工作員ハンス・シュミット

……………………


 ──工作員ハンス・シュミット



 ガンルームで反乱軍部隊と戦っていた帝国国防情報総局の工作員との接触をアレステアたちは目指した。


「無事ですか!?」


 アレステアが瓦礫を押しのけ、ガンルームの中に呼びかける。


「無事だ。あんたたちが葬送旅団?」


「そうです。あなたが帝国国防情報総局の?」


 ガンルームから出て来たのは帝国空軍の軍服を纏い、その軍服に中尉の階級章を付けた男性だった。サプレッサーを装着した魔道式短機関銃で武装している。


「そうだ。名前は名乗れないのでハンス・シュミットとでも呼んでくれ」


「分かりました、ハンスさん。それでエージェント-37Aはどこに?」


 ハンスと名乗った男にアレステアが尋ねた。


「最下層の爆弾倉だ。反乱軍は航空爆弾を利用してエージェント-37Aをばら撒くつもりのようだ。こっちもいろいろと破壊工作を行って足止めはしてきたが、ついに見つかった。すぐに爆弾倉に向かう必要がある」


「では、行きましょう。これが終わったら脱出です」


「ああ。実はこの空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの機関に損傷を負わせる爆弾を仕掛けてる。エージェント-37Aを無力化後、それを起爆すれば脱出のチャンスは生まれるだろう。行くぞ!」


 ハンスがアレステアたちを誘導し、空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの航空爆弾を収めている爆弾倉へと向かう。


 爆弾倉は飛行艇の最下層にあり、爆撃の際に扉が開いて地上に爆弾を投下する。


 その爆弾倉に反乱軍はエージェント-37Aを運び、爆弾と一緒に投下することで地上に毒ガスを撒き散らすつもりだ。


「……よし。大丈夫です。ま、まだ行けます」


 ハンスのすぐ後ろをアリーチェが進み、エトーレの支援を受けながら索敵を実施している。ハンスは道は知っているが軽武装であり、多数の敵と予期せず接敵すると蜂の巣にされてしまう。


「最悪の場合として何が考えられるかな?」


「反乱軍が自棄になってこのフリードリヒ・デア・グロッセの中でエージェント-37Aを使用するということ。そうなると俺たちは全員死亡でフリードリヒ・デア・グロッセが墜落すれば地上も汚染される」


「それが起きるとなれば敵を追い詰めすぎるってところかなー」


 ハンスとシャーロットがそう会話する。


 反乱軍は今のところこの悪夢のようなサッカーでボールを握っている側だ。つまりは主導権を有している。


 エージェント-37Aというボールをところに蹴るかは帝国軍の動き次第であり、その帝国軍に対する反乱軍の反応を推察し、さらに相手の一歩先を行く必要があった。


「ストップ。……敵です。屍食鬼と正規兵の組み合わせ」


「蹴散らして進みましょう。時間を取られるわけにはいかない」


 アレステアたちは空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの艦内を行く手を遮るもの全てを撃破して押し進み、空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの下層をただただ目指して進んで行く。


「爆弾倉が近い。機械音がする。慎重にやるぞ。奇襲が重要だ」


 爆弾倉では巨大かつ大量の航空爆弾を運用するための巨大な機械が動いている。そのためのその機械の動力音と動作音が響いているのだ。


「空中戦艦も航空爆弾で攻撃を行うのですね」


「そうだよ。通常サイズの航空爆弾を大量に搭載するのが基本だけど、任務によっては他の飛行艇では運用できない凄い大型爆弾を搭載したりする」


 その艦体が巨大で機関の出力も膨大な空中戦艦は戦略爆撃機としても側面もあった。


 アレステアたちが空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの下層に至るのにエトーレが唸り声を上げて警告を発する。


「敵、みたいです。う、迂回しますか?」


「そうだな。戦闘は避けたい。ここまで敵が来たとなれば本当にエージェント-37Aを艦内で炸裂させるかもしれない」


 アリーチェの言葉にハンスがそう言って迂回路を指示した。


 ここで戦闘になってしまうと反乱軍が焦って自爆する可能性がある。それは避けたいというのが全員の思いだった。


「前方2名。や、やれそうですよ?」


「静かにやる」


「了解です」


 ハンスがコンバットナイフを抜き、アリーチェも腰に下げていた山刀を抜く。


 ふたりは気配を殺して反乱軍の見張りに近づくと後ろから襲い掛かった。口を塞ぎ、喉笛を裂き、心臓を貫き、腎臓をめった刺しにする。


「片付いたな。いい腕だ。経験が?」


「そ、その、野生動物を相手には……」


 ハンスが褒めるのにアリーチェが視線を泳がせながら返す。


「今のところ、静かに進めていますが時間が大丈夫でしょうか?」


「ああ。そろそろ危ないかもしれませんね。砲声が止まって──」


 アレステアが尋ねるのにレオナルドが答えようとしたとき艦内が傾斜し、凄まじい速度を出したのかGが生じる。


「何が……!?」


『統合任務部隊“スキンファクシ”司令部より全部隊! 化学兵器エージェント-37Aを搭載した空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセが友軍の迎撃を振り切って侵攻している! 警戒せよ!』


 空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセが単艦で帝国空軍第6空中艦隊を振り切って突破。一気にパンツァーファウスト作戦に動員されている帝国軍部隊が布陣するヴァイゼンナハト領郊外を目指して加速した。


「クソ! このままこのフリードリヒ・デア・グロッセだけで攻撃を!?」


「急がないと!」


 ハンスが唸り、アレステアが前に出た。



 ──ここで場面が変わる──。



「敵空中艦隊を引き離しました! 敵艦、進路を変針し本艦の追撃を試みるも友軍空中艦隊がそれを攻撃し、引き留めています!」


「よろしい。このまま突っ込む。本艦が到達すればいいのだ。本艦が任務を達成すれば、それでいいのだ! それこそが勝利だ!」


 空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの艦橋で報告の声が上がり、ヴィーザル空中艦隊司令官であるレヴァンドフスカ少将が狂ったような笑みを浮かべていた。


 空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセはその速力を全開にして帝国空軍第6空中艦隊の封鎖を突破し、エージェント-37Aの投下地点に向かっている。


「我らに勝利を! 散っていった同志たちのために勝利を!」


「勝利を!」


 空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセの艦橋は狂気に包まれていた。


 レヴァンドフスカ少将はもはやエージェント-37Aで大量虐殺をすることだけを考えている。それだけが自分たちがなすべきことだと。それを成して何が起きるのかはもはや考えていない。


 憎き今の帝国政府、帝国議会、皇帝ハインリヒに打撃を与え、そのことで死んでいった同志たちの仇を取ることだけを考えているのだ


 彼女たちは既に生き残ることを考えていない。


 そう、死兵だ。


「敵空中空母から発艦した小型飛行艇部隊を見張りが確認!」


「右舷高射砲は壊滅状態だ。もはやこの艦が炎上しようとも成し遂げる!」


 空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセのレーダーは未だ全て機能しておらず、単艦で行動し始めた今、敵の飛行艇を探知するのは訓練された見張り員の目だけ。


「進め、進め。進み続けろ。最悪、この艦を突っ込ませてやる!」


 レヴァンドフスカ少将が指揮する空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセは空中空母から発艦した無数の小型飛行艇に襲われながらも突破しようとする。


『テオドール・フォー・ワンよりフリットヨフ! 爆撃を実施するもフリードリヒ・デア・グロッセは未だ健在! 繰り返す、フリードリヒ・デア・グロッセは未だ健在!』


 そして、帝国空軍空中空母フリットヨフ艦載機による爆撃を受けても空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセは進み続けていた。


 炎上し、多くの装備と兵員を失いながらも空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセは突撃を続けている。ひたすらに突き進んでいる。


 まるで死出の旅のように。


……………………

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