反乱鎮圧
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──反乱鎮圧
最終的にヴァイゼンナハト領を占領していた反乱軍はそのほとんどが投降した。
ほとんどというのは最後まで抵抗した部隊と自決した将校がいるからだ。
ともあれ、これによって反乱は鎮圧された。アーサー・シューマン上級大将はパンツァーファウスト作戦の成功を宣言し、統合任務部隊“スキンファクシ”は解体。
今は関係者の処罰としていくつもの軍法会議が開かれている。
「陛下。メクレンブルク宰相がお会いしたいとのことです」
「ああ。通してくれ」
ハインリヒも帝都に戻っており、迎賓館施設のみ復旧工事が始められた宮殿に戻っていた。宮殿を修復しないのは魔獣戦争で破壊された都市の建物も修理されていないのに宮殿だけ修復が始まるのは国民の反発を買うと判断されたからだ。
血の跡は拭われたものの、銃痕の残る宮殿でハインリヒは執務に当たっており、エドアルド侍従長がメクレンブルク宰相を案内するのに応じた。
「陛下。この度は私ども政府の落ち度のため、このような事件を引き起こしてしまい、陛下には深く謝罪いたします」
「そうだな。二度とこのようなことが起きないようにしてほしい」
メクレンブルク宰相がまずは謝罪するのにハインリヒがそう返す。
「その上で陛下に──」
「メクレンブルク宰相。言っておくが帝国宰相の地位から辞任することは許さない。あなたが辞めるというならば、私は次の帝国宰相の任命を拒否する」
メクレンブルク宰相の発言が終わる前にハインリヒが強い言葉でそう割り込んだ。
「誰かが責任を取らねばなりません」
「だが、今ではないし、あなただけではない。これが終われば私も責任を取ることになるだろう。しかし、今その責任を取ると称して地位から退くのは敵前逃亡も同義だ。責任は取ってもらう。これからもこの戦争を戦うことで」
「……強くなられましたな、陛下」
「もはや子供であるという言い訳が認められないと分かったからな……」
悲しみに似た目をするメクレンブルク宰相にハインリヒが力なく言った。
「では、責任を果たすために最大限汚れ仕事をやりましょう。まず帝国軍の立て直しです。国家憲兵隊公安部及び陸海空軍憲兵隊、帝国国防情報総局と連携し、軍内部の不穏分子を徹底的に排除します」
「ああ。やってくれ。あなたはそれで軍から深い恨みを買うだろうが、それでもやらなければならないことだ」
既に国家憲兵隊公安部が摘発予定だった軍内部の不穏分子の摘発は進んでいる。
戦時を理由に強引な捜査と逮捕が行われ、次々に将校や下士官が拘束され、軍法会議を待っていた。軍法会議は通常の裁判とは異なり一般には公開されず、マスコミを通じて市民にそれが伝われることはない。
「軍の一部からはフライスラー上級大将を始めとするん反乱軍関係者の恩赦と名誉回復を求める声がありますが、これは却下するつもりです。我々は投降しなかった反乱軍関係者は国賊として処理します」
これにより反乱軍関係者には軍人墓地への埋葬という名誉や遺族年金などの軍人に与えられる社会保障の一切が適応されないとメクレンブルク宰相が説明した。
「そうするべきだ。武力で物事が変えられるなどということを認めてはならない。帝国は国民の意志で物事を決定する民主主義国家だ。武力による変更はその国是の否定だ」
普段は寛容なハインリヒも反乱軍に対して厳しかった。
回収されたフライスラー上級大将、トロイエンフェルト元軍務大臣、レヴァンドフスカ少将などの反乱軍関係者の遺体は軍務省管轄の軍人墓地に付随する軍人墓所に安置されず、司法省管轄の犯罪者墓所に安置されている。
これは軍人としての名誉の完全な否定だ。
既に関与した軍人に関しては全ての勲章と階級も剥奪されている。
「陛下。これらの政府の決定に対し、陛下自身は何もおっしゃらないでください。どうしても人は感情を持ちます。これから皇室と軍が良好な関係であるためにも、この汚れ仕事は私の政権で全て引き受けます」
「私だけが恨みを買って終わるのならばそれでいいだろうが、そうでならないのならばちゃんと考えて行動すべきだろうな」
選挙で選ばれ、後継者が必ずしも同じ血筋の人間であるとは限らない政治家と違い、皇族と皇室は血で結ばれている。
つまりハインリヒ対する憎悪が次の皇帝に続くことがあるというわけだ。
ネメアーの獅子作戦時代に皇帝であったフリードリヒ3世への恨みがハインリヒへと引き継がれたかのようにして。
「メクレンブルク宰相。挙国一致内閣についても考えてほしい。今回の事件の影響はトロイエンフェルト前軍務大臣が所属していた保守党にも及ぶだろう。野党が反発しないとは思えないのだ」
「はい。もちろん、考えております。トロイエンフェルトが所属していた極右については保守党内でも力が落ちるでしょう。相対的に保守党内の彼らより野党の方が影響力を持つことになります」
メクレンブルク宰相がハインリヒの言葉に説明する。
「混乱した政局を乗り切るにはもっとも力のあるものたちで同盟を作るのは一番です。既に社会民主同盟とは挙国一致内閣の組閣に向けた話し合いを始めています」
「そうか。では、引き続き頼む」
ハインリヒはメクレンブルク宰相の言葉にただ頷いた。
──ここで場面が変わる──。
アレステアは墓所にいた。
パンツァーファウスト作戦が終了し、葬送旅団の再編成が行われる中、休暇となったアレステアは司法省管轄の犯罪者墓所にいた。
犯罪者墓所は文字通り犯罪者として死亡した人間を安置している。死刑になった人間もここに安置されているし、犯罪を犯して死亡し、そして遺族が遺体の引き取りを拒否したもの関しても同様だ。
「ゆっくりと眠ってください」
反乱軍として戦い、そして死んだ軍人たちが眠っている。
フライスラー上級大将、トロイエンフェルト前軍務大臣、レヴァンドフスカ少将もそこには安置されていた。
フライスラー上級大将はまだそこまで遺体の破損は少なかったものの、飛行艇から落下したトロイエンフェルト前軍務大臣や炎上する空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセとともに落ちたレヴァンドフスカ少将の遺体は酷い状態だ。
アレステアはそんな状態で眠る彼らとともにいた。
墓所には必ず墓守がいる。
死体窃盗を阻止するとともに死者に安らかに眠ってもらうためだ。
死者は抵抗できない。無防備だ。それ故に墓守がいなければ安心して眠ることができない。だが、この犯罪者墓所に常勤の墓守はいなかった。
そこでアレステアが任務の間だけでもと申し出たところすぐに許可された。
アレステアは見守る。死者の眠りを。死者を虐げたことで死んだ死者の眠りを。
「アレステア君」
「カーウィン先生」
そんなアレステアがいる犯罪者墓所にルナが姿を見せた。
「君は彼らにも安息が必要だと思ったのかい?」
ルナが反乱軍の将兵の死体を見て尋ねる。
「この人たちが死霊術師であったことは知っています。彼らは死者から安らぎを奪った。罪を犯した。だから、みんな言うんです。『彼らには安息など必要ない』と。ですが、僕はそう思いません」
「それは何故?」
「死者の安らぎを奪ったのは確かに酷いことです。でも、僕らがそれを罪だと知っているのにこの人たちの安らぎを認めなかったら、同じ罪を犯しているではないですか。必要なのは報復ではなく、許しではないかと僕は……」
アレステアは悲し気な顔をして反乱軍の将兵が眠るのを見た。
「僕自身、もう何が正しいのか分からないです。彼らには彼らの正義があった。それが分かるんです。みんなが信じるもののために戦って、死んだ。僕も信じるもののために殺した。でも、それは本当に正しかったんですか?」
「正しいかどうか、か。君はゲヘナ様の眷属としての義務を果たした。そうだろう? だが、君は神々が正しいのか分からなくなったのか?」
「正しいことのためだとしても人を殺していいのか、と思ったんです。昔は死んだとしてもゲヘナ様のいる冥界で安らげるからそれは安息だと思っていました。けど、この戦争でそれは本当なのかなと思うようになったんです」
ルナがアレステアの隣に座って尋ねるのにアレステアがそう言う。
「この戦争で死者と別れる人たちを見ました。予期せぬ死によって分かれた人たちを。皆が悲しみ、絶望し、苦しんでいた。それで死は残される人には安らぎなどではないのかもしれないと思ったんです」
「そうか。そうだね。死は残されるものには辛いものだ。とても辛いもの……」
「それなのに僕は大勢を……」
「それは君の罪ではない」
アレステアが涙声で言うのをルナがアレステアをそっと抱きしめて言った。
「君はゲヘナ様に命じられた。帝国軍の指揮官に命じられた。君が犯した殺人は君が自身の悪意や害意によって行ったものではない。君はただそうしなければならなかったんだ。だから、君の罪ではないよ」
「そう思っていいんですか? 僕は本当にそう思っていいんですか、先生……?」
「ああ。思っていい。その罪は君が背負うものじゃないんだ」
「……ありがとうございます」
アレステアはルナに抱きしめられたままずっと墓所にいた。
墓所ではゆっくりと時間が過ぎていく。
それから幾分か経って犯罪者墓所にてアレステアと一緒にいたルナが外に出て来た。
時刻は深夜で月が昇っている。
「ルナ」
「アザゼル……」
そこにアザゼルが姿を見せた。
「トロイエンフェルトの試みは失敗に終わったが、この戦争を長期化させる試みには成功した。戦争長期化し、死者が増えれば我々の狙い通りになる」
「そうだね。私たちの目的。理不尽に奪われたことへの復讐。いや、今はもうそれだけではなくなったよ」
「どういうことだ?」
ルナの言葉にアザゼルが怪訝そうに尋ねる。
「アレステア君を、あの少年を見ていると本当にエリオットを思い出すんだ。そして、彼は神の眷属となったが故に苦しんでいる。彼を解放してあげたい。永遠に続く苦しみから解放してあげたいんだ」
「……そうか。お前がそう思うのならばやればいい。否定はしない。お前には生きていくための目的が必要なのは私も分かっている。復讐であれ、救済であれ」
「ありがとう、アザゼル」
「ルナ……」
アザゼルは儚げに微笑みルナを思わず抱きしめた。
「温かさを感じるだろう、アザゼル。私もアレステア君から感じた。エリオットからも。もう忘れたと思っていたのに覚えていたよ。ちゃんと。あの子の温かさも何もかも」
「私もお前のことは忘れない。何があろうと絶対に」
アザゼルはルナにそう言い、月の下でずっとルナを抱擁していた。
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