強制捜査

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 ──強制捜査



 国家憲兵隊は銃器を取り扱う特殊作戦部隊を動員し、テロ・暴動対策室室長のラムゼイ大佐が指揮する中、聖エイル病院にいるジェイコブ・バークを拘束するために同病院に向けて装甲車を含めた車列で向かった。


「今度こそ死霊術師が拘束できればいいのですが……」


「どうだろうね? 死霊術師たちはどうも周りの人間を利用することを選択肢に入れてる。アームストロング事件で司祭が利用されたように」


「つまり、死者の誘拐とテロの実行犯は別である可能性もあるわけですね」


「ま、これで決着したら決着したでオーケーだよ」


 アレステアが悩み、シャーロットは軽く返す。


 国家憲兵隊の車列とアレステアたちは帝都の街並みを抜けて聖エイル病院の到着。


 聖エイル病院は歴史ある建物だ。赤レンガ造りの立派な建物で神聖契約教会系の統合病院である。今はリスター・マーラー病の感染者の収容を行う病院のひとつに指定されている病院でもある。


「降車、降車!」


 国家憲兵隊の車列が病院前で停車し、防弾ベスト、ヘルメット、魔道式自動小銃、そして防護服を装備した国家憲兵隊の隊員たちが降車。そして、そのまま聖エイル病院のエントランスに突入していく。


「国家憲兵隊だ! 全員動くな!」


「な、なんだっ!?」


 完全武装の国家憲兵隊を前に病院の職員たちが慌てふためく。


「令状だ。病院の全ての書類を押収する。またジェイコブ・バークを逮捕する」


「い、今、院長先生をお呼びしますので……」


「既に捜査は始まっている。我々の指示に従うように」


 受け付けの医療事務員は突然の捜査に混乱しながら返すが、指揮官のラムゼイ大佐がそう言って言葉を突き付けた。


 そして、国家憲兵隊の隊員たちは病院の書類を押収する部隊とジェイコブ・バークを拘束するために病院内を捜索する部隊に分かれる。


「行きましょう、シャーロットお姉さん、レオナルドさん。ジェイコブ・バーク医師が死霊術師ならまた屍食鬼が使われるかもしれません」


「ええ。国家憲兵隊を援護しましょう」


 アレステアたちジェイコブ・バークを拘束する部隊に加わった。


「クリア!」


「次の部屋を」


 動員された国家憲兵隊の部隊は銃火器の扱いを専門とするある種の特殊作戦部隊で、訓練された動きで病院内を捜索していく。


「カギがかかってる」


「マスターキーを使うぞ」


 外科病棟の一室のドアの前で国家憲兵隊の隊員がドアのカギを確認し、それを受けて12ゲージの魔道式散弾銃を持った隊員が前に出る。


「突入!」


 魔道式散弾銃のスラッグ弾がドアノブをカギごと吹き飛ばし、すぐさま隊員がドアをやり破って室内に突入。


「く、来るな! 近寄ればこの女を殺す!」


「容疑者を確認! 人質を取っている!」


 ジェイコブ・バークが部屋の中にいた。彼は38口径の魔道式拳銃を握り、その銃口を振るえている女性看護師に向けていた。


 国家憲兵隊は銃口をジェイコブ・バークに向けながらも射撃許可を待つ。


「こちらリヒャルト・ゼロ・ワンより本部HQ。容疑者は魔道式拳銃で武装し、人質1名を取っている。指示を求む」


『交渉人の到着を待つ。部屋を包囲して待機せよ。容疑者を刺激するな』


「了解」


 国家憲兵隊の特殊作戦部隊はジェイコブ・バークが立て籠もる部屋から一時撤退し、部屋の外で待機した。


「大佐殿。向かいの建物に狙撃チームが到着しました。射撃許可があれば容疑者を狙撃できます」


「待て。容疑者から情報を聞き出すことが必要なのだ。射殺は最後の選択肢にしたい」


「しかし、人質の命を優先すべきでは?」


「1名を助け、これから生じる可能性がある数万の犠牲を容認するのか?」


 ラムゼイ大佐が陣取る病院の外の指揮所では特殊作戦部隊の指揮官とラムゼイ大佐が対応を巡って争っていた。


 その間にも病院から職員と患者が外に出され、狙撃手を乗せた軍用小型飛行艇が病院の周りを飛行する。国家憲兵隊の増援も到着し、さらにはマスコミも来た。


「どうしたものかね。せっかく掴んだ糸だけど犯人の生存を優先すれば人質が危ない。けど、犯人を射殺すれば今度こそ糸は完全に途切れちゃう」


「困りましたね……」


 アレステアたちも病院の外に出て待機している。


「大佐殿。交渉人が到着しました」


「すぐに犯人と交渉を」


 国家憲兵隊の立て籠もりや人質事件に対応する交渉人が現場に到着。彼はジェイコブ・バークが立て籠もる部屋に向かい、ジェイコブ・バークと交渉を始めた。


「ジェイコブ・バーク。君の求めるものを聞きたい。我々に何を求める?」


「こ、国外に脱出する飛行艇だ! すぐに包囲を解いて、私を国外に出国させろ!」


「分かった。そのことを上に伝えよう」


 交渉人はジェイコブ・バークが自棄になって人質を殺すことがないように彼にこの状況から助かると言う希望を示し、落ち着かせようとする。


「解決には時間がかかりますが、幸いにしてこの事件は時間が我々に味方します。犯人は単独で、この事件は計画したものでもありません。いずれ犯人は疲弊し、注意力も下がるでしょう。その際に突入すれば確保できます」


 国家憲兵隊の特殊作戦部隊の指揮官がラムゼイ大佐にそう報告する。


「うむ。しかし、その前に犯人が自棄になる可能性は? 最悪、人質を殺害した上に自殺する可能性も」


「交渉人によれば犯人は外科医という一定の知能と常識のある人物です。社会においても上位の階層に位置します。故に自棄になって自殺するという選択肢は本当に最後の手段になると」


「なるほど。後の問題はマスコミだな……」


 マスコミは事件を既に報じ始めている。号外が緊急印刷され、ジェイコブ・バークと一連のリスター・マーラー病の感染拡大とそれが生物テロである可能性について市民に情報を広げている。


 帝国において報道の自由は約束されているが、場合によってはそれが事件解決の妨げになることもある。


「大佐殿。ジェイコブ・バークの自宅を捜索しましたが爆発物などがあったという痕跡はありません。また死者や病原菌を扱い設備、死肉祭壇も確認できずとのこと」


「ジェイコブ・バークはテロの実行犯である死霊術師を助けていただけか。ならば、なおさらのことジェイコブ・バークを拘束する必要があるぞ」


 ジェイコブ・バークの自宅にはフリードリヒ・ヴィルヘルム通りの自爆テロに使われたような軍用爆薬の痕跡がないことが軍用犬によって確認された。


「ラムゼイ大佐さん。いいでしょうか?」


「アレステア卿。何でしょうか?」


 そこにアレステアがやって来た。


「あの、人質の交換を提案できませんか? 僕が人質になりますので」


「その必要はありませんよ。時間が解決する事件です」


「そうでしょうか? もし、ジェイコブ・バーク医師が協力している死霊術師がジェイコブ・バーク医師が拘束されようとしているということを知れば、証拠隠滅や逃走を図る可能性もあると思うですが」


「……確かに。マスコミは既に報じ始めていますからね」


「ですので、早期の解決を」


 ラムゼイ大佐が唸りながらも頷くのにアレステアが主張する。


「分かりました。交渉人に伝えましょう」


「お願いします」


 ラムゼイ大佐が交渉人にアレステアの申し出を伝え、交渉人がジェイコブ・バークに人質の交換を提案した。食事の差し入れなどの提案も同時に行い、何とか提案を飲ませようと試みる。


「わ、分かった。受け入れる!」


 ジェイコブ・バークが同意し、人質の女性が解放される前にアレステアがジェイコブ・バークが立て籠もる部屋の中に入る。


「そ、そこに跪け! 変なことをするなよ!」


「分かりました」


 アレステアが両手を上げてジェイコブ・バークが指示する通りに跪く。


「女性を解放してください。僕がいるからその女性はもう解放してもいいですよね」


「クソ。本当に何かの罠じゃないだろうな? お前は見た目通りの子供か?」


「そうです。ただ騎士の地位にありますから、その女性より人質としての価値はあると思います。ですので、女性の解放を」


 アレステアが言うのにジェイコブ・バークが魔道式拳銃を女性に向けたまま唸る。


「おい。行っていいぞ。行け!」


「ひいっ!」


 ジェイコブ・バークがついに女性に向けて叫び、女性が慌てて部屋から出ていく。


「あなた自身は死霊術師ではないですね。そのことは分かっています。あなたからは嫌な感じがしない。けど、死霊術師に協力している。何故です?」


「どうでもいいだろ。黙ってろ」


「事情を話せば理解してもらえるかもしれませんよ」


「黙ってろ!」


 ジェイコブ・バークはアレステアに銃口を向けながら喚いた。


「あなたはまだ誰も殺してない。死者を攫っただけなんでしょう。投降すれば罪は軽くなります。そして、あなたの持っている情報を国家憲兵隊に伝えれば取引だってできるはずです。考え直してください」


「……お前はなんでそんなに冷静なんだ? 銃を向けられてるんだぞ? 死ぬかもしれないんだぞ?」


「僕のことは気にしないでください。あなたが助かることを考えて」


「クソ。なんでこんなことに……」


 ジェイコブ・バークはアレステアに魔道式拳銃の銃口を向けたまま、部屋にあった椅子に腰かける。顔には疲労と絶望の色が見えた。


『リヒャルト・ゼロ・ワンより本部HQ。突入準備完了。しかし、本当に人質を気にしないでいいのか?』


本部HQよリヒャルト・ゼロ・ワン。犯人の生け捕りを重視しろ。人質には考慮しなくていい』


『了解。突入命令を待つ』


 部屋の外では完全武装の国家憲兵隊の特殊作戦部隊が突入準備を整えていた。


「今ならまだ間に合います。投降して、情報を伝えるんです」


「うるさい。もうどうにもならない。クソッタレ……」


 アレステアが説得する中、ジェイコブ・バークは力なくそう返した。


本部HQよりリヒャルト・ゼロ・ワン。突入を許可する』


『リヒャルト・ゼロ・ワン。突入する。3カウント!』


 国家憲兵隊がついに突入を開始した。


 3秒のカウントの後に魔道式閃光弾が部屋に放り込まれ、それが生じさせた強力な閃光がジェイコブ・バークの視界を奪い、怯ませた。


「畜生! 人質を殺すぞ! 入ってくるな!」


「犯人を撃つな。生け捕りだ」


 ジェイコブ・バークがアレステアに魔道式拳銃を向けて叫び、国家憲兵隊の特殊作戦部隊が次々に突入してジェイコブ・バークに進んで来る。


「クソッタレ! これで終わりだ!」


 ジェイコブ・バークが引き金を引き、アレステアの頭が弾ける。その後、すぐにジェイコブ・バークは自分の頭に銃口を向けようとする。


「銃を奪え! 死なせるな!」


 ジェイコブ・バークが国家憲兵隊によって押し倒され、魔道式拳銃を奪われる。逮捕術を心得た国家憲兵隊の隊員によってジェイコブ・バークは手錠をかけられ拘束された。


「人質は?」


「死亡しています」


「なんてことだ」


 国家憲兵隊の隊員たちが頭を撃ち抜かれたアレステアの死体を見て唸る。


「死体を運び出せ。死体袋を準備しろ。マスコミに写真を取らせるわけには──」


 そこで死体だと思われていたアレステアの体が動いた。


「なっ……!?」


「ああ。あの、ジェイコブ・バーク医師は拘束できましたか?」


 アレステアは何事もなかったかのように立ち上がり、国家憲兵隊の兵士たちは茫然としている。死亡を確認した兵士は目を見開き、幽霊でも見たような顔をしていた。


「大丈夫なのか……?」


「ええ。僕は大丈夫です。けど、ジェイコブ・バーク医師は?」


「生きて確保できた。君のおかげだ。感謝する」


「いえ。やるべきことをやっただけです」


 国家憲兵隊の現場指揮官が言い、アレステアが微笑む。


「一応医療班に見せておこう。彼を外に」


「了解」


 アレステアは国家憲兵隊の兵士に付き添われて聖エイル病院を出た。


……………………

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