魔剣についての興味

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 ──魔剣についての興味



「今日の公務はこれで終わりだな」


 アレステアたち葬送旅団が近衛騎兵師団駐屯地に拠点を移してから3日後。


 ハインリヒは宮殿の執務室で内閣から提出された法案の承認についての公務を行っていた。基本的に皇帝たるハインリヒが内閣と帝国議会が決定したものを否決することはなく、皇帝の承諾という法のプロセスを守っているだけだ。


「さて、アレステアたちに会いに行こう」


「陛下。公務は終わりですが、皇帝としての務めは永遠ですぞ」


 ハインリヒが席を立つとエドアルド侍従長が咳ばらいをしてそう言う。


「何が言いたい、エドアルド?」


「陛下は帝国の象徴であります。そのことは十分ご承知かと。皇帝という象徴はある種の偶像であり、人々はそこに理想を求めます」


「はあ。つまり、またマスコミや帝国議会の反応を気にしろと言いたいのか? 知っているぞ。軍務大臣が私が兵隊ごっこをしていると陰口を叩いているのはな」


 エドアルド侍従長が提言するとハインリヒが露骨にげっそりする。


「陛下に対する臣民の信頼の低下は帝国の分裂を招きかねません。くれぐれも軽率な行動はお控えください」


「葬送旅団に力を入れるのは軽率ではあるまい」


「神々のために戦うものたちに力を貸すというのは悪いことではありません。ですが、葬送旅団は旅団を名乗っていながら依然として帝国軍の正規の将兵は所属せず、規模も旅団と名に名前負けしております」


「だから、私は帝国宰相に速やかに軍務大臣を説き伏せるように頼んでいる」


「それが兵隊ごっこに見えてしまっているのです」


「むう……」


 エドアルド侍従長の言うことにハインリヒが言い返せず黙り込む。


「……叔父上はどうして摂政にならかったのだろうか」


 ふと、ハインリヒがそう呟く。


「父上が崩御し、私が皇帝になった時、私はまだ10歳だった。叔父上には私を形ばかりの皇帝として据え、実務を仕切る摂政になることもできた。だが、叔父上はそれを拒否したと聞いている」


「ラインハイトゼーン公殿下には殿下のお考えがあったのでしょう」


 ラインハイトゼーン公オイゲンは前皇帝カール5世の弟であり、ハインリヒの叔父だ。彼は皇族に与えられるラインハイトゼーン公爵位を有している。


「そうか。では、私も私の考えに従うのみだ。アレステアたちに会いに近衛騎兵師団駐屯地に向かう。車を準備してくれ」


「何を言っても聞いていただけそうにはありませんね。準備いたします」


 エドアルド侍従長は呆れた様子でそう言い、車を準備させた。


 ハインリヒは準備されたお忍び用の車両に乗り込み、近衛騎兵師団駐屯地に向かう。


「我が友!」


「皇帝陛下」


 アレステアを見つけてハインリヒが声をかけるのにアレステアが応じた。


「何をしているのだ?」


「馬を見せてもらっているんですよ。餌をあげていいって言われて」


 アレステアは近衛騎兵師団の下士官と一緒に厩舎にいる軍馬を見ていた。アレステアの手にはリンゴが握られており、栗毛色の軍馬が物欲しそうにリンゴを眺めている。


「ふむ。不自由はないか?」


「ええ。衣食住ともに満足です。近衛騎兵師団の方々にはよくしてもらっています」


「ならばいい」


 アレステアの言葉にハインリヒが頷いた。


「でも、やることがないですね。死霊術師の噂も聞きませんし……」


「いや。ゲヘナ様が危惧されたぐらいなのだから死霊術師はまだいるだろう。姿を見せていないだけだ。国家憲兵隊にも協力を仰ぐ必要があるな」


「ええ。地方であれば保安官さんたちに」


 何分葬送旅団には4名しかいない。情報収集能力は極めて限定的だ。


「今は待機だな。戦いに備えて英気を養っておこう」


「ですね」


 アレステアはハインリヒにそう言うと軍馬にリンゴを与えた。軍馬はおいしそうにリンゴをむしゃむしゃ食べている。


「しかし、気になったのだが我が友の持っている剣。あれは魔剣なのか?」


「はい! ゲヘナ様にいただいたんですよ。“月華”っていうんです」


 ハインリヒが興味を示すとアレステアが自慢げにそう語る。


「凄いな。魔剣とは神代の伝承だ。羨ましい」


「えへへ。まあ、僕じゃあそんなに扱いこなせてないんですけど……」


「そんなことはないぞ。しっかり戦えていた。私も剣術を学んだから間違いない」


 アレステアがちょっとしょげるのにハインリヒが励ました。


「そう言えば皇帝陛下はどうして剣で戦うのですか? 銃の方が安全じゃないですか? 僕は死なないからいいですが、皇帝陛下は」


「実を言うと私には魔力がないんだ」


「え……?」


 ハインリヒが少し悲し気に答えるのにアレステアが戸惑う。


「魔力は誰にでもあるものではないのですか? だから、この世界には魔道具が存在する。魔力があれば大量生産された魔道具によって魔力を使い、誰でも魔術が使えるようになる。そうですよね?」


 人々は誰もが魔力を有する。それをどう使うかが難しいのだ。


 魔術師たちはかつて魔力を使う技術を魔術として確立した。だが、それを取得するのは困難で、時間がかかり、一部の専門職の特権となっていた。


 近代に入り魔術をもっと大勢に使用させることを目指して、事前に使用する魔術が固定されているが魔力さえあれば誰でも魔術が使える魔道具が発明される。魔道式銃や飛行艇など軍事の分野においてもそれはなされた。


 今や誰もが魔術を使える時代なのである。


「原因は分からないが、皇室はある時点から男子が全く魔力を有さなくなった。このことはまだ隠してある。私の父であり、前皇帝カール5世も魔力はなく、初歩的な魔道具すら使えなかった」


「そうだったんですか。だから、魔道式銃が使えないんですね」


「ああ。今の時代はもう皇帝が前線に立つ時代ではないというのが幸いだな。皇帝は存在してればそれでいいんだ。良くも悪くもそれぐらいの価値しかない」


「そんなことは。皇帝陛下だって屍食鬼を相手に戦ったじゃないですか」


「神の眷属にそう言ってもらえるのは嬉しいな、我が友」


 アレステアがそう励ますとハインリヒは少し嬉しそうに笑った。


「それはそうとその魔剣を一度研究者に見せてみる気はないか? 神の与えた魔剣というのは魔道工学的に興味深いものだろう。何か新しい発見があるかもしれない」


「でも、いいんでしょうか。ゲヘナ様からいただいたものを調べたりして」


「よいぞ」


 アレステアが困った表情を浮かべたとき、突然ゲヘナの化身の声が響いた。


「わ! 驚きましたよ、ゲヘナ様。聞いていらっしゃったんですか?」


「当然だ。少し冥界の状況を把握するために戻っていたが、私の眷属であるお前とは深くつながっている。私はお前とともにあるのだ」


 アレステアがびっくりするのにゲヘナの化身がそう返す。


「“月華”について調べたいのだろう? 調べてもよいぞ。だが、人間の知見で理解できるものではないだろうが。やるだけやってみてもいいだろう」


「ありがとうございます、ゲヘナ様」


 ゲヘナの化身はあまり興味のない様子で答え、アレステアが頭を下げる。


「では、行こう、我が友」


「どこで調べるんですか?」


「帝国における魔道工学の最先端を行く研究所だ。カール4世フィリップ・テオドール魔道研究所。そこで調べてもらおう」


 ハインリヒはアレステアにそう言うと車に乗り込み、そのカール4世フィリップ・テオドール魔道研究所へと向かった。


 カール4世フィリップ・テオドール魔道研究所は近代に入って整備された国立研究所のひとつだ。魔道工学を専門とし、基礎研究を主に行っている。帝国は応用は民間に任せ、直接的な利益を上げにくい基礎研究を国の予算で運営していた。


「ようこそ、陛下。歓迎したします」


「ありがとう」


 研究所の副所長が出迎えるのにハインリヒが頷く。


 訪問は突然のことではなく、一応連絡を入れてあった。皇帝という立場はアポなしの行動というのは許されないものなのだ。


「今回は魔剣の検査ということでしたが、問題の魔剣はどこに?」


「アレステア。“月華”を」


 副所長の問いにハインリヒがアレステアに告げた。


「“月華”」


 アレステアの手に“月華”の漆黒の刃が現れ、その手に握られる。


「ほう。これが魔剣ですか。私も初めて見ました」


「ゲヘナ様からいただいたものですので大事に扱ってくださいね」


 アレステアが副所長に両手で“月華”を手渡した。


「さて、どのような検査から始めましょうか。物質としての特異性も調べたいですし、魔道工学的にどのような魔術の付与があるかも調べたいですね」


 副所長が“月華”を研究室に運び、アレステアたちが続く。


「君。これを非破壊検査に回してくれ。丁重に扱うようにと念を押しておくのだよ」


「はい、副所長」


 副所長も科学者ではあるが今は現場で研究を行うより予算の確保や人事などの事務仕事の方が多くなっている。実際に“月華”の検査を行うのは今でも第一線で研究を行う研究員たちだ。


「こ、壊したりしないですよね?」


「ええ。行われるのはあくまで非破壊検査です。外部から付与された魔術を読み取り、物質の特徴を調べます。傷ひとつ付けませんよ」


 アレステアが心配になって尋ねるのに副所長が説明してくれた。


「副所長。仮に特徴を把握できたとして、同じものを複製することは可能だろうか?」


「それはこの魔剣の性質によるでしょう。しかし、残念なことにこれまで旧神戦争とそれ以前に作られた品について複製が成功した例はありません。我々はこれらをロストテクノロジーとしています」


 ハインリヒが興味を持って尋ねると副所長がそう返す。


「昔の技術なのに作れないんですか?」


「技術というものは発明され、そして引き継がれていくことで発展します。現代の技術は基礎科学によって原理が明らかにされ、科学的に体系化されており、それを継承しつつ発展させることは難しくありません」


 アレステアが疑問に思って尋ねると副所長が解説を始めた。


「ですが、近代以前となると科学的な裏付けがなく、口頭で伝わっていった技術などがあります。そのようなものは継承が途切れる可能性が高い。旧神戦争では神々の争いで多くの犠牲が生じ、技術者が死ぬこともありました」


 技術が科学によって因果関係が証明され、体系化されたのは近代に入ってからだ。


「それから確立された技術でもコストや生産性の問題で新しい技術に代替された場合も、技術は必要なくなり、継承されません」


「なるほど。難しいのですね。技術を引き継いでいくというのは」


 アレステアは副所長の言葉に納得した。


「また神々の技術となると我々の理解を遥かに超えていますので。今の科学では証明することや再現することはできないのです」


「“月華”はまさにゲヘナ様の技術ですね」


「そうであるが故に複製は無理でしょう」


 アレステアたちが副所長から技術的な説明を受けている間に“月華”の検査と分析は進められ、いよいよ結果が運ばれてきた。


「ふむ。物質的には旧神戦争時代に存在したという特殊な鉱物のようです。旧神戦争時代の遺跡や地層から発掘されていますが、未だ鉱脈は見つかっていません」


 検査で判明したデータを読み解きながら副所長が説明する。


「その物質にはどのような特徴があるのですか?」


「何分サンプルが少ないので詳細は分かっていません。ですが、これまで判明した特徴としては非常に強固で重量のある物質であるということが挙げられます。その分、加工は非常に難しいと言うことも」


 副所長がアレステアに分かりやすいように説明した。


「魔術を言う点ではどうなのだ?」


「かなり複雑な魔術が付与されています。旧神戦争時代特有のものですね。神々が自分たちのために戦うものたちに授けた武器には、このような複雑な魔術が大量に付与されていたと考古学の論文を読みました」


「解析は全く困難だと?」


「今の我々の技術では不可能です」


 ハインリヒの質問に副所長が首を横に振って返す。


「神々の技術とは脅威です。改めてそう思い知らされます。ですが、いずれその技術も科学によって解析される日が来るでしょう。これはお返しします」


「はい」


 アレステアは副所長から“月華”を返却される。


「あまり分かったことはありませんでしたね」


「いや。その魔剣が本当に旧神戦争時代に英雄たちが使った剣であることが分かったぞ。その魔剣を操る我が友もまた英雄になるのだな」


「なれるといいんですが……」


「なれるさ。きっと」


 アレステアとハインリヒは研究所を出て、近衛騎兵師団駐屯地に戻った。


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