタシア帝国は存亡の危機にあります」
それはアレステアだ。葬送旅団の白い軍服を着た彼にレンズが向けられている。
「前線で戦える方は帝国軍に志願を! 前線で戦うことはできない方は戦時国債の購入を! ともに帝国の危機を乗り切り、僕たちの自由と民主主義を守りましょう! 僕とゲヘナ様ととも戦いましょう!」
「終了!」
アレステアの台本通りのセリフの後でフィルムが止まる。
「ふう。これで撮れたでしょうか? その、本当に帝国の国民が見るんですか……?」
「ええ。この映像は各地の映画館でニュース映画として放送されます。国民はアレステア卿を始めとするこの戦争の英雄たちに関心を持っています。同時にこの暗い世相が明るくなることを祈っているのです」
撮影が終わりアレステアが心配そうに尋ねるのに撮影を指揮していた帝国軍の広報担当の将校が返す。
帝国軍は戦争協力を募るための宣伝を行うためにアレステアなどの有名人や俳優などを人材を利用して宣伝映像を作っていた。
この世界ミッドランにおいては映画は映画館で見るしか方法はない。人々がニュースを知る方法は新聞とラジオが主力でテレビは未だ開発されていないのだ。
「これで大勢が志願し、戦時国債も購入されることでしょう。帝国への多大な貢献、感謝いたします」
「いえ。僕にできることでしたらお手伝いいます」
広報担当の将校が頭を下げるのにアレステアが微笑む。
そして、撮影が終わってアレステアがシャーロットたちと合流する。
「終わった、アレステア少年?」
「はい。無事に終わりました」
シャーロットたちも撮影があり、葬送旅団の活躍などを宣伝するフィルムを撮影していたのだった。
「しかし、帝国軍も必死だね。俳優でも使っていればいいのに好き好んであたしたちを宣伝放送に使うなんてさ」
「帝国そのものが必死なのですよ。先の反乱によって市民は軍に不信感を抱いています。これまでの敗北で落ちていた信頼がついにマイナスになりました。それを回復させなければ戦争の継続は困難になります」
シャーロットが愚痴るのにレオナルドが指摘する。
そう、帝国軍はその信頼が大きく失墜していた。
魔獣戦争開戦以降の連続した敗北と続く撤退。それによって国民は帝国軍の有能さに疑問を覚えるようになった。
さらに反乱によって軍が非民主主義的軍事政権を樹立しようとしていたことが明らかになると信頼はマイナスへと落ちた。
しかし、この敗北の中で国民からの戦争協力が得られなくなれば敗北は決定的なものになる。帝国は国民の軍への信頼を取り戻そうと必死であった。
「信頼が回復するといいですね。だって反乱の原因も結局は誰も軍の苦労を理解しなかったということがあるみたいですし……」
「そうだね。正しい労働の対価と評価を与えなければ人は不満を覚えるものだ。まして軍人のように命を懸けている職業ならなおのこと」
ネメアーの獅子作戦から始まる帝国軍への不当な扱いが爆発して反乱に繋がったのだ。。これ以上あのような反乱を起こさないためには軍を正しく評価し、その成果に似合った評価を与えなければならない。
「ですが、いくら宣伝を行っても実際の勝利がなければ国民の不信感は残ったままでしょう。どのような形の勝利でもいいので、帝国軍は勝利なければなりません」
「そうなるとまたフサリア作戦のような攻撃が……?」
「可能性として否定はできません」
フサリア作戦は戦術的勝利を得ることで厭戦感情が高まることを阻止する目的があった。だが、それは魔獣猟兵の罠にかかったことで敗北に繋がり、結果として全く逆効果を及ぼすこととなった。
「専門家がいくら正確な分析を出しても、それに人々が納得してくれるとは限らない。今は守りに徹して、魔獣猟兵が疲弊するのを待つのが適切だといっても、国民は軍が負け続けてるとしか思わないってわけ」
「理論だけでは説得できず、感情だけでは合理性に欠ける。人々を納得させるのは理論と感情を適切に分配する必要があります」
軍事においても政治においても、そして科学などの分野においても専門家が下した適切な判断に大勢の人間が必ずしもの納得するとは限らないのだ。
人はやはり感情で動いてしまうことがあるが故に。戦争で敗北を重ねていればまだ取り返せるとしても敗北の恐怖に怯え、不安になってしまう。そして、そのことから厭戦感情が生まれてしまうのだ。
「やるなら今度は本当に勝利できるようにしてほしいです。また大勢が何の意味もなく死んでしまうことは、もう……」
アレステアはそう呟いた。
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