魔女との戦い
……………………
──魔女との戦い
アレステアは旧神戦争最強の魔女たるセラフィーネと対峙していた。
「アレステア。奴はゴーレムを主力としているが、他にも様々な魔術を使う。用心して戦うのだぞ。奴が不死者を葬って来たというのは事実だ」
「はい、ゲヘナ様!」
ゲヘナの化身の言葉にアレステアが頷く。
「その実力を確かめさせてもらおう。来い、童」
セラフィーネがサーベルの剣先をアレステアに向けて告げる。
「いきますっ!」
アレステアは“月華”に導かれるままセラフィーネに向けて突撃。
「そんなものか? 見込み外れか」
退屈そうにセラフィーネが呟き、サーベルを振るう。
次の瞬間、アレステアの腹部が真っ二つに引き裂かれ、地面に崩れ落ちた。
「空間断裂か。今や失われた魔術すら使用するとは。化け物め」
ゲヘナの化身がセラフィーネが行使した魔術を分析して忌々し気に語る。
「立ち上がれ、童。不死なのだろう」
セラフィーネが両断されて地面に倒れたアレステアに命じた。
「そう、です! まだやれます!」
アレステアが傷を回復させて立ち上がり、再び“月華”を構える。
「子供を相手に本気を出すのも大人げない。ゴーレムは使わないでおいてやろう。だが、他は容赦なく使うぞ」
「絶対に勝ちます」
セラフィーネが依然としてアレステアを嘲り、アレステアは覚悟を決めて突撃。
「今の将軍どもは年老いて剣のひとつも振るえない。盤上で駒を動かすしか能のない連中だ。しかし、旧神戦争において軍勢の長たる将軍は自ら兵士たちに武勇を示す勇者であった。そして、私も将軍としてその武勇を示そう」
セラフィーネはそう言いサーベルを構えて向かって来るアレステアを迎え撃つ。
「はあっ!」
「温い。掠りもせぬぞ。ちゃんと狙え」
アレステアが振り下ろした“月華”をセラフィーネはいとも容易く回避し、サーベルを振るう。再び空間断裂が生じ、アレステアの体が切り刻まれる。
「不死というものは歪だ。人は肉体に応じた精神しか持たない。いくら体が不死になろうと精神は脆弱な定命のもののまま。肉体が何度も破壊されれば、心は壊れる」
「まだやれる!」
「そう、今はまだやれるだろう。私が終わらせてやる」
アレステアが切り刻まれては立ち上がり、何度も何度もセラフィーネに立ち向かう。
「くうっ……! 届かない……!」
しかし、アレステアの“月華”は一太刀どころかセラフィーネに掠り傷のひとつすらも負わせることはできていない。
「お前が外見相応の子供だとすれば、これまでの痛みに耐えているのは素晴らしいな。まさに神の眷属だ。しかし、耐えてばかりでは勝てないぞ?」
「どうして死霊術師に協力しているのですか? あなたたちの目的は何なのですか?」
アレステアが息を切らしながら尋ねた。
「異なる神々のために戦い、地上に残ったという共通点のみで結成された我々に目指しており同じ目的があるとでも思っているのか? 目的はそれぞれだ。ただこの地上に居場所を求めるもの、人間を憎み根絶やしにすることを夢見るもの」
セラフィーネがサーベルの刃を白い手袋をした指でなぞる。
「そして、私の目的は戦うこと。ただただ戦うことだ。弱者を踏みにじり、強者に挑み、この身が果てるまで戦うことだ。いずれ最期を迎えよう。しかし、戦って死ねるのであれば文句はない」
「そんな身勝手な」
「強者の権利だ」
アレステアが信じられないという顔をするがセラフィーネはそう返す。
「旧神戦争で死ねなかったんだ。仕方ないだろう」
どこか寂し気にセラフィーネが呟いた。
「死霊術師とは何故……?」
「それをお前に説明してやる義理が私にあるのか? 真実を知りたいならば戦って勝ち取るがいい。それが戦士のやり方だ」
「そう言うならば勝ちますっ!」
「いいぞ。それでこそだ」
アレステアの挑戦にセラフィーネが応じる。
セラフィーネのサーベルが踊り、無数の空間断裂が放たれる。
空間操作の魔術は超高度魔術であり、現在ではそれを使える人間はいない。あまりにも高度なもの過ぎてロストテクノロジーとなっている。
だが、セラフィーネはそれを自在に操る。
アレステアが再び切り裂かれるも、彼はただ何度も斬られているばかりではなかった。血を流し、痛みに耐え、そして学んでいた。
「立ち向かえ。童であろうと戦士ならば。その名誉にかけて」
セラフィーネのサーベルが振るわれ、空間断裂が生じる。
「見えた──っ!」
アレステアは本来見えないはずの空間断裂を見切った。
何度も切り裂かれ、死から蘇ることを繰り返した末に精神が崩壊する前に、アレステアはセラフィーネの魔術を学習したのだ。
「躱した……? ほう。やはり面白い! 見込み違いではなかったな!」
肉薄するアレステアと距離を取り、再びセラフィーネが空間断裂を放つ。
「見えています! そうであれば対抗できる!」
アレステアが放たれた空間断裂を全てを引き裂く“月華”の刃を以てして切り裂き返し、無力化することに成功した。
「この短い時間で私の魔術を学習し、そして対抗できるとは。まさに神の眷属だ」
「孤児院のシスターが言ってました。人生に失敗というのはないんだって。諦めなければ必ず成功できる。ただ人は諦めてしまうことで挑戦を終えてしまい、成功できなくなるだけだって。だから、僕も諦めません」
「その精神は讃える値する。戦士の精神そのものであるぞ」
アレステアがセラフィーネに対峙し、セラフィーネは満足そうに笑う。
「さあ、勝利を勝ち取れ、童。その精神が屈さぬ限りその機会はある」
「ええ。やってみせます!」
セラフィーネとアレステアが再び衝突。
セラフィーネの空間断裂は次々と放たれアレステアの対応能力を飽和させようとしている。それに対しアレステアは引き裂かれ、血を流しながらも、致命傷は避けてセラフィーネに肉薄する。
「勝利は容易には得られぬぞ。だからこそ価値がある」
「諦めなければ勝利できる!」
肉薄したアレステアにセラフィーネが空間操作魔術のひとつである空間衝突を実行。衝突で生じた衝撃波がアレステアを襲い、アレステアが弾き飛ばされるも、彼は再び強敵であるセラフィーネに挑み始めた。
「面白い素材だ。学び続けている。さて、これからどうなる?」
セラフィーネはまだ余裕を見せていた。空間断裂を繰り出し、空間衝突を引き起こす。それによって無数の殺意が周囲に立ち込めた。
しかし、アレステアは彼女が思っている以上に旧神戦争の英雄を相手にできる力を得ていたのだった。彼の屈しない精神がそれを得ることを助けた。
「よし。いける──!」
「なっ……!」
セラフィーネの放った全ての攻撃にアレステアが応じた。
空間断裂を躱し、弾き、無力化。空間衝突を受け流し、突破。
アレステアは瞬時にセラフィーネの胸元に飛び込み、ついにセラフィーネの体に“月華”の漆黒に刃を振り下ろした。
鮮血が舞い、セラフィーネが目を見開く。
「やった……!」
「まさか」
アレステアが獰猛に笑い、セラフィーネが狼狽えつつも瞬時に距離を取る。
「私の血だ。自分の血を見るのはいつぶりだろうか……」
避けたワンピースから流れる赤い血を見て、セラフィーネが呟いた。
「僕の勝ちでいいですね?」
「認めよう。お前の勝利だ。誇るがいい。このカーマーゼンの魔女である私に刃を浴びせたと言うことを」
アレステアが息を深くついてから尋ねるのにセラフィーネが笑って返す。
「お前は名は? 名を教えろ、ゲヘナの戦士よ」
「アレステア・ブラックドッグです」
セラフィーネが尋ね、アレステアが答える。
「アレステア・ブラックドッグ。その名は忘れまい」
セラフィーネはそう言った。
「大尉。退くぞ。約束は果たさなければ」
「了解」
人狼の指揮官が指示を出して部隊がセラフィーネの下に集まる。
「待ってください! どうして死霊術師に協力してるのか教えてください!」
「偽神学会について調べろ。それが答えだ」
アレステアが叫ぶのにセラフィーネはそう言って空間操作で道を開くと人狼の部隊とともに倉庫から消えた。
「何というか……。よく勝てたね、アレステア少年」
「まさかあの魔女を退けるとは」
シャーロットが呆然として言い、ゲヘナの化身が唖然としていた。
「ええ。何とかなりましたね。けど、国家憲兵隊の人たちが……」
「カーマーゼンの魔女を相手にこれだけの損害というのは勝利だ、アレステア」
アレステアがセラフィーネに虐殺された国家憲兵隊の兵士たちを見る。彼らは未だに血の海の中に沈んでいる。
「アレステア卿!」
「ラムゼイ大佐さん。魔獣猟兵は撤退しました」
「魔獣猟兵とは。公安部門が監視対象にしている組織ですが、ほとんど動きが掴めていないのが現状ですね。それが今回の事件に関わっているとなると……」
「まずは倉庫を調べましょう。ああ。それから偽神学会という組織について知りませんか? それが関係しているようなのですが」
「偽神学会……? いえ、聞いたことはありません。少なくともテロ・暴動対策室で把握している組織ではありません」
「そうですか」
セラフィーネが残した偽神学会という単語は未だ意味が分からないものだった。
「倉庫の捜索を。国家憲兵隊の無事だった部隊と鑑識が調べますので、葬送旅団の方々は死霊術師に関係のありそうな品などを探してください」
「了解です」
ラムゼイ大佐の指示にアレステアたちが頷き、ホフマン物流の倉庫を探る。
「武器弾薬を見つけました。かなりの数です。魔獣猟兵のものでしょうか?」
「火薬式の銃。人狼たちが使うものだな」
倉庫内にあった銃火器は魔道式銃ではなく火薬式銃だった。
「地下への入り口です!」
「オーケー。あたしが援護するから、レニーが先頭を進んで」
アレステアが倉庫内で隠されていた地下室への入り口を見つけシャーロットとレオナルドが駆けつける。
「行きますよ」
レオナルドがクレイモアを握って地下室に飛び降り、シャーロットが“グレンデル”を構えて援護しながら地下室を探る。
「声がします。まだ生きている人間がいる。アレステア君! 国家憲兵隊の医療班を呼んでください!」
「はい!」
レオナルドがアレステアに向けて叫び、アレステアが国家憲兵隊の医療班を呼びに走った。それから同行していた国家憲兵隊の医療班が地下室に降りてくる。
「こっち生存者です。ですが、感染しています」
「了解。運び出しましょう」
レオナルドが地下室で生存者を発見した。縛られており、リスター・マーラー病に感染していて、高熱を出している。だが、目立った外傷はない。それが2名だ。
「他は全員死んでいますね。死因は解剖しなければ分かりませんが、恐らくは」
「感染症だ。ここで感染屍食鬼を作ってたってわけだね。これで決まり」
レオナルドとシャーロットが狭い部屋に押し込められた死者たちを見て言う。
「あの、僕が声を聞いてみてもいいですか?」
「オーケー。頼んだよ、アレステア少年」
アレステアが室内に入り、死者の前に立つ。
「聞こえますか? 僕はアレステアと言います。ゲヘナ様に仕える身です」
『聞こえる。助けに来てくれたのか?』
「ええ。そうです。まずはお話を聞かせてください。ここで何がありました?」
アレステアが死者に尋ねる。
『よく分からない。目隠しをされていた。だが、男の声を聞いた。老齢の男の声だ』
「その人は何と言っていましたか?」
『死者が足りない、と。魔獣猟兵に任せるだけでは不十分だとかそういうことを。それから私は熱を出し、体中が痛くなって……』
「大丈夫。もうあなたを苦しめる人はいません。最後にあなたはどこから連れて来られましたか? いつ、ここに拉致されました? 具体的な日時でなくていいです。どのようなタイミングだったかを教えてください」
『駅から自宅に向けて歩いていたときだ。後ろから殴れたのだと思う。殴った人間は見ていない。すまない。あまり役に立てなくて』
「いえ。ご協力に感謝します。これからあなたを墓所に運びますので、そこで眠りについてください。穏やかな眠りに」
『ありがとう……』
アレステアが優しく告げ、死者が眠りに落ちる。
「どうやら魔獣猟兵が人々を攫っていたようですね。そして、死霊術師はその人々に病気を感染させていた。ですが、ここにいる死者たちはまだ屍食鬼になっていない」
「別の拠点がある、というわけだね」
アレステアの報告にシャーロットが頷く。
「このホフマン物流について国家憲兵隊に詳しく調査してもらい、かつ魔獣猟兵についても調査を。それから死者たちが攫われた場所で、その様子を目撃した人物がいないかも確かめてもらいましょう」
「はい。では、戻りましょう」
地下室の死者たちは防護装備を見に付けた国家憲兵隊の兵士たちによって運び出され、このリスター・マーラー病の感染拡大によって設けられた臨時の墓所へと運ばれた。
……………………
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