人狼、そして魔女

……………………


 ──人狼、そして魔女



 アレステアたちは国家憲兵隊の軍用四輪駆動車に乗り込み、ホフマン物流の倉庫に向かった。国家憲兵隊の機動隊は装甲バスに乗ってアレステアたちとともに移動する。


 国家憲兵隊の兵士たちは魔道式自動小銃で武装し、防護服を身に着けていた。その上から防弾ベストやタクティカルベストなどを装備している。


「これ、お酒飲みにくいね」


「我慢してください、シャーロットお姉さん。感染したら大変なんですから」


 マスクを装着しなければいけないため酒が飲めないシャーロットが愚痴るのにアレステアがそう諭した。


 アレステアたち帝都の郊外に向けて道路を走ると、帝都郊外の閑静な住宅街から田園地帯に入った。帝都も郊外は都市化しておらず、田舎の風景が広がる。


「やはり妙ですね。物流会社がこんな郊外に倉庫を置く意味が分かりません。鉄道からも遠く、トラックは長距離になり燃料代を酷く消費します」


「ですね。やはりここに死霊術師が拠点を……」


 レオナルドが軍用四輪駆動車の車窓から郊外の景色を見て指摘するのにアレステアが小さく唸った。


「そろそろです!」


 国家憲兵隊の兵士が告げ、軍用四輪駆動車が速度を落とす。


 そして、完全に国家憲兵隊の車列が停止するとアレステアたちは素早く降車し、問題のホフマン物流の倉庫を前にした。


「降車、降車! 隊列を組め!」


 国家憲兵隊の機動隊が装甲バスから兵士たちが降り、ライオットシールドを構えて隊列を組んだ。


 ホフマン物流の倉庫は完全に包囲された。


「武装した人いるという情報があるそうですが」


「ええ。警戒しましょう。また屍食鬼の可能性も」


 アレステアが隊列の後ろから倉庫を見てレオナルドが付け加える。


 ホフマン物流の倉庫は4階建ての大きな建物で、広さもかなりのものだ。普通の民家の5倍か6倍の大きさがある。そして、鉄筋コンクリート造りであり、飾り気は全くなく、ただホフマン物流の看板だけがあった。


「狙撃手がいる」


 そこでシャーロットが不意に言った。


「え?」


「スコープが光った。4階の窓。丁度、こっちを狙える位置だ」


 アレステアがぎょっとするのにシャーロットが淡々と報告する。


「どうする? 先制攻撃する? 今なら確実に狙撃手を潰す自信あるよ」


「いや。待ちましょう。ラムゼイ大佐さんが言っていたように現場を保全して、調査する必要があります。戦闘が避けられるなら避けたいです」


「オーケー。でも、一応狙っておくよ」


 アレステアがそう言い、シャーロットは“グレンデル”を構えた。座射の姿勢で巨大な“グレンデル”をしっかりと支え、高倍率光学照準器を覗き込む。


「突入準備完了です、大佐殿」


「よし。機動隊第1大隊を先頭に突入せよ」


 機動隊の指揮官がラムゼイ大佐に報告し、ラムゼイ大佐が命じる。


「機動隊第1大隊、建物に突入──」


 指揮官が命じようとしたとき、ヘルメットを被っていた頭がヘルメットごと撃ち抜かれて頭が吹き飛び、身体が痙攣しながら崩れ落ちた。


「狙撃だ!」


「撃ってきたぞ!」


 すぐさま国家憲兵隊の兵士たちが建物からの射撃を警戒する。


「アレステア少年! 撃っていいね?」


「はい!」


「そらっ!」


 シャーロットが指揮官を狙撃した狙撃手に対して口径14.5ミリ大口径ライフル弾を叩き込む。窓ガラスが粉砕され、窓から光っていたスコープの反射が消滅。


 だが、それが戦端を開いたかのように倉庫から猛烈な射撃が国家憲兵隊に浴びせかけられ、突入しようとしていた機動隊が隊列を維持したまま後退し、装甲バスに隠れる。


「クソ。かなりの重武装だな。応援が必要だ」


「今から要請しても本部もすぐには派遣できないでしょう」


「証拠が隠滅される可能性もある。迅速に解決せねば。しかし……」


 ラムゼイ大佐も装甲化された軍用四輪駆動車の陰で無線を持ちながら唸っていた。


「ラムゼイ大佐さん! 僕が前に出て攻撃を引き付けるので続いてください!」


「本気ですか!?」


「大丈夫ですから! お願いしますね!」


 ここでアレステアが“月華”を握って前に出た。


 倉庫の窓から銃弾が無数にアレステアを襲い、それを突き抜けてアレステアが扉を“月華”で切断して倉庫内に突入した。


 倉庫は吹き抜け構造で1階から4階までが繋がっており、倉庫中央部にはコンテナなどが積み重ねてある。


「屍食鬼……じゃないっ!?」


 倉庫から銃撃を行っていたのは屍食鬼ではなかった。


 オリーブドラブの戦闘服を纏い、防弾ベストとタクティカルベスト。そして、黒いベレー帽を頭に被った男女。それは体毛が獣のように濃く、鋭い牙を口から覗かせ、獣のような瞳をしていた。


 そして、自動小銃は魔道式銃ではなく、火薬によるものだ。帝国の市場にはこの手の銃は全く出回っていない。


「人狼だな」


 そこでゲヘナの化身が現れ、アレステアに告げる。


「ゲヘナだと。こいつ、何者だ?」


「大尉! 人間どもが突っ込んで来る!」


 人狼と呼ばれた男女が手に持っていた自動小銃の銃口を素早くアレステアに向ける。


「突入、突入!」


 だが、そこでアレステアに続いて国家憲兵隊が倉庫に突入。


「アレステア君! 大丈夫ですか!?」


「ええ、レオナルドさん。でも、相手が……」


 レオナルドとシャーロットも突入してくるのにアレステアが人狼たちを見て呻く。


「なっ……! 人狼!?」


「あれま。ってことはこいつら魔獣猟兵?」


 レオナルドとシャーロットが自動小銃を構えた人狼たちを見て目を見開いた。


「動くな! 国家憲兵隊だ! 武器を置いて投降せよ!」


「ほざけ、人間。死にたくなければ失せろ」


 人狼の指揮官が国家憲兵隊の指揮官にそう言い捨て銃口を向け続ける。


「人狼たち。お前たちは魔獣猟兵だな? ここで何をしている?」


 ゲヘナの化身が人狼たちに尋ねた。


「ふん。ゲヘナなどクソくらえだ。俺たちを見捨てた神など崇めるつもりはない」


「大尉。発砲許可を。皆殺しに出来ます」


「分かってる。だが、あの小僧が問題だ。俺が数発ぶち込んだのに死んでない」


 人狼の指揮官はアレステアを睨んでいた。


「あの、魔獣猟兵って……?」


「旧神戦争とそれ以前の時代の話だ。神々が地上で争いを始めたとき、自らの崇める神々に従って戦ったものたち。人狼、吸血鬼、魔女、ドラゴン。神々の戦士だ」


 アレステアがおずおずと尋ねるとゲヘナの化身が答える。


「だが、神々が停戦し、地上から去ることを決意した旧神戦争の終結時、そのものたちは神々とともに天界や地界に向かうことを拒み、地上に残った。まだ戦うべきだと言って。そして、神々はそのものたちを置いて去った」


 ゲヘナの化身の言葉を人狼たちも聞いている。


「やがて神々に従う人間が地上の主な種族となるのに、地上に残ったそのものたちは勝手に神々に捨てられたと思い込み、再び自分たちが地上の支配者となるべく活動を始めた。その組織を魔獣猟兵と呼ぶ。そうであろう?」


 ゲヘナの化身がそう人狼の指揮官に尋ねた。


「何が勝手に思い込んだだと。お前たち神々は薄情にもお前たちのために血を流し、戦った戦士たちを見捨てただろう。何の罪も犯してないというような顔をして」


「ふん。私たち神々はちゃんとお前たちに道を示した。地上から去り、我々神々とともに生きることを。それは拒んだのはお前たち自身ではないか」


「どうして地上から去らなければならない! お前たちが地上で勝利を収めるために我々は戦ったのだぞ! それをおめおめと負け犬のように地上から去れとは……!」


 ゲヘナの化身が反論するが人狼の指揮官は認めようとしない。


「人狼さん。あなたたちのことは分かりませんが、どうして死霊術師の見方をしているのですか? あなたたちも昔は神様たちを信仰していたのでしょう?」


「黙れ、人間。お前に何が分かる」


 アレステアが尋ねると人狼の指揮官は答えない。


「このまま戦って殺し合う? それともスマートに終わらせる? お互い口があって交渉ができるよね? そっちだって死人は出したくないでしょ?」


「神聖契約教会の坊主か。もう話し合いでどうにかなる段階はとうに終わってるんだよ。俺たちは戦うしかない。中隊、射撃用意!」


 シャーロットが人狼の指揮官に“グレンデル”の銃口を向けて言い、人狼の指揮官は攻撃命令を出そうとした。


「おや? 随分と面白いことになっているな?」


 そこでその場にいた全員が臓腑の中から震えるような声を聞いた。


 少女の声だが、異様なまでに不気味な響きがある。


「誰だ! どこに──」


 国家憲兵隊の指揮官が周囲を見渡そうとしたとき、その首が飛んだ。


「血と汗の臭い。それに硝煙の香り。まさに戦争の臭いだ」


 ずずっと倉庫の奥の空間が裂けた。


 そう、空間が裂けたのだ。虚空に切れ目が生じて、その切れ目を少女の白い手が押し広げていく。裂け目から見える黒い、塗りつぶしたような真っ黒な空間から赤い目が輝き、次第にその主の姿を見せていく。


 現れたのは黒いシンプルなワンピースの上に黒い軍用外套を羽織った小柄な少女。14歳ほどだろうか。


 真っ白な絹のように艶やかな髪を長く伸ばし、真っ赤な爬虫類のごとき瞳を宿すその顔は獲物を前にした肉食獣のような獰猛な笑み。


 手には鋭いサーベル。かつて騎兵が使っていたサーベルだ。


「大尉。どうなっている? 私が来るほどの意味はあるのだろう?」


 少女がそう問いかける。


「上級大将閣下。ゲヘナが来ています。恐らくはその眷属も」


「ほう?」


 人狼の指揮官が報告すると少女がゲヘナの化身に目を向けた。


「貴様……! セラフィーネか……!?」


「久しぶりだな、ゲヘナ? 最後に会ったのは血濡れ渓谷の追撃戦以来か? 惨めに逃げるお前の軍を追撃し、屠るのは随分と面白かったぞ。もう少しでお前の首も取れたと言うのにお前は上手く逃げたな」


 ゲヘナの化身がその表情をこわばらせるのにセラフィーネと呼ばれた少女が笑う。


「ゲヘナ様。この人は……?」


「セラフィーネ。セラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガー。カーマーゼンの魔女のひとりであり、旧神戦争における最強の魔女だ。通称“人形の魔女”」


 アレステアが気圧されながらも尋ねるのにゲヘナの化身が忌々し気に語る。


「私であってもあれに勝てるかは怪しい。それほどの魔女だ」


「神自らの紹介、痛み入る。そう、我こそはセラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガー。カーマーゼンの丘にて契りし魔女のひとりにして、戦神モルガンの戦士。そして、魔獣猟兵上級大将だ」


 ゲヘナの化身が告げ、セラフィーネが自らを示した。


「さて、我々の敵は」


 セラフィーネがその爬虫類の瞳でアレステアたちと突入した国家憲兵隊の機動隊員たちを見渡す。その赤い瞳を前に全員が恐怖を抱いた。


「見込みがあるのは3人と言ったところか。こんなくだらないことで有望な戦士を死なせるも勿体ない。だが、他はどうでもいい」


 セラフィーネはそう言い、サーベルを構えた。


軍団レギオン


 そう短くセラフィーネが唱えた瞬間、アレステアと国家憲兵隊の機動隊の周りに鋼鉄の巨人が姿を見せた。魔術によって生み出される鋼鉄の兵士ゴーレムだ。


 それは2.5メートルほどの身長を有する重騎兵のごとき甲冑姿の巨人。その鎧は黒く塗られ、全く光を反射しない。


 そして、その手には口径12.7ミリの大口径重機関銃が握られていた。


「不味い──」


「鏖殺せよ」


 国家憲兵隊の兵士たちがライオットシールドを四方に向けて構えると同時にゴーレムたちが重機関銃で兵士たちに大口径ライフル弾を叩き込んだ。


 ライオットシールドも流石に対物射撃にも使用される口径12.7ミリの大口径弾を相手にしては意味がなく、銃弾はライオットシールドを貫き、防弾ベストを貫き、国家憲兵隊の兵士たちを八つ裂きにしていく。


「血と臓物を撒き散らし、哀れに死んでいけ。弱いものに興味はない」


「畜生、畜生! どうすれば──」


 セラフィーネが嘲る中、国家憲兵隊の兵士が次々に血の海に沈む。


「終わりだ」


 国家憲兵隊の兵士は全員が射殺され、残ったのはアレステア、シャーロット、レオナルド、そしてゲヘナの化身のみ。


「お前たちは見逃してやる。今はな。いずれ狩り取らせてもらおう。私は大好物は最後に食べるタイプなのでな」


 生き残ったアレステアたちにセラフィーネが嘲笑するように笑いながらそう言う。


「さあ、失せろ。殺されたくはないだろう」


「いいえ。ダメです。ここにいる死者を助ける必要があります。僕にはそれを果たすべき義務があります」


 セラフィーネがサーベルで倉庫の出口を指さすがアレステアがそう言って“月華”を構えてセラフィーネと対峙した。


「ほう。その気配はゲヘナの眷属であろう。つまりは不死か。死なないだけで私に勝てると思っているのか? 不死の人間など何人も葬って来た」


「そうだとしても、やります!」


 恐るべき力を見せたセラフィーネを前にアレステアは退かなかった。


「素晴らしい。素晴らしいぞ、童。その蛮勇は高く評価しよう。そして、その勇気を讃え──惨たらしい最期を与えてくれよう」


 そう言ってセラフィーネがサーベルを構えた。


「しかし、私に勝てというのも無理難題だな。ここは私に一太刀浴びせられれば、退いてやろう。それでいいだろう?」


「上級大将閣下! しかし、それは……」


「大尉。お前は私がこの程度の相手に敗れると思っているのか?」


「いえ。そういうわけでは……」


「ならば口を出すな」


 人狼の指揮官にセラフィーネがそう返す。


「さあ、殺し合いだ、ゲヘナの眷属」


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る