大王崩御

……………………


 ──大王崩御



 統合任務部隊“スキンファクシ”司令部は反乱軍による空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセを使用したよるエージェント-37A使用の可能性から急遽司令部を移動させ、新しい司令部で指揮を行っていた。


「フリードリヒ・デア・グロッセ、なおも単艦で突撃を継続。我が方にこれを阻止する航空戦力は存在しません」


 航空参謀が統合任務部隊“スキンファクシ”司令官アーサー・シューマン上級大将に向けてそう報告する。


「不味いな。我々は避難したがまだ兵士たちが。葬送旅団及びシグルドリーヴァ大隊によるエージェント-37A無力化は達成できたのか?」


「まだ連絡がありません」


 シューマン上級大将も帝国国防情報総局を通じて葬送旅団を始めとする部隊に空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセに移譲攻撃を仕掛けるように命じた立場だ。


 その作戦が極めて困難であることを理解しつつも、それを果たさなければ何万人も死んでしまうことを認識している。


「上級大将閣下。状況が変わりました。帝国空軍第6空中艦隊から空中駆逐戦隊がフリードリヒ・デア・グロッセの撃墜のための向かっています。フリードリヒ・デア・グロッセの到達後になりますが撃墜は可能」


「到達後か。それでは困るのだが……」


 ヴィーザル空中艦隊を迎え撃った帝国空軍第6空中艦隊から1個空中駆逐戦隊が空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセを撃墜するために派遣されているが、その到着は遅い。


「戦力の撤退状況は?」


「反乱軍の攻撃予定地点と思われる場所からの撤退は6割が完了しました。ですが、まだ大勢の兵士が残っています。捕虜の移動もありましたので車両不足が起きています」


 そう、車両が不足しているのだ。


 帝国軍は魔獣戦争開戦から今に至るまで、相次ぐ撤退と装備の放棄で大量の車両を喪失していた。もっとも帝国の膨大な工業力はそれを補充しつつあるが、今すぐに完全に必要な車両が届くわけではない。


 そして、今回は投降した反乱軍というものも抱えている。捕虜は車両で運ぶしかなく、既に部隊のための車両を捕虜の輸送に使用しているため部隊の移動ができないという状況が続ていた。


 反乱軍によるエージェント-37Aによる攻撃という情報を手に入れてからも遅々として撤退作業が進んでいない事情はそういうことだ。


「上級大将閣下! 葬送旅団から報告です! エージェント-37A無力化及びヴァルター・フォン・トロイエンフェルトの排除に成功とのこと!」


「やったか! 流石だな、ゲヘナ様の眷属は。いいぞ。では、後は空軍にフリードリヒ・デア・グロッセの排除を任せればいい。周辺にいる部隊には爆撃に備えさせるように。もう化学兵器による攻撃はない」


「了解!」



 ──ここで場面が変わる──。



「統合任務部隊“スキンファクシ”司令部への連絡完了です!」


「よし。これで任務達成だな」


 アレステアたちに別の降下艇で空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセに乗り込んだゴードン少佐たちが合流し、無線機で統合任務部隊“スキンファクシ”司令部に目的達成の連絡を行っていた。


「オーケー。なら、脱出だね。グリンカムビと合流しよう」


「ああ。急ごう」


 シャーロットが頷き、ゴードン少佐が部下たちに撤退を命じる。


「アリーチェさん。その、ブラムさんは残念でした。けど、彼のおかげでヴァイゼンナハトの大地が汚染されることは避けられました」


「……うん。ブラムさんはこのヴァイゼンナハト領を愛していたから。ここは田舎かもしれない。それでも私たちにとっては誇りの故郷だった。だから、ブラムさんは故郷のために死んだことを後悔はしてない、と思う……」


 アレステアが暗い表情で告げるのにアリーチェがそう返した。


「少佐。空軍がフリードリヒ・デア・グロッセを撃墜しに来ます。移乗作戦を行った部隊は脱出を急げとのこと!」


「了解。全員、急げ! この飛行艇は落とされるぞ!」


 そしてゴードン少佐たちにも帝国空軍が単艦で突っ込んだところを撃墜するために高速の空中駆逐戦隊が動いていることが知らされた。


「急ぎましょう!」


 アレステアたちも空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの艦内をグリンカムビ所属の降下艇との合流を目指し駆ける。


 空中空母フリットヨフの艦載機の爆撃によって炎上している空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの中は有毒ガスなどが発生しており、アレステアたちはそれらに気を付けながら脱出を急いだ。


「あそこだ! 乗り込め、乗り込め!」


 グリンカムビ所属の降下艇は自衛用の魔道式短機関銃を握ったグリンカムビの操縦士によって守られており、操縦士がアレステアたちに気づくと手を振って来た。


「空軍から連絡が来てる! 空軍は本気でこいつを落すつもりだ! 逃げるぞ!」


「分かった!」


 アレステアたちは降下艇に乗り込み、すぐさま空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセから離れる。


『来たぞ。空軍の空中駆逐戦隊だ』


 そして、アレステアたちが乗った降下艇と入れ替わるように1隻の空中巡航艦と3隻の空中駆逐艦で編成される帝国空軍の空中駆逐戦隊が飛来。


 空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセは依然レーダーの機能が停止しており、射撃管制レーダーも使用不能。生き残っている主砲が砲撃を行うも命中しない。


『全艦、空雷戦用意! 目標、空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセ!』


 空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの右舷の方に高速で滑り込んだ空中駆逐戦隊が空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセに肉薄。


 本来ならばこのような空中巡航艦や空中駆逐艦を撃退するはずの両用砲などは空中空母フリットヨフ艦載機の爆撃によって破壊されており、空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセはこれを阻止できない。


『空中魚雷、発射!』


 4隻の飛行艇から扇状に放たれた空中魚雷が瞬く間に空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセに迫り、そしてその側面で炸裂。


 爆炎が吹き上げ、主砲の弾薬庫にも引火。砲塔が吹き飛び、空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセは完全に炎に包まれた。


 そして、熱によって脆弱になった艦体が中央から真っ二つに折れ、地上に向けて落下していく。炎に包まれた空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセが落ちていく。


「フリードリヒ・デア・グロッセが落ちた……」


 炎上し、多くの反乱軍将兵を巻き添えに落ちていく空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセをアレステアは降下艇の窓から見た。


「帝国空軍最大の空中戦艦を落したのが同じ帝国空軍の飛行艇になるとはね。これを建造したときには誰も思わなかったんじゃないかな」


「いずれにせよ反乱軍はもう終わりです。指導者は全滅しました」


 フライスラー上級大将、トロイエンフェルト、レヴァンドフスカ少将。反乱軍の指導者は全て死亡した。


「統合任務部隊“スキンファクシ”司令部から連絡だ。ヴィーザル空中艦隊が投降した。ヴァイゼンナハト領の反乱軍も投降しつつある」


 ゴードン少佐が降下艇内でそう報告する。


「これで終わりだな。次は魔獣猟兵どもだが」


 帝国国防情報総局の工作員ハンスはまたどこかに潜入することになるのだろう。そう愚痴るように言っていた。


「大勢が死んでしまいましたね……」


 アレステアはそう呟き、地上に落ちた空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセをその姿が見えなくなるまで見つめ続けた。


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