繋がる糸
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──繋がる糸
人質事件を起こしたジェイコブ・バークは身柄を国家憲兵隊に拘束され、国家憲兵隊帝都本部に留置された。そして、事情聴取が始まる。
「ジェイコブ・バーク。あなたには死体窃盗、人質強要、殺人未遂、テロ幇助などの容疑かかっている。そのことについて聴取を行う」
「弁護士を呼んでくれ……」
「分かった。弁護士の連絡先を」
ジェイコブ・バークが自分の弁護士の連絡先を告げ、国家憲兵隊から連絡がいって弁護士が帝都本部庁舎にやってきた。
弁護士はまず依頼人であるジェイコブ・バークとのプライベートな会話を要求し、ジェイコブ・バークと話し合った。
「依頼人は取引を求めています」
弁護士は聴取を行う国家憲兵隊の将校にそう言った。
「取引の内容をお聞きしたい」
「依頼人はテロの実行グループについて情報を提供します。それでテロ幇助の罪を問わないことを求めます。他の罪状についても減刑を」
弁護士は沈黙しているジェイコブ・バークに代わって国家憲兵隊に取引を提案した。国家憲兵隊は事件を担当する検察官を呼び、検察官が聴取に参加する。
「ふむ。テロ幇助について起訴しないことは相談できる。だが、他の罪状についての減刑は情報次第だ。情報が有益であり、法廷でそれを証言するならば応じる準備はある」
「どうです、ジェイコブ・バークさん?」
検察官が告げるのに弁護士がジェイコブ・バークに尋ねる。
「それでいい。応じる」
「では、情報を。一連のテロの実行グループについてあなたの知っていることを全て教えてください。あなたの発言は法廷で証拠になることをお忘れなく」
国家憲兵隊の将校が虚偽の証言は法廷で不利になるということを改めて示す。
「まず私はテロのために死体が使われるということを知らなかったことを認めてもらいたい。私は死体を盗み、売却したが、その用途については把握していなかった」
ジェイコブ・バークが語り始める。
「私は医療検体として死体を売っていた。今でも死者には検体としての価値がある。特に特殊な病気が原因で病死した死者には検体としての価値が大きい」
「それで死体を盗んだ、と?」
「そうだ。その、賭博で金を使ってしまい、借金があった。それを返済するのに死体を高額で買い取るという提案に応じてしまった。金が必要だったんだ」
ジェイコブ・バークが必死にそう説明する。
「私は死体を売り、金を受け取った。だが、テロが起きたことを新聞とラジオで知った。死霊術師によるテロだということも知った。それでもしかしたらと思って私が売った死体とテロに使われた死体が同じかを調べた。クソ」
「一致したんだな?」
「ああ。一致した。私はテロリストに死体を売ったということに気づいた。どうしようかと思っていたら、病院に国家憲兵隊が突入してきて……」
国家憲兵隊の問いにジェイコブ・バークが俯く。
「それは分かった。それで誰に死体を売ったんだ? テロの実行犯は?」
「相手ははっきりとは名乗らなかった。だが、支払いは小切手だからそちらでも特定できるだろう。それに死体を運んだ先は私も把握している。私が運んだのだから」
ジェイコブ・バークが説明する。
「その場所は?」
「カール4世フィリップ・テオドール魔道研究所だ」
これまで捜査線上に存在しなかったものが突如として現れた。
──ここで場面が変わる──。
「ジェイコブ・バークが情報を吐いた」
国家憲兵隊帝都本部テロ・暴動対策室の会議室でラムゼイ大佐が告げる。
「奴が死体を売ったのはカール4世フィリップ・テオドール魔道研究所の人間だ。そして、同時にこちらが奴に渡された小切手を調べた結果、研究所内の誰が死体を奴から購入していたかも突き止めた」
ラムゼイ大佐が黒板に写真を張る。
「ヘンリー・ノックス。研究所所長だ」
ついに死霊術師の正体が明らかになった。
「ヘンリー・ノックスについての情報は手元の資料にある。特に注目すべき点はこの男は所長になる前に帝国陸軍の生物化学戦研究所に勤務していた。そこでの研究は従来の病原菌を魔術によって変異させるということだった」
「それはこれまで調べられなかったのですか?」
「軍の機密に指定されていた。ヘンリー・ノックスが捜査線上に浮上したことで軍がようやく機密情報をこちらに渡した。今、帝国感染症研究所がこの研究とリスター・マーラー病の関係を調べている」
国家憲兵隊の将校のひとりが尋ねるのにラムゼイ大佐が返す。
「もしかすればこれで治療法が見つかるかもしれない。だが、そうであってもヘンリー・ノックスは拘束する。既にこちらの私服捜査官が研究所を見張っており、ヘンリー・ノックスが研究所にいることを確かめた」
ラムゼイ大佐が国家憲兵隊の将兵、そして同席していたアレステアたちに言う。
「ヘンリー・ノックスが死霊術師であり、テロの実行犯であるならば、それなり以上の抵抗が予想される。こちらも相応の戦力を動員し、容疑者の拘束に当たる。葬送旅団の方々にもご協力いただきたい」
「ええ。もちろんです」
ラムゼイ大佐の申し出にアレステアが頷いた。
「では、動員されるのは国家憲兵隊帝都本部機動隊第3大隊、特殊火器戦術班、爆発物処理班、緊急介入部隊、生物化学戦対応大隊。これらが動員される」
国家憲兵隊はヘンリー・ノックスの拘束にかなり慎重になっていた。
ヘンリー・ノックスが死霊術師でありテロの実行犯ならば、爆発物や危険な病原菌を保有している可能性がある。それに警戒するのは当然のことと言えた。
「大佐殿。軍からの応援は葬送旅団だけですか?」
「そうだ。政府は警察力による事件の解決を望んでいる。軍を大々的に出動させて市民に不安を与えることを危惧しているのだ。リスター・マーラー病の治療法が見つかるまではこれ以上の混乱は避けたい、と」
メクレンブルク宰相から内務大臣を通じて国家憲兵隊が独力で解決するように求められていた。同時にマスコミが事件に注目しているとのことが伝えれている。
「作戦開始は?」
「これからすぐにだ」
そして、国家憲兵隊が動く。
パトカーと装甲車が車列を汲んで帝都本部を出発し、さらに軍用小型飛行艇も出撃して、国家憲兵隊の部隊がカール4世フィリップ・テオドール魔道研究所に向けて進む。
サイレンが帝都の街並みに鳴り響き、パトカーが先導する車列にアレステアたちを乗せた葬送旅団の軍用四輪駆動車も続いた。
「いよいよですね」
「そうですね。ですが、少しばかり気になる点もあります」
「気になる点ですか?」
助手席にいるアレステアが軍用四輪駆動車を運転するレオナルドの言葉に首を傾げた。レオナルドの言葉の意味が理解できないのだ。
「容疑者であるヘンリー・ノックスは研究所の所長です。確かに危険な病原菌を取り扱う技術と施設は手に入るでしょう。ですが、フリードリヒ・ヴィルヘルム通りのテロに使われた軍用爆薬を手に入れるのは難しい」
「確かに。レオ・アームストロング司祭長もいろいろと手に入れるのが難しい軍事用品を持っていました。それらの調達方法は一体……」
「銃火器については帝国ならば手に入れるのは難しくありません。帝国は地方に広域な自治権限を与え、それを守るということで銃を持つ権利が認められていますから。銃を購入することは難しくないのです」
レオナルドが説明する。
「ですが、軍用爆薬となると話が違う。軍用爆薬を入手できるのは軍と警察組織、そして許可書を持った民間軍事会社だけ」
「そして、レオ・アームストロング司祭長もヘンリー・ノックスさんも軍人でも警察関係者でもない……」
「そういう人物の犯行である場合、この手のテロに使用されるのはありあわせの材料で作れる爆弾になります。いろいろと爆薬には種類もあって、化学の知識がある人間ならば作れる。ですが、軍用爆薬はそうもいかない」
フリードリヒ・ヴィルヘルム通りのテロでは鑑識の結果、間違いなく軍用爆薬が使用されたと国家憲兵隊が結論している。
「どういう経緯で彼が軍用爆薬を手に入れたのか。そして、どうして成功者であり、政府に不満もないであろう研究所所長がテロを起こしたのか。いろいろと分からない部分が多いのですよ」
「そうですね。やはり、セラフィーネさんが言ったように偽神学会というものが関わっているのでしょうか……」
レオナルドの言葉にアレステアが考え込む。
「まあ、捕まえて尋問すれば分かるんじゃない? とりあえず犯人が見つかっただけでも成功だよ。これで騒ぎは終わりになるかも」
「前向きに考えるべきですね」
シャーロットが楽観的な意見を言い、レオナルドが同意した。
そして、国家憲兵隊と葬送旅団の車列がカール4世フィリップ・テオドール魔道研究所のゲートを抜けて研究所の建物周囲に展開した。
「行け、行け! 突入しろ!」
国家憲兵隊の精鋭特殊作戦部隊である緊急介入部隊の作戦要員たちが先頭を切って研究所に突入する。彼らはカービン仕様でサプレッサーが装着された魔道式自動小銃を握り、戦闘服の上から防弾ベストとヘルメットを被っている。
「わあっ! な、なんだっ!?」
「国家憲兵隊だ! その場に伏せていろ!」
研究所の研究員たちが狼狽える中、緊急介入部隊は所長室に向けて進む。後続の国家憲兵隊部隊は各研究室や検査室を調べていった。
「ここだ。所長室だ。突入するぞ」
「3カウント」
3秒のカウントの後に国家憲兵隊緊急介入部隊が所長室に突入。
「ひっ! な、なんですか!?」
「伏せていろ!」
この手の民間人のいる環境での作戦では作戦要員たちは民間人を誤射したり、流れ弾に巻き込まれないようにするためにその場で伏せておくことを命じる。
「ヘンリー・ノックスはいません。確認できず」
「
だが、所長室にヘンリー・ノックスの姿はなかった。
「君はヘンリー・ノックスの秘書だね?」
「は、はい」
緊急介入部隊が確保した所長室にラムゼイ大佐がやってきてヘンリー・ノックスの秘書を務めていた秘書の男性に尋ねる。
「ヘンリー・ノックスはどこに行ったか把握しているか?」
「所長は国際会議のために出張される予定です。厚生省からも帝都を出る許可をもらっています。クローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港からアーケミア連合王国のキングスフォートに……」
「不味い。国外逃亡か」
秘書が告げたのはヘンリー・ノックスが国外に向かっているということだった。
「利用していたジェイコブ・バークが拘束されたことで自分に捜査の手が及ぶことに気づいたというわけか。すぐにクローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港へ! 空港にいる国家憲兵隊部隊にも警告を!」
「了解!」
ラムゼイ大佐の指揮で国家憲兵隊がすぐさま動く。
「郊外逃亡しようってわけ? ロックダウンされている帝都から?」
「だから、でしょうね。ロックダウンと言っても厚生省に許可を貰えば外に出れます。そして、空港での問診と検温をパスすれば飛行艇で国外に」
「確かにあたしたちは外に出るとは想定してなかったね」
レオナルドがそう言いながら国家憲兵隊の車列に続いて帝都最大の空港であるクローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港を目指す。
帝都には3つの飛行場があるが、その中でも国際線を扱っているものは2つ。そして、クローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港は一番新しい空港だ。
現在に続く保守政権下の都市開発計画で建設された空港で従来の古い空港の負担を減らすために作られたものである。
『こちらクローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港の国家憲兵隊ユニット、イプシロン・フォー・ワン。手配情報について具体的な情報を送られたし』
「こちらラムゼイ大佐。容疑者は50台男性。身長175センチ。人種は諸島系で髪の色は黒。爆発物を所持している可能性がある。警戒せよ」
『了解』
国家憲兵隊は空港の警備も担当している。
「僕たちは間に合うでしょうか……」
「最悪、アーケミア連合王国に逃げられてもあの国と帝国には引き渡し協定があるからどうにかなるでしょ」
「だとすると逃げることに何の意味が?」
「さあ?」
疑問は積み重なるままアレステアたちはクローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港を目指して帝都の高速道路を走り抜ける。
……………………
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